コペンハーゲンにあるデンマーク最大の鉄道駅「コペンハーゲン中央駅」(写真は当記事の筆者撮影)
コペンハーゲンにあるデンマーク最大の鉄道駅「コペンハーゲン中央駅」(写真は当記事の筆者撮影)

国連の幸福度調査(2013年)で1位になり、「世界一幸せな国民」といわれて久しい北欧・デンマーク。幸せのイメージが強いため、健やかでははつらつとした国民性というイメージを持っている人も多いかもしれません。事実、手厚い社会保障に満足している国民の多くは、預貯金や失業などの”生きる不安”を抱く必要はないのですから、ある意味では常に健やかなのも当たり前と言えるのかも。。

学校や仕事といった社会生活や、金銭的なことなどに自分の神経や時間を費やさないで済むと、人々はどんな人生を歩むのでしょうか?


デンマークは、経済よりも人の幸せに寄り添った社会システムを実現した

デンマークの首都、コペンハーゲンの街並み(写真は当記事の筆者撮影)
デンマークの首都、コペンハーゲンの街並み(写真は当記事の筆者撮影)

「ゆりかごから墓場まで」とは戦後イギリスのある政党がうたったスローガンですが、結果として、デンマークは人生の心配をすることが、限りなく少ない社会システムを実現しました。誤解を恐れずに言えば、デンマークという国は、壮大な社会実験に成功した国ともいえるかもしれません。

アメリカで最も強く支持されるインフルエンサーのひとり、司会者で俳優、プロデューサーのオプラ・ウィンフリー(※1)は、首都コペンハーゲンを訪れた際、貧困や失業率の低さに驚き、教育が無料であることに幸福の叫び声をあげ、赤ちゃんがベビーカーごと屋外に置かれても安全に寝ている国だと、敬意を持って世界に紹介していました。


アメリカやイギリスの大学でも推奨している「ギャップイヤー」って何?

社会制度として悩める人を肯定する「ギャップイヤー」
社会制度として悩める人を肯定する「ギャップイヤー」

しかしデンマーク国民といえども、現実社会を生きる個人にさまざまな人生ドラマが起こることは当たり前にあります。自分の心が何に惹かれるのか、どんなスキルを身につけるか、誰と一緒にいたいか。どの国に生まれ育とうとも、多かれ少なかれ人間の心に宿る悩みは尽きませんが、デンマークがほかの国と大きく違うことは、そういった個人の心の揺れに、社会が寛大だということ。

時間の自由な使い方が認められているだけではなく、社会制度として悩める人を肯定しています。それが「ギャップイヤー」です。

ギャップイヤーとは、見聞を広める活動や新しいことに挑戦する「自分のためだけの時間」

アメリカやイギリスの大学でも推奨されているギャップイヤーとは、大学に合格した際、就学前に1年間ほどの「空白期間」を持つこと。日本の大学入試に向けた“浪人”とは異なり、入学に向けた準備期間とは違います。この時間は、見聞を広めるために外国に旅をしたり、経験の幅を広げる活動をしたり、新しいことに挑戦したりする「自分のためだけの時間」。

大学在学中や就職前にもほとんどの学生が「ギャップイヤー」を取るデンマーク

デンマークの場合は就学前だけなく、大学在学中や卒業して就職する前にも、ほとんどの学生がギャップイヤーを取り、企業もその経験を採用の評価対象にします。

さらに、もっと早いギャップイヤーも一般的です。小学校の入学時期などは、本人の状態が学校環境と合うことが大切とされ、無理にほかの子に合わせる必要もありません。小学生の時期にギャップイヤーを取って、同じ学年の生徒たちと1〜2歳の年齢差があっても、いじめの原因にはならないといいます。

高校入学前にギャップイヤーを取る学生も多いそうです。15歳前後といえば、思春期のさまざまな悩み真っ最中のお年頃。ティーンネイジャーたちでさえも、自分を解放する時間として約1年間を費やせるとは、“長い人生、途中で1年くらいお休みしてもいい”といわんばかりの、社会的度量の大きさ。

肝心なのは、人生のどの段階においても、個人のありようというわけです。


ギャップイヤーを利用して、全寮制の学校「エフタスコーレ」で新たな自分自身と出会う

デンマークのコペンハーゲンにあるフリータウン(日本語では“自治区”と訳される)「クリスチャニア」を紹介した著書『クリスチャニア 自由の国に生きるデンマークの奇跡』では、まさにギャップイヤーを目前にワクワクしている14歳の少女と、その家族を紹介しています。

少女の名前はリーナ。彼女は多くのデンマーク人がそうしているように、ギャップイヤーを利用して、「エフタスコーレ」という全寮制の学校で1年間を過ごします。エフタスコーレとは、同じ学校で同じクラスメイトと過ごしていた学生が、新しい環境に身を置くことで、新たな自分自身と出会う機会を得る場。

エフタスコーレでは生徒と教師が「大きな家族」として生活を共にする

カリキュラムは多様で、リーナが通うエフタスコーレでは必須科目のほかにアート、ネイチャー、フードといったソーシャルスキルを学ぶことができます。生徒と、校長を含む教師たちが“大きな家族”として生活を共にする、生きる学びを得る学校です。

多大な好奇心と無限の可能性を秘めた思春期まっただ中の彼らが、エフタスコーレの1年間で身につけるものは、内側からにじみ出るような自信と、自己承認された気高さ、そして相手を思いやる強さ。目の輝きが増し、友を知ることで、自分自身のことも深く理解できるように過ごすことも、エフタスコーレの目的のひとつです。

「部活も学校も生活の一部、それが人生のすべてではない」というアドバイス

同書の著者である清水香那さんのお嬢さんは、デンマークの高校に留学経験があり、学校の先生から言われたというアドバイスも本の中で紹介されています。それは「部活も学校もあなたの生活の一部だけど、それがあなたの人生の全てだとは思わないで」という、教師というよりも人生の先輩として示唆に富んだ言葉。さらに日本で暮らす社会人にだって、同じ言葉があてはまるかもしれません。

学校や職場での評価に一生懸命向き合うが故に、視野が狭められ、心がいっぱいになって余裕を失い、まるで行き場のないような苦しさに陥ることもあります。しかしそんなとき、「それがあなたのすべてではないわ」と救いの手が差し伸べられたら、また大きな呼吸を取り戻すことができるでしょう。


ギャップイヤーは、デンマークを世界一幸福な国にしたファクターのひとつ

デンマークを世界一幸福な国にした理由のひとつは、新たな価値観を得てマインドセットをする時間の過ごし方
デンマークを世界一幸福な国にした理由のひとつは、新たな価値観を得てマインドセットをする時間の過ごし方

時間という枠から自らを解放し、新たな価値観を得てマインドセットをする。ギャップイヤーの効果が、この国家を「世界一幸福な国」にした大きなファクターだといえるのではないでしょうか。

日本でも同様の制度が確立されることが望ましいのはもちろんですが、まずは悩める誰かに寄り添い、自らも「立ち止まる時間」を持つ勇気を出してみるのが良さそうです。

クリスチャニア 自由の国に生きるデンマークの奇跡
文:清水香那 / 写真:稲岡亜里子 / 出版元:WAVE出版
デンマークの首都コペンハーゲンにある、世界一幸福な国の、自然で豊かな暮らし。都会、自然、家族、仲間とつながる、あたらしい生き方。世界で一番幸福な国として注目を集めるデンマーク。その首都コペンハーゲンのど真ん中には、住民たちが創り上げた奇跡の国「クリスチャニア」があります。未舗装の道に馬が歩き、放し飼いの犬と自由に走りまわる子どもたち。森の楽園に静かな湖、川沿いに佇む独創的な家々。みんなが心を解放して、ありのままの自分で生きられる場所。ここには、幸せな未来をつくるヒントがあります
クリスチャニア 自由の国に生きるデンマークの奇跡
この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。
WRITING :
やなぎさわ まどか
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