せっかくのブロンドを、赤毛に染め直した人

マリリン・モンローも、ニコール・キッドマンも、もともとは赤毛、それを見事なブロンドに染めて、その時代を代表する美人女優となった。しかしこの人、エマ・ストーンはもともと美しいブロンドヘアなのに、わざわざ赤毛に染めている。

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2024年パームスプリングス国際映画祭にて(C)Jerod Harris/FilmMagic

私たち日本人には、"赤毛"の定義が見えにくいが、実際にはオレンジに近いブラウン。生まれつきの赤毛の割合は、世界で約2%しかいないこともあって、実は歴史的にひどく嫌われてきた。魔女の髪色として、迫害を受けていたこともあるほど。また、赤毛はチリチリヘアになることが多いこともあってリスク多め、美人の髪色でなく、損をする髪色であったことは確かなのだ。

でもその一方、仮面のように真っ白な化粧をしていたエリザベス一世は、あえて赤毛のカツラをつけたとされるが、赤毛を選ぶ人は、よくも悪くも刺激的な生き方を求めている人だと言う見方が一般的。エマ・ストーンは20代前半、まさにそういう選択をしたのだ。

そして23歳の時「ヘルプ〜心がつなぐストーリー〜」で、黒人差別もあった1960年代、黒人メイドたちの苦悩を取材して本にする若いライターの役を演じたエマ・ストーンは、チリチリの赤毛でまるで“赤毛のアン”が大人になったようだった。もうその頃から、ただならぬ女優の気配を醸し出していたのである。

ちなみに今、モード界でもエンタメ界でもその赤毛がトレンド。もちろん生まれながらの赤毛のイメージとは違う、むしろローズ色だったり真紅だったりする赤だが、言うまでもなく他の人とは違うという自己主張の表れ。どちらにせよ、赤い髪は既成の美のイメージを覆すものであることは間違いないのだ。

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2023年アメリカの大人気番組『Jimmy Kimmel Live』にて。このブロンドが彼女の本当に髪色。 (C)RB/Bauer-Griffin/GC Images

女優として早々完成、怪演女優はさらに進化し『哀れなるものたち』へ

その5年後、エマ・ストーンは『ラ・ラ・ランド』でアカデミー主演女優賞に輝き、 28歳にして完成した大女優の風格を備えてしまう。だからその後は、『女王陛下のお気に入り』に『クルエラ』と、怪演とも言うべき振り切った演技ですでに円熟みさえ感じさせたが、今ともかく超話題作として注目を集める『哀れなるものたち』では、なんというべきか、怪演どころじゃない、映画史を塗り替えるような、とてつもない演技を見せているのだ。

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映画『哀れなるものたち』配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

1度死んでしまったのに、天才外科医によって“胎児の脳を移植されて甦った大人”というありえない存在を演じているのに、演技には見えないほどリアル。普通、憑依系の演技をされると、見ている方が冷めてしまったりしがちだが、そういう不自然さが全くないことが不思議でならなかった。

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映画『哀れなるものたち』配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

にもかかわらず、あまりに強烈な“人物”描写に、瞬きもできないほど。本人もプロデュースに関わっており、この前代未聞の人物は監督と話し合いながらも、自ら作り上げたものだという。今度は髪も眉も漆黒、不自然なまでに黒々濃い眉を描いて。あえて美を壊していく役作り……見事な女優、というより、底知れない人である。

映画を観た人は納得がいくはずだ。じつは性描写もたくさんあるが、少しもいやらしくないのは、このヒロインが大人の脳を持っていないから。恥ずかしいという感情を持っていないから。それを演じられるって大変な技術と覚悟。よく“体当たり“という言葉を使うが、それとも違う。観ている方にとっても全く未知なる体験で、新たな衝撃。演技者としても、また人としても、完全に1つ先に行ってしまっている。

なぜなら、自分を美しく見せようとか、上手く見せようなどという意識はもう微塵もない。かといって、コレは”汚れ役“とは違う、人間の原型を演じるようなチャレンジ。その難しさの前では、ルッキズムなどどこかに吹き飛んでしまう。しかも常識と言う概念がなく、欲望も喜怒哀楽もむき出しなのに、周囲の男たちはこのヒロインにどんどん魅了されていくのだ。これも1つの芸術なのだろう。そこまでの感性、そこまでの感受性がなければ、とてもじゃないが演じられない役。それを演じきったのだから。

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映画『哀れなるものたち』配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

尋常でない成長の速さは、一体どこから?

ここで何を言いたいか? 一つに、人としての成長の速さが、この人は尋常でないということ。大体がこの人まだ35歳。精神年齢は何かその倍くらいの成熟ぶりである。自分は35歳の時一体何をしていたのかと考えると、途方に暮れるほど。せめても、そういう人から何かを学びとりたいと思ったのだ。

実はこの人、メンタルヘルスに問題があったということで様々な取材に応じている。長い間、隠してきたが、多くのセレブがネガティブも吐露する時代、少しずつ気持ちが落ち着いてきたこともあって、語り始めたのだろう。

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2023年12月、ニューヨークのロビン・ウィリアムズセンターにてヨルゴス・ランティモス監督と。質問に答えるエマ・ストーン。(C)Michael Loccisano/Getty Images

で、なんと7歳の時にパニック障害を起こしていて、それ以来ずっと様々な形の不安に苛まれてきたと言う。猛烈な羞恥心に襲われることもあったとか。母親に、どんな一日になるか何百回も訪ね続け、今日は一体何が起こるのか? を考えると、友達の家にも学校に行くことさえもできなくなるほどだったと。

もともとそういう傾向にあったにもかかわらず、10代の頃から舞台に立ち、ある意味の競争社会に置かれた。何かの重要な仕事を得ても、それが終わればまたオファーを待たなければいけない現実に、精神を疲弊させていたということなのかもしれない。

ただエマの賢さや才能はやはり半端じゃなく、それを上回るだけのポテンシャルを持っていて、自らの力で克服する方法を編み出していた。自然に体得したのが、脳にこびりついた不安や心配事、後悔や恥ずかしさをひたすら紙に書き出すことによって、脳の中から取り出してどんどん捨てていくと言う方法であるという。

また、インタビューの前に恐怖にも似た不安を感じてしまうから、5分前から着席して瞑想のように集中して深呼吸するのだとか。

ちなみにこの、集中して深呼吸をするだけの簡単な瞑想も、脳の中からネガティブな思考を追い出すのに効果的だと言われる。そういう脳の掃除を自らしなければならないくらいに、自分の負の感情と戦い続けてきた人なのだ。

そうした背景を考えると、今この人がこれほど輝いていることが、ある意味奇跡に思える。あれは、不安症の人がやれる役では絶対ない。世の中の反応を考えたらもう胸が張り裂けてしまうのだろう。しかし溢れる才能が1つの支えとなって、この人に勇気を与えたのだ。成功を一つ一つ重ねていくことで、さらなる高みに上がれると知ったから。そう考えると本当に素晴らしいキャリアの積み方である。

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2024年カリフォルニア州サンタモニカで開催された第29回クリティクス・チョイス・アワードにて。(C)Axelle/Bauer-Griffin/FilmMagic

心が病んでいるのは、精神的に成熟する1つのチャンス?

今や誰もが少しずつ病んでいる。上場企業に勤める人の約7割は、自分が鬱になるかもしれないと言う不安を抱えている……そんなアンケート結果があるほど。

なんと7割が? でもそれが現実なのだろう。社会においては常に緊張感ある対人関係の中に身を置き、比較をされ評価をされて、頑丈な心を持っている人でもやっぱり少し痛んでしまう。

でもそういうものを自ら克服する術を持った人は、一転ものすごく強くなれると言うことなのかもしれない。不安をエネルギーに変え、失敗を恐れずにチャレンジする強い心を持つことができるから、より大きな成功を手にすることもできるし、仮に失敗してももう一度立ち上がることができる。その典型的な例が、エマ・ストーンなのではないだろうか。人間は弱くて強い。でもだから悩むたびに強靭になっていく"精神力の進化"をこの人には見せつけられるのだ。

彼女の飽くなきチャレンジは、人間の能力の果てしなさも証明してくれる。

しかも、この成長の速さを、どう説明しよう。人はこんなにも鮮やかに前に進めるのだ。とりわけメンタルを克服した人は、心が強くなるだけでなく、精神的な成熟を早め、飛び級的に人として成長していくものなのではないか。

だから、気持ちが弱いから不安だからと、何かを諦めてしまった人にぜひ聞いてほしい。心の痛みは、1つのチャンス。それを克服していく過程で、人は精神的に目覚ましく進化できるのだと。

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第89回アカデミー賞授賞式にて。『ラ・ラ・ランド』で主演女優賞に輝いたエマ・ストーン(C)Jason LaVeris/FilmMagic

奇しくも『哀れなるものたち』では、様々な経験を得るほどに急速に大人脳が成長していき、世の中のことも人のことも、全てが巧みに読み取れる人間になっていく。そのスピードが、またこの人本人に重なるのである。

そう、私たちは大人になると、精神的に成長することを忘れてしまう。目先のことばかりにとらわれ、とりわけ、今の時代は美しくなることや若返りばかりに心をとらわれて、人としての成熟が止まってしまう。むしろ大人になってからの進歩の方がずっと大事なのに。何かこの人の早すぎる成熟を知ることが、それに気づかせてくれる気がするのだ。

40代でも50代でも人はまだまだ成長する。止まってしまってはいけないのだ。それに気づくだけで、人生はもっともっと面白くなる。もっと素晴らしい出会いや仕事や体験が待っている。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
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EDIT :
三井三奈子