フィレンツェから南へ約150km、南トスカーナに位置するグロッセート周辺はティレニア海に面していることから海水浴場や別荘地帯が多く、イタリア人にとっては憧れのリゾート地である。また、ワイン好きならばボルゲリやマレンマといった優秀な赤ワインを生み出すエリアをすぐに思い浮かべるかもしれない。「ランダーナ」はそんな南トスカーナにあるワイナリー・ホテルだ。まず、そのアプローチからしてスケール感が違う。南トスカーナの田園地帯を走る修道添いに入口があるのだが、門をくぐってからがまた長い。ホテル専用のアプローチは両脇を背の高い糸杉に囲まれ、その向こうにはぶどう畑がどこまでも広がっている。砂利道なのでゆっくりと車を走らせること数分、1kmほど走ってようやくレセプションに到着する、という演出がウエルカム・ドリンク代わりなのだ。

ワイナリー「テヌータ・ラ・バディオーラ」

「ランダーナ」は周囲を広大なぶどう畑に囲まれ、敷地内にあるワイナリー「テヌータ・ラ・バディオーラ」では試飲も見学も可能。イタリアでは現在ワイン・リゾートが人気だ。
「ランダーナ」は周囲を広大なぶどう畑に囲まれ、敷地内にあるワイナリー「テヌータ・ラ・バディオーラ」では試飲も見学も可能。イタリアでは現在ワイン・リゾートが人気だ。

「ランダーナ」はそもそも、トスカーナ大公メディチ家が所有していたバディオーラ農園内にあるメディチ家の別荘。最後のトスカーナ大公となったレオポルト2世ロレーヌ公がこよなく愛した地でもあった。レオポルト2世はぶどう畑を整備し「ラ・ヴィッラ」と呼ばれる本館を整備。以来150年の間に所有者は何度も変わったが現オーナーが2000年に改装し「ランダーナ」としてリニューアル・オープン。当時の美しい姿を取り戻したのだ。

本館「ラ・ヴィッラ」の最上階にあるスイートルームは、糸杉並木やぶどう畑、マレンマ地方の美しい風景が一望できるもっとも眺めの良い部屋だ。納屋を改装した別館「カーサ・バディオーラ」とあわせて現在は全34室。全てインテリアが異なっているのでどの部屋に泊まるか、という楽しみもある。また広大な敷地内ではゴルフや乗馬もトレーナー付きで体験することもでき、専用スパでリラックスすることもできる。また、最寄りの町カスティリオーネ・デッラ・ペスカイアまで車でわずか10分ほど。坂の上にあるこの町は中世そのものの石造りで、広場から見るティレニア海の夕暮れはきっと忘れられない光景になるはずだ。

「ラ・ヴィッラ」のスイートルーム

「ラ・ヴィッラ」最上階にあるスイートルーム。ドアを開けると右にリビング、左にベッドルーム。そして正面の窓からはマレンマの風景が見える。
「ラ・ヴィッラ」最上階にあるスイートルーム。ドアを開けると右にリビング、左にベッドルーム。そして正面の窓からはマレンマの風景が見える。

ワイン好きならば敷地内にあるワイナリー「テヌータ・ラ・バディオーラ」も是非見学したい。ここでは約30haのぶどう畑から「アックアジュスタ」というワインが作られている。トスカーナを代表する白ぶどう品種であるヴェルメンティーノの他にはヴィオニエ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シラー、アリカンテといった外来品種も。ワイナリーでは女性スタッフが案内してくれ、試飲もできるのでディナーの前に今夜は何を飲むか、を決めるイメージトレーニングにもなる。

「テヌータ・ラ・バディオーラ」を見学した後はテイスティング・ルームでアックアジュスタのワインを試飲。白は芳醇なミネラル感とキリットした切れ味、赤は濃厚なタンニンと凝縮した果実味が強い。
「テヌータ・ラ・バディオーラ」を見学した後はテイスティング・ルームでアックアジュスタのワインを試飲。白は芳醇なミネラル感とキリットした切れ味、赤は濃厚なタンニンと凝縮した果実味が強い。

「ランダーナ」のハイライトはメイン・ダイニングでの夕食にある。実は「ランダーナ」の料理は、オープニング以来10年に渡ってフランス料理界の巨匠、アラン・デュカスが監修し、フランス人シェフが常駐するのが常だった。オープン直後、当時「トラットリア・トスカーナ」と呼ばれていた頃に二度食事をしたことがあるが、そのレベルの高さにフランス人のトップシェフが作ればトスカーナ料理はいとも簡単に作れてしまうのか、と驚きを覚えたものだ。しかし2016年からはミラノでミシュラン2つ星「エンリコ・バルトリーニ・ムーデック」のシェフを務めるエンリコ・バルトリーニがエグゼクティヴ・シェフに就任し「トラットリア・エンリコ・バルトリーニ」と改名。トスカーナのスピリットはそのままに料理をさらに進化させ、トラットリアとはいうものの中身はハイエンドなリストランテへと昇華。就任1年目でミシュラン1つ星を獲得した。

左・ヴェルメンティーノ100%で作ったアックアジュスタの白ワインはミネラル感が際立つ。右・エグゼクティヴ・シェフのエンリコ・バルトリーニ。
左・ヴェルメンティーノ100%で作ったアックアジュスタの白ワインはミネラル感が際立つ。右・エグゼクティヴ・シェフのエンリコ・バルトリーニ。

この日の料理はまずアーティチョークをサクサクに揚げたフリットにヘーゼルナッツとアンチョビを乗せたアミューズから始まり、ついでビーツを使った赤いリゾットが出た。見た目は派手だがその味わいは上質なパルミジャーノ・レッジャーノをベースにしたシンプルかつ丁寧。ついで登場したのは、遊び感覚のフィンガーフード、キアナ牛を使ったビーフジャーキー・ミニ・ハンバーガーだった。メインは乳飲み子豚のバラ肉をじっくりと低温調理、最後に甘いアカラメルソースをかけた料理。脂がとろけるようで、メルロー、カベルネ、シラーをブレンドしたアックアジュスタの赤がよくあった。

「トラットリア・エンリコ・バルトリーニ」の「ビーツとパルミジャーノのリゾット」。素材と色彩を最低限にとどめたミニマルな料理は、ドリッピングの手法で描かれたパルミジャーノ・ソースがとてもよくあう。
「トラットリア・エンリコ・バルトリーニ」の「ビーツとパルミジャーノのリゾット」。素材と色彩を最低限にとどめたミニマルな料理は、ドリッピングの手法で描かれたパルミジャーノ・ソースがとてもよくあう。

ディナーのみオープンの「トラットリア・エンリコ・バルトリーニ」では宿泊客はみなドレスアップして登場。カントリーサイドとはいえ、夜はそれなりの服装が求められるのがイタリアだ。「ランダーナ」にはもうひとつ本館「ラ・ヴィッラ」のプールサイドにカジュアル・レストラン「リストランテ・ラ・ヴィッラ」がある。季節の良い時期には木々に囲まれながら気持ち良い食事が楽しめて、こちらはランチ向き。農園で採れた野菜や地元の食材を使ったシンプルな料理は毎日食べても飽きない。トマトソースのパスタ、日替わりの魚介類、季節のグリル野菜。サブ・レストランとはいえ、こちらも是非試してほしい。

プールサイドにある「リストランテ・ラ・ヴィッラ」では朝食も戸外で楽しめる。この日はカプチーノにコルネット、それにしぼりたてのオレンジジュース「スプレムータ」。
プールサイドにある「リストランテ・ラ・ヴィッラ」では朝食も戸外で楽しめる。この日はカプチーノにコルネット、それにしぼりたてのオレンジジュース「スプレムータ」。

L’ANDANA
Tenuta La Badiola, Località Badiola
58043 Castiglione della Pescaia, Grosseto(GR)
Tel. +39-0564-944800
Fax +39-0564-944577
http://www.andana.it

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。