人の上に立つ立場になると、うまく人の心を動かせるようになりたいと思うようになりますよね。そんなとき参考になるのが、いにしえの英知を現代に役立てながら、世界中でビジネスでも成功している華僑(かきょう)と呼ばれる、中国のお金持ち達の習慣です。6つの会社のオーナーを務める実業家・大城 太さんは、以下のように解説します。

「華僑とは、母国(中国、台湾)を離れて、外国に根を下ろしてビジネスをしている人たち。私は日本で、ある華僑の師となる人物に出会い、以来、十数年にわたりさまざまな教えを受けています。彼らの教えの中でもとくに優れているのが、人の心を動かす人心操縦術なのです」

人心操縦という言葉はパンチが強いので、あまりいいイメージを抱かないかもしれません。しかし、これはお互いにとってメリットのある関係を築けるものなのだとか。

大城さんによると、「私がお伝えするのは、決して誰かひとりだけが得をする、といった人心操縦術ではありません。結果としてお互いが得をして成功・成長する、Win-Winの関係に導く人心操縦術です。ですから、感謝されることはあっても、決して嫌われないメソッドなんですよ」とのこと。

一体どうすれば、そんな理想的な関係になれるのでしょうか? さっそく大富豪がやっている、人の心を動かす習慣を見ていきましょう。

■1:尻に火をつけてから手を差し伸べる

禍いや危険を察知すれば人は動く

会社を立ち上げた当初、大城さんは社員が能動的に動いてくれる仕組みをいろいろと考えました。例えば、売り上げるほどにインセンティブを与えるなど。しかしそれでも、あまり効果が見られないため、華僑の師にどうすればいいのか相談したそうです。

「師に授けられたのは『智(ち)は禍(わざわい)を免(まぬか)るることを貴(たっと)ぶ』という言葉でした。どういう意味かというと、『できる人は問題を解決することよりも、問題を未然に防ぐことを大事にする』という教え。

逆説的に言うと、『多くの人は、禍(災い)が見えぬまでは動かない』ということ。尻に火がつくまではのんびりしちゃうもの、という意味です。私は社員たちに得することばかりを伝えていました。これでは彼らに禍、すなわち『損すること』が見えず、尻に火がつかないため、能動的に動こうとしないのです」

たしかに、耳の痛くなるご指摘です。思い当たると感じる人は多いでしょう。そして大城さんが気づいたのは、「得と損とを、表裏一体ワンセットにして使って人を動かす」という人心操縦術でした。

「それが華僑の常識だ、と師に言われました。そこで私が考えたのは、ボーナスの先払いという表裏一体のシステムです。一般的にボーナスは、過去半年の目標達成度に応じて支払われるものです。ところがわが社では、実績が確定する1か月前の見込み段階で、これぐらいは達成するだろうと仮定して先払いするのです。これが得=表です。

一方で、目標に届かなければ返金してね、となります。これが裏=損です。すると社員は、お尻に火が付き、返金せずに済むよう努力します。そこで私は彼らに助け舟を出して、禍を未然に防ぐ知恵を授けます。損得を表裏一体ワンセットで人を動かすだけでなく、尻に火がついたら助け舟を出して、しっかりとフォローしてあげることが肝心です。なぜなら、そういうときほど、必死に知恵を吸収するからです。

その結果、社員たちは目標を達成し、スキル的にも成長してくれますので、私と社員の関係はWin-Winとなるわけです。ちなみにこれまで、ボーナス返金になった社員は、まだいません」

これは経営者の話ですが、部下の操縦も一緒。依頼時に相手のメリットを提示する。最後に「失敗したらこんなデメリットがあるよ」と補足する。扱いに困ったら、このように損得ワンセットで心を揺さぶってみましょう。

■2:相手に主導権があると見せかける

陰陽はいつもペアで動いている

人の内心は読みにくいもの。しかし、人心操縦するには内心(=本音)を知ることが重要です。そこで役立つのが、中国の陰陽の法則です。

「人心操縦の基本は、主導権を握ることです。相手の内心が知りたくて『腹を割って話そう』と持ち掛ける人がいますが、この時点で主導権は相手に握られてしまいます。なぜなら、相手はあなたが『本音を知りたがっているんだ』ということを知ってしまうため、いくらでもごまかせるからです。

兵法書の中に『謀(ぼう)の道は、周密(しゅうみつ)を宝とす』という言葉があります。これは『狙いや策略は、心中に秘してこそ良い結果を生む』という教えです。そこで陰陽の法則を使えば、主導権を握りながら、ごく自然に相手の内心が引き出せます。森羅万象は陰陽がワンセットで回転している、と考えるのが陰陽の法則です。人間関係にも陰陽のポジションがありますので、一例をあげてみましょう。

陰:見えない、裏、静か、思考する、黙って聞く

陽:見える、表、動、行動する、発言する

会議のシーンを考えれば明確ですね。発言者は陽のポジションで、聞いている人たちは陰のポジションです。人の内心を掌握するには、相手を陽のポジションに置くのです。

例えば、『今日のヘアスタイリング、すごくステキね、どうやるの?』『エクセル使うの得意なんだってね、じつは相談があるんだけど』『今日は聞き役に徹するから、何でも話して』など、自分は陰のポジションを守り、とにかく相手を陽のポジションに立たせて、発言や行動を引き出していくのです。こうしてどんどん相手を深堀りしていくことで、やがて内心がわかってくることになるのです」

人の心を動かしたいときは、まずは相手に主導権を与える。相手がいい気分で話しているところで、本音を引き出してみましょう。

■3:沈黙で相手の口を操作する

沈黙を効果的に使って人を動かす

コミュニケーションスキルを磨くと言われると、誰しもが話すスキルを考えます。しかし、華僑の大富豪たちは、沈黙のパワーを有効活用するため、陰のポジションを取り、沈黙するスキルを磨くそうです。

「相手を陽にして喋らせる術は、前述したとおり。その際に、さらに人心操縦を自在にできるようになるのが『沈黙の活用』です。例えばあなたは今、相手から、何かに関する真相や本音を聞き出そうとしています。その際、相手を陽のポジションに置き、どんどん話をさせます。その間、しばらくは相づちを繰り返して、話を核心に近づけていきます。そしていよいよ核心になった際に、相づちをやめて、ぐっと数秒、黙り込むようにします。

するとその不自然な沈黙に、相手には動揺します。もし話の核心部分にウソがあれば、『バレたかな』と、なおさら相手は動揺し、言動を変えてくるかもしれません。このように沈黙には、相手の心理を揺さぶるパワーがあるわけです。相手に対して受け入れの意を伝えることも、拒否の意を伝えることもできますし、不自然な沈黙によって、不用意な言葉や真相・本音を引き出すこともできるのです。

そもそもビジネス的な駆け引きに長け、警戒心の強い華僑の大富豪たちは、会話において、あまり相づちを打ちません。それは、相づちは相手のウソを助長するものだから、という考え方があるからなのです」

沈黙は、話している立場(陽のポジション)にいても活用できるそうです。

「最後まで語らないで、相手からの言葉を引き出させる人心操縦術です。華僑の従業員が私に対して使ったことがありました。お客さまからクレームを受けた彼は、『お客様からこう言われて……、僕はこうして……』と、言葉を最後まではっきり言わないんです。気づけば私が『それでこうなったんだね? それは君のせいじゃないよ』と、彼に同情していました。

思うままに操られ、自分の責任ではないと、私に言わせたわけです。これは参考にはしてほしくない使い方ですが、こうした沈黙のパワーを知っておけば、管理職の立場の人なら、沈黙にごまかされず『最後まで言ってごらん』と正し、人の言動を正しく見極めるスキルにもつながるでしょう」

相手の本音の引き出して人心操縦したいなら、うまく話すスキルだけではダメ。ぐっと数秒、黙り込む。ぜひ、この沈黙するスキルも磨くようにしてみてください。

■4:目的を達成したら存在感を薄れさせる

ご褒美は相手に渡して成功を得る

ここまでは主に陰のポジションになり、相手を動かす人心操縦術をお伝えしてきました。では次に、陰でスタートし、陽のポジションに立ち、陰に戻るという術を紹介します。

「企画立案→実施→成功という仕事の流れを考えてみてください。企画立案は仕込みで、陰のポジションです。そこで十分に企画を練ったら、実施に向けて適任者を集めますよね。その際に『今度こういうイベント(企画・プロジェクトなど)をするから、ぜひ、協力してほしい』と、成功に必要な人材に声を掛けます。

これは発言する側ですので、陽のポジションです。そして企画が動き出したら、裏方に回り陰のポジションに戻る、つまり陰で始まり、陰で終わるというのが華僑の人たちの成功哲学なのです。その流れをざっとまとめます。

(1)人に知られざる『陰』にて仕込みを行い

(2)『陽』に出て実際に人を動かして目的を果たし

(3) 目的を果たせば『陰』に戻る

何を意味しているかというと、企画やプロジェクトの成功を自分の功績にしないで、動いてくれた人たちの功績にしてあげる、ということです。大富豪にとってあくまで大切なことは、事業の成功という結果であり、功績という勲章ではありません。勲章は動いてくれる人にあげるわけです。

私が自分の会社で実践しているのは、社員が優秀な実績をあげたら、そのことを『彼はスゴイよ』と、社員の奥さんや友人などに報告してあげることです。なぜかというと、成功した人は自分で『すごいよ』」とは言えません。自慢はあまりインパクトもありません。ですが、他人から『あの人はスゴイ』と言われれば、『そうなんだ!』と信じてもらえます。

ですから他人からの客観的な評価が伝わるような工夫をして、社員たちのモチベーションを高めるようにしているのです。人はついつい、自己顕示欲や名誉欲から、自分の手柄を求めたがります。しかし、人を動かして成果を上げたければ、陰で初めて陰に戻ることが成功の秘訣なのです」

陽のポジションで一緒に成功させたら、すぐに自己顕示欲を抑えて陰に戻るようにしてみましょう。すると、相手の心を動かすことができるはず。つまり、部下に成功体験を積ませようとすればいいのです。それを手柄にしてあげれば、人心掌握にまたひとつ、近づくことができます。

奥深い「陰陽の法則」。大富豪がこのように人の心を動かしているのかと思うと、感慨深いものがありますね。中国の古典は、人を動かすヒントの宝庫。ぜひこの機会にしっかりと学んで、ビジネス・プライベートどちらの人間関係にも活用してみてくださいね。

大城 太さん
起業家
(おおしろ だい)昭和50年2月8日生まれ。大学卒業後、外資系金融機関、医療機器メーカーを経て、華僑の大物と言われる人物に師事。起業1年目でアルバイトと2人で年商1億ビジネスを作成。現在、前仲原物産、エスディーメディカルなど5社の代表を務める傍ら、ベンチャー投資や不動産投資などをしているビジネスオーナー。『世界最強! 華僑のお金術』(集英社) 『華僑の起業ノート』(日本実業出版社)他、著書多数。
『巧みな「人心操縦術」 中国古典の教え』大城太・著 三笠書房刊
この記事の執筆者
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WRITING :
町田光