単身渡った奄美で描いた、生命の輝き── 知られざる日本画家・田中一村の大回顧展
大正から昭和にかけて活動した「田中一村(たなかいっそん)」という画家を知っていますか? 奄美大島でひとり大作を描き続け、没後に注目を集めた知られざる画家です。生きとし生けるものへの想いが込められた濃密な作品群を、この秋、ぜひ。
東京都美術館で2024年9月19日から開催される大回顧展について、美術史家で、明治学院大学教授の山下裕二さんにご案内いただきました。
【今月のオススメ】田中一村 《不喰芋(くわずいも)と蘇鐵》
南国特有の濃い色彩と、自然信仰が画面の中に凝縮されている。一村が昭和49(1974)年1月、66歳のときの書簡に「閻魔大王えの土産品」だと記した畢生の「大作二枚」のひとつ。
生涯を賭して何の悔いもない制作をなし得た満足と自負が言葉に表れている。もう一作の「アダンの海辺」と共に代表作とされ、今回の展覧会ではその2点が14年ぶりに揃って展示されるのも大きな見どころになっている。
縦155.5×横83.2センチの大きな画面を埋め尽くすように鬱蒼と繁茂するクワズイモやソテツ。その草木の隙間から、はるか遠く海の中に立つひとつの岩が見えます。
この岩は、奄美の人たちが「立神(たちがみ)」と呼ぶ神様の目印。海から来る神様はまずこの岩に降り立って、浜から集落を通って山へと続く道を行き来するのだそうです。つまりこの絵で画家は、人間のいるこの世の側から、神様のいるあの世を見ている。自然の中に存在するすべてのものに魂が宿るとするアニミズムを強く感じる、ものすごい作品です。
作者の田中一村は明治41(1908)年に生まれ、東京や千葉で日本画家として活動しましたが、なかなか評価を得られず、50歳のときに単身、当時の日本の最南端であった奄美に渡ります。大島紬の工場で染色工として数年間働いてお金をため、辞めて数年間絵に専念することを何度か繰り返すなかで生まれたのが、この『不喰芋と蘇鐵』をはじめとする大作です。
一村は、奄美に渡った当初は中央画壇に対して「見返してやる!」という気持ちだったと思うんです。でもその復讐心は、奄美でしだいに溶けて、純粋に自分が納得する絵を残せればいい、と思うにいたったのだろうと。私自身、何度も奄美を訪れ、自身の第二の故郷と思うまでに心を寄せていますから、よくわかります。東京・上野で展覧会を観たあとは、ぜひ、奄美を訪れてほしいと思います。一村が描いた神聖な命の世界が、深く心に響くはず(談)。
◇Information「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」
絵画作品を中心にスケッチ、工芸品、資料を含めた250件を超える作品で、一村の全貌に迫る大規模な回顧展。近年発見された初公開作品のほか資料類も多数出品される。
開催期間:9月19日〜12月1日
会場:東京都美術館
問い合わせ先
- EDIT&WRITING :
- 剣持亜弥、喜多容子(Precious)