【目次】
【「小正月」はいつ?読み方・日付と意味をやさしく解説】
■読み方
「小正月」は「こしょうがつ」と読みます。「しょうしょうがつ」ではありませんので気をつけて。
■日付と意味
「小正月」は1月15日、または1月14日から16日の3日間のこと。1月1日の「大正月(おおしょうがつ)」に対する呼称です。「十五日正月(じゅうごにちしょうがつ)」や「女正月(おんなしょうがつ)」「花正月(はなしょうがつ)」「望月正月(もちづきしょうがつ)」とも言います。また、12月31日を「大晦日」と呼ぶのと同様、前夜を「十四日年越し」と言い、年越しのひとつに数えます。この「小正月」で正月行事は終了と考えるのが一般的。初詣は「小正月」までにとも言われます。
【なぜ1月15日?「小正月」の由来は古代の暦にあった】
「小正月」は、古代日本で満月から満月までを1か月としていたことに由来します。1か月の始まりは「最初の満月の日(望月)」とされ、年の最初の満月の日が1年の始まり(正月)とされていました。当時の日本人にとって満月は大変めでたいものだったため、新年最初の満月の日を正月として祝ったのです。
■2026年の「小正月」は1月15日、ファースト満月は「ウルフムーン」?
新暦を採用するようになってからは、満月になる日付けに関わらず1月15日を「小正月」としています。ちなみに2026年最初の満月は1月3日、かに座で起こりました。1月の満月のことを「ウルフムーン」と呼びますが、これは厳しい寒さのなか、お腹をすかせたオオカミが遠吠えするのにちなんでいるのだとか。澄んだ夜空に満月、オオカミの遠吠え…映画や絵本のワンシーンのようですね。
【何をする日?「小正月」の主な風習5つ】
■古いお守りや正月飾りは「どんど焼き」でお炊き上げ
古いお守りやお札、破魔矢など神社仏閣の授与品や、門松やしめ縄、しめ飾りといった正月飾りを燃やす行事を「どんど焼き」や「どんど」と言います。「どんど焼き」「どんど」には、お正月に訪れた年神さまを煙と共に見送る「送り火」のような意味があります。お守りや正月飾りといった縁起物を燃やし、五穀豊穣や商売繁盛、家内安全、無病息災などを願うのです。一般的には神社やお寺でお炊き上げが行われたり、自治体により「どんど祭り」などが行われる地域もあります。
その起源には諸説ありますが、平安時代に宮中で行われていた「左義長(さぎちょう)」と呼ばれる行事が由来しているという説が有力です。
左義長とは?意味・由来・いつ行う?どんど焼きとの違いも解説!【2026年版】【大人の語彙力強化塾】
■「小豆粥」で無病息災を願う
小正月には、米と小豆でつくる「小豆粥」を食べる習慣も。赤飯と同様、白米と小豆の組み合わせが特別なものとされているのは、赤い色は邪気を払うと考えられていた中国の古い風習に由来します。1月7日に「七草粥」を食べ、1月15日の朝食に「小豆粥」を…というのが一般的です。
「小豆粥」の起源は古く、紀貫之の『土佐日記』や清少納言の『枕草子』にも記述があるので、平安中期には小正月に小豆粥を食べる習慣があったよう。小豆粥に餅を入れて「望粥(もちがゆ)」と、縁起を担ぐことも。
また、「小豆粥」や「小豆粥」の別称である「十五日粥」は新年の季語でもあります。
■「繭玉」「餅花」で豊作を願う
柳などの枝に、繭形に丸めた紅白の小さな餅や団子をつけた小正月の飾り物を「繭玉」や「餅花」と言います。上質な繭の出来や稲作の豊作を願う前祝いとして、小正月に軒先や床の間に飾ったのが始まり。小正月の風物詩のひとつとなっています。
■野沢温泉の道祖神祭
「道祖神祭(どうそじんまつり)」は、長野県下高井郡の野沢温泉村に伝わる小正月の火祭り。「三夜講(さんやこう)」と呼ばれる厄年を迎える男性によって取り仕切られ、前年の秋から準備した道祖神の社殿を燃やし、厄を祓って子の健やかな成長を願うもの。1993年、国の重要無形民俗文化財に指定されました。
道祖神とは、町村の境や峠、辻などに祀られる神さまのこと。悪霊が侵入するのを防ぎ、通行人や土地の人を災難から守ります。「さえのかみ」と読んだり、「みちの神」「たむけの神」「峠の神」などとも呼ばれます。
■雪でつくる「かまくら」も
縦横2メートルぐらいに積み上げた雪を固め、中を掘って雪室(ゆきむろ)をつくったものを「かまくら」と呼びますが、秋田県では小正月に行われる行事のひとつに数えられます。中に莚(むしろ)や毛布を敷き、コンロなどを持ち込んで餅を焼いたり甘酒を温めたり。それを通りがかりの人にも振る舞って小額の金銭などを受け取ることもありましたが、現在は子供主体の行事として継承されています。横手市では、かまくらの中に祭壇を設けて水神を祀るのだとか。
【ビジネス雑談にも使える!「小正月」の雑学ネタ】
■1月15日といえば…「成人の日」と「小正月」に関係あり!
かつて1月15日といえば「成人の日」でしたね。1998年に制定された「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律」により、2000(平成12)年以降は1月の第2月曜日を「成人の日」として国民の祝日に。いわゆるハッピーマンデー制度によって、正月休み明けにまた3連休…ということになったのです。
そもそも1月15日を「成人の日」としていたのは、平安時代以降、「小正月」に男子の「元服」(成人の儀式)が行われていたことに由来します。江戸時代以降は「元服」が庶民の間にも広がり、それが「成人の日」になったというわけです。
■かつて「松の内」といえば「小正月まで」だった
現在「松の内」といえば元日から1月7日までを指しますが、かつては小正月までを「松の内」としました。江戸時代に徳川幕府によって「松の内は1月7日まで」とされたのですが、江戸を含む関東地方以外に徹底されることはなく、今でも1月15日の小正月までを松の内とする地域は少なくありません。
■奉公人は「小正月」でようやく里帰り
江戸時代、商家などに奉公している使用人たちが休みをもらえるのも「小正月」。彼らにとって里帰りできる、つかの間の休息日である「小正月」は、さぞかし楽しみだったでしょう。
■使いにくくなった別称「女正月」
上でも少し触れましたが「小正月」は「女正月(おんなしょうがつ)」とも呼ばれます。これは、年末から新年を迎える準備で忙しく働き、正月も客人の接待などで休む暇もなかった女性をねぎらうための日というのが由来です。さまざまな正月の行事も終わって、中心となって動いていた女性たちもようやくひと息つける、というわけですね。
ところが…「外で働くのは男性、女性は家庭を守るもの」「正月の準備は女の仕事」なんて発言をしたら大炎上しかねない昨今、「女正月」という呼び方に抵抗を感じる人がいるかもしれません。すでに聞き慣れない「女正月」というワード、そのうち本当の"死語”になってしまうかもしれませんね。
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2年連続で年末年始9連休…という人もめずらしくなかった2026年の年明け。仕事が始まったと思ったらすぐに3連休で、なかなか仕事モードにエンジンがかかりませんね。伝統行事や風習は時代と共に変化したり、地域によって異なることも少なくありませんが、今回の「小正月」も知識として知っておくと、ビジネス雑談や初対面の方との会話を盛り上げるのにも役立ちますよ。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『デジタル大辞泉』(小学館)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)/『和の暦手帖 二十四節気と七十二候を愉しむ 』(だいわ文庫)/『角川類似新語辞典』(KADOKAWA) :

















