不安が消える瞬間はない。だからこそ、努力を重ねて、土台をつくる
ドラマや映像作品では、繊細で丁寧な演技で人を惹きつける松下さん。その原点がミュージカルにあり、20代の主戦場であったことは、案外知られていない。同年代の若手俳優との群像劇もあれば、ピアノだけで歌うふたり舞台もあった。
「もともと歌うことが好きで進んだ道だけれど、ミュージカルをとおして、楽しさも困難も、たくさん経験してきました。年を重ねれば軽く乗り越えられるのかと思えばそうでもなく、楽しさと困難はいつも表裏一体。コンディションが違えば表現も変わるし、観客の反応も日々違います。気持ちを歌に乗せ、集中力を切らさず、会場と一体になったときの達成感は、何物にも代え難いもの。この感覚を味わいたくて、続けていると言ってもいいかもしれません」
そして2025年、久しぶりのミュージカル、それも主演という大役に立ち向かう。その決断にあたり、松下さんは自分の心に問いかけたという。
「数十人のキャストの先頭に立ち、いろんなものを犠牲にする覚悟があるか。『ケイン&アベル』という物語を、世界で初めて演じる重責を担えるか。答えはもちろんイエス。でも、不安が消えることはありません。だからこそ、練習を重ねるしかない。その日々はつらいけれど、追い込むほど、新しい歌い方や表現方法の発見がある。それでも、正解にはたどり着けなくて、常に模索して。一生かけて正解を見つけていくのが、この仕事なのかなと思います」
思ったことを言えずに後悔するのは嫌だから
「どんな仕事でも、思ったことは言葉にして伝え、仲間とディスカッションを重ね、どこまでも妥協しない。ときにぶつかっても、いい作品にしたいという思いを大事にしています。そのなかで、自分の間違いに気付いたり、周囲と折り合いをつける過程もまた、次の成長につながる。思ったことを言えずに後悔するのは、嫌なので。
先に進むには、地道な努力と試行錯誤しかなくて、自分を満たすのは、結果よりその過程――どんな努力をしたかだと僕は信じています。そこには近道も、奇跡もありません。さらに主演となれば、責任や重圧も受け止めなければならないし、そのための土台にもなります」
その背中にかかる負荷を、楽しいとさえ感じられる、37歳の今。ここまでの道をつくってきた過去の自分を誇りに思いつつも、さらにその先も見据えている。
「多くの経験をして、受け止めて、強くなって。これこそが、大人になることなのだと思います。だから、新たなミュージカルを担えることを、20代の自分はきっと喜んでくれているでしょう。でも、年を重ね、いつかすべてを背負えきれなくなることも、わかっています。そのときは、本当に大切なものだけを抱えて、少しずつ身軽になっていけばいい。僕の大切なもの、それは家族や友人です。食事やたわいもない話をする安らぎの時間があって、それがまた、次の仕事につながっていくのです」
通ってきた道が険しいほど、舞台やスクリーンで強く光り輝く。誰よりも、松下さんがそれを証明している。
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- BY :
- 『Precious2月号』小学館、2025年
- PHOTO :
- 長山一樹(S-14)
- STYLIST :
- 丸本達彦
- HAIR MAKE :
- KUBOKI(aosora)
- EDIT :
- 福本絵里香(Precious)
- 取材・文 :
- 南 ゆかり