〈 Special interview 〉鈴木京香「もっと高く」から「もっと深く」へ|ご自身と向き合った休養期間を経て、その輝きはますます増して。お気に入りの空間でじっくりとお話を聞きました
デビュー以来30年以上にわたって、映画やテレビの第一線で輝き続けてきた俳優・鈴木京香さん。アートや建築にも造詣が深く、内面から溢れる知的な美しさにも魅了される、憧れの女性です。
’23年春には体調不良のため主演ドラマを降板、休養へ、というニュースに心配が集まりましたが、ゆっくりお休みされたようで、’24年から再始動。再びの笑顔に励まされた人もたくさんいたはず。
今回は、新年号にふさわしく、特別インタビューにご登場いただきました。撮影は、建築好きの鈴木さんがお気に入りという素敵な空間で、大好きなアート作品と共に。チャーミングで、まっすぐな言葉をお届けします。
「自分が俳優という仕事に就けていることに、すごく感謝しています。俳優をしていなかったらどうなっていたのか、想像ができないくらい、仕事に敬意をもっています」(鈴木京香さん)
インタビュー前、撮影中のワンシーン。中庭でうきうきと植物の手入れをする鈴木さんの笑顔が印象的でした。あるいは、何もない真っ白な部屋の中を、いそいそとアートを抱えて歩いては、ここがいいかな、あそこがいいかな、と、壁を見上げて飾る場所を考えている姿も。この「空間」を愛し、楽しんでいることが伝わってきて、微笑ましいほどでした。
’23年5月。鈴木京香さんは体調不良により、すでに撮影の始まっていた主演ドラマを急遽降板しました。そこから翌年1月のドラマ撮影まで完全休養。’24年はゆっくりと復帰していく年となりました。
── 今回のように長期間にわたってお仕事を中断されたのは、キャリアのなかでも初めてのことだったと思います。
鈴木京香さん(以下同様):「共演者の方たちとも顔合わせをして、撮影にも1日行ってからの降板でした。本当に、申しわけなくて落ち込みました。私、自分のことを、体もガッチリしているし、忍耐強い女だと思っていたんです。むしろ、ほぼおじさんだと(笑)。だけど、そう思い込んで頑張って仕事をやり続けてきた結果、体調を崩して迷惑をかけることにつながってしまった…。だからこれからはもう、無理をしたり、我慢したりすることはやめようと思ったんです。
心身のことだけではなくて、お仕事や人間関係でもそう。休養前は「せっかくいただいたお話だから」といった気持ちで、ときには我慢することもありました。でも、無理につなげようとしてもつながらないものがあるということを知りました。すでに結ばれていたとしても、それが我慢のうえに成り立っている関係だったり、納得のいかないものであれば、申し訳ないけれど、ほどいて、手放していこう、と。
休養中は、改めて、家で過ごすなんでもない時間が、自分にとってはすごく大切だったんだなと感じました。新聞を読んだり、思いついたことをノートに書きつけたり、お料理をしたり、展覧会の図録をじっくり読み直したり。そして愛犬を可愛がったり(笑)。体力が戻ってきてからは、美術館にも行きましたし、あれもしたいこれもしたいと、また外に出るようになりましたけれど。
あとは、収集癖がなくなりました。私、何かひとつ物を買うと、シリーズで揃えたくなるタイプだったんですね。時計や車、食器、骨董品なんかも好きで、ずいぶん集めていたんですが、いつか自分がいなくなった後、この「物たち」はどこにいくんだろうと。行方が気がかりになるようなものは、もうもたなくてもいいと思うようになりました。あ、Tシャツコレクションに関しては、どんどん着ればいいだけなので続けます(笑)」
復帰後、初の作品となるのは、シェフ・早見倫子を演じたドラマ『グランメゾン東京』の映画化である『グランメゾン・パリ』でした。
── 久々のお仕事はいかがでしたか?
「迷惑をかけずにできるだろうか、という不安もあったのですが、“無理のない範囲で” と言っていただいて、すごくありがたかったですね。海外ロケにも行くことができました。現場でも皆さん本当に気を遣ってくださって。その後、夏にも1本映画を撮りました。自分としても’25年は映画をしっかりやっていきたいと思っていて、準備をしています。
復帰してみて感じたことは、俳優という仕事がすごく好きだということ。生まれ変わっても、また絶対に俳優になりたい。私は好奇心が旺盛というか、いろんなことにすぐ興味をもつので、勉強する機会が多い俳優の仕事がとても楽しいんです。例えば『グランメゾン・パリ』の撮影なら、料理のことや、盛り付けのこと、いろんなことを学べました」
── 実際、お料理もお上手だそうですね。
「好きですね。後輩の女の子に『お料理教えてください』なんて言われると、すごくうれしくなります。料理上手になるにはおいしい料理をたくさん食べることが重要だと思っているので、男性陣には、『恋人や奥さんをいろんなお店に連れて行ってあげて』と啓蒙活動をして、女性陣に喜ばれています(笑)。
私は、自分が俳優という仕事に就けていることに、すごく感謝しています。俳優をしていなかったらどうなっていたのか、想像ができないくらい、仕事に敬意をもっています。映画やお芝居を見た後、すごく豊かな気持ちで家に帰るじゃないですか。先輩にも後輩にも素晴らしい俳優さんがたくさんいて、その方々が与えてくれたこの満足感を、私も、演じる側になったときには、皆さんに少しでも感じてもらえるように。そう思って30年以上この仕事を続けてきました。
でも、その想いが、休養前は強すぎたのかもしれないとも感じています。できないこと、苦手なことがあっても、できるようになって、できるだけたくさんの人に喜んでもらわないと、と思っていた。でも今は、私の芝居を好きだと言ってくれる人たちに受け入れられれば、それでいいのかも、と。諦めではないんですよ。そうではなくて、今から私が、皆さんにお届けする感動の量を増やすことができるとするなら、それは自分の得意ジャンルを磨くことだと。年齢的にもキャリア的にも、そんなふうに思うんです」
── それはなにかが吹っ切れたということでしょうか?
「ずっと、俳優として “大きな仕事” をやらなければ、と気負っていたんですよね。だけど今は、自分がいいと思うことを精一杯やって、喜んでくれる人がいればそれでいいんじゃないか、と思っています。
今日、タイルの壁に囲まれたこの中庭で撮影したじゃないですか。ここにいるとも感じるんです。もっと高く、もっと遠くへ、まだ見ぬ世界に冒険へ出かけるような気持ちで生きてきたけれど、これからは、今この瞬間に自分がもっているものに目を向けて、それを深く突きつめていくことが大切なんじゃないか、と。“もっと高く” から “もっと深く” へ。壁に囲まれた中庭の地面から見える空でも、すごく広いということに気付きました。
そして、ちょっとおかしな言い方かもしれないけれど、自分の中にあるもの、気付いたもの、人に教わったものなんかを、この中庭の壁にあるタイルの縁のギザギザしたところに引っ掛けていこう、みたいな…変でしょうか(笑)? これまで蓄積してきたものが、ツルンとした容れ物に滑り落ちてたまっていくのではなくて、ギザギザの壁にふわりふわりと引っ掛かって、周囲を埋め尽くしていく…。ここで過ごす時間と空間は、私にそんなイメージを与えてくれます」
50代半ばでの思わぬ休養が鈴木さんにもたらした新しい視座。そこから見えたのは、より豊かで、深みのある世界。
── 50代の生き方にもし正解があるとしたら、どんなことだと思いますか?
「正解、かどうかはわからないけれど、もう自由奔放に生きればいい、と思いますね。遠慮したり、わきまえたり、我慢したりしないで、やりたいことをやって、行きたい所に行けばいいし、そうするだけの強さとたくましさを、いろいろと経験を重ねてきた私たちの年代はもっている。
もちろん、人それぞれに、いろんな事情があることはわかるんです。私も、「今はこういう状況だからできない」って自分に言い訳したことが何度もありました。でももう、自分に自由にやらせてあげよう、と」
── 「自分に自由にやらせてあげる」。とても勇気づけられる言葉です!
「そう! おしゃれだってそうです。誰に遠慮することなく、着たい服を自由に着ればいい!…と言いながらも、私は仕事柄、自分には似合わないなと思う服でも、実際に着て、ある程度は日常を過ごしてみて、体になじませるようにしています。だからもし私がプライベートでイマイチなファッションをしていることがあっても、「役づくりのためのあえて」なんだなと思ってくださいね(笑)」
俳優のお仕事ももちろんですが、鈴木さんはアートや建築の分野でも話題に。取り壊しの危機にあった東京・渋谷の名作住宅「ヴィラ・クゥクゥ」を個人で購入し引き継ぎ、保存再生に尽力したことにより、日本建築学会文化賞を受賞しています。
── もともと建築はお好きなんですか?
「興味はありましたが、すごく詳しいわけではないんです。歴史的建築を守らなければ、みたいな使命感にかられた感じでもなくて、ただ、なんていうのかな、『こんなに可愛らしい建物が、しかもまだまだ使えそうなのに取り壊されてしまうなんて…』という気持ちでした。好きな街を歩いているときに、お気に入りの建物がなくなっていたり、すごくピカピカした建物に変わっていたりすることって、あるじゃないですか。そういうときの残念な思いが、『ヴィラ・クゥクゥ』のお話を聞いてふとよぎったんです。
私は俳優が本業なので、声高に訴えたりするつもりはありません。けれど、自分が好きなものについて、何か気付くことがあったのなら、それをそのまま放置しないようにしたい、とは思っています。『ヴィラ・クゥクゥ』については、私は “管理人” のつもりでいます。一般公開もしていくつもりで、竣工当時の姿に戻すような復元工事をお願いしました」
「アートでも建築でも、自分が好きなものに触れているとき、ふと、自分にできることがある、と気付く。その“気付き”を、放置しないでよかった」(鈴木京香さん)
── どんな建築に惹かれますか?
「『ヴィラ・クゥクゥ』がル・コルビュジエの弟子である吉阪隆正の代表作ということもあり、コルビュジエには興味があります。華奢なお屋敷よりは、メキシコのルイス・バラガンのような、ガシッとした平屋家屋が好きですね。
私は旅好きで、少しでも時間がとれたら、自分で航空券も手配してひとりでどこでも出かけていくんです。美術館巡りも好きで、国内外、いろんなところに行きました」
── おすすめの美術館はどこでしょう?
「何度も足を運んでいるのは、イタリア・ヴェネツィアのペギー・グッゲンハイム・コレクションですね。あとはデンマークのルイジアナ近代美術館。ドイツ・ミュンヘンにあるレンバッハハウス美術館は一度しか行ったことがないけれど、すごくよかった。20代半ば頃だったかな。パウル・クレーがたくさん展示されていて、子供の頃から画集で見ていたけれど、実物を前に、その素晴しさに魅了されました」
── 子供の頃から絵が好きだったのですか? アートとの出合いを教えてください。
「父が日曜画家で、よく絵を描いていたんです。上手ではないですけど(笑)。『学生時代に地元の展覧会で入選した』のが自慢で、そんな姿も可愛くて。家には画集もたくさんあったので、女の子がお母さんのクローゼットをひっくり返して服を取っ替え引っ替えするみたいに、私は父の書棚から画集を引っ張り出しては、ずっと眺めていました。
高校では美術部でした。でも私はもっと上手じゃなくて(笑)。デッサンが苦手だったんですよね。だけど、私も展覧会で入選したことがあるんですよ。まあまあ大きな号数の抽象画でした。大喜びで展示を観に行ったら上下逆に掛けられていて、「逆さまです!」って言って直してもらいました。当時は大まじめに憤慨していましたが、今思えば、上でも下でもどっちでもいい絵だったな、と(笑)。
そのうち、鑑賞する喜びに目覚めていきました。私は、細密に描かれた作品よりも、イメージをふくらませられるもののほうが好きみたいです。インスピレーションの源として、美術はとても大事なものになっています」
「広い世界に出て行って、高い所を目指さなければ、と気負っていた。でも今は、目に見える範囲を、深く掘り下げていくことに喜びを感じています」(鈴木京香さん)
── 現代アートのコレクターとしても知られていますが、いつ頃から収集を?
「学生時代からリトグラフや写真作品など小さなものは買っていました。初めてのコレクション、といえるのは、20代の終わりに購入したパウル・クレーの作品です。自分で海外のオークション会社にビットを入れて、N.Y.で開催されたオークションに日本から電話で参加したんです。落とせたときはもううれしくて、時差があるから深夜だったんですがベッドの上で何度も飛び跳ねてしまいました(笑)。その作品が手元に届いたのがちょうど30歳になったとき。そこから、少しずつ集めています。
クレーはモダン・アートですが、今はコンテンポラリー、現代美術がより好きです。きっかけはアメリカのサイ・トゥオンブリー。作品を追って世界各地の美術館を訪れるうちに、ほかの作家にも惹かれていきました。草間彌生、ゲルハルト・リヒター、ヴォルフガング・ティルマンス…。作品を自宅や『ヴィラ・クゥクゥ』など、大好きな空間に飾るのも、特別な喜びです。不思議なもので、アートってどこに飾ってもいいわけではなく、例えば壁に掛けるときも『ここ!』っていうピッタリの場所があるんです。そういうことも、自分でコレクションしたからわかったこと。アートとの暮らしを自分なりに楽しんでいます。
けれど、アートもやっぱり『ヴィラ・クゥクゥ』と同じで、ほかの方にも楽しんでいただく機会をつくれたら、と思っています。作品も、大事にしまわれているだけでは寂しいでしょうし、例えばギャラリーのようなスペースで展示するとか…。私のものだけれど、私だけのものじゃない。休養を経験してからは特にそう感じています。だって、永遠に所有し続けることはできません。よき人に渡す日が来るまで大切にお預かりします、という感覚でいます。同時に、今の私が、自分が好きだと思える時間と空間を守ることができ、決断したり、行動したりできること自体がうれしいし、誇らしい気持ちがするんです。私は自由だ、と」
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
問い合わせ先
- ウールン商会 TEL:03-5771-3513
- Hirotaka 表参道ヒルズ TEL:03-3478-1830
- プラダ クライアントサービス TEL:0120-45-1913
- ブシュロン クライアントサービス TEL:0120-230-441
- PHOTO :
- 浅井佳代子
- STYLIST :
- 藤井享子(banana)
- HAIR MAKE :
- 千吉良恵子(cheek one)
- WRITING :
- 剣持亜弥
- EDIT :
- 喜多容子(Precious)
- インタビュー :
- 守屋美穂(Precious)