モノは役割を持って生まれます。そして、その役割を果たしている時がいちばん美しい。
仏像は美術館に展示されていると「彫刻」ですが、お寺に鎮座していると信仰の対象としていのちが吹き込まれますし、ルネ・ラリックのガラスの室内装飾は、無機質なガラスケースの中に陳列されているよりも、やはり優雅な個室の壁に張り巡らされるパネルや、優美に灯るランプシェードとして使われているほうが、その魅力が倍増します。
では、「建物」はどうでしょうか?
いかに建築としての評価が高いものであっても、ただ保存されているだけの時よりも、やはり「人を迎える空間」として使われている時がいちばんその価値が生かされるでしょう。
鎌倉の心をつなぐ、「宝」の名が付けられたお茶室「宝庵」がレンタルスペースに
北鎌倉にある旧関口邸茶室「宝庵(ほうあん)」は、この4月から一般に開放されたお茶室です。
運営しているのは「鎌倉古民家バンク」さん。どう保存していくかの話し合いのなかで「拝観料を支払ってもらって見学するだけ」にする案も出たものの、やはり、モノはその役割をまっとうしているときがいちばん美しいもの。お茶室はお茶室として、また、もう少し踏み込んで「各種おもてなしの空間」として、使ってもらうのがいちばん正しいあり方だと、レンタルスペースにすることに踏み切ったそうです。
そこで、公開されたばかりの宝庵さんの魅力を確かめるべく、説明&見学会に参加してきました。
場所は北鎌倉の名刹「浄智寺」の奥、ハイキングコースの山のふもとにあります。
門から一歩踏み入れれば、そこは野趣に溢れた自然の宝庫。茶室までの飛び石の脇には、ゼンマイが元気に伸びていました。
数多くの野草が生い茂り、すぐ近くでさえずるように、時に大きく耳をつんざくように、鳥の啼き声が響き渡ります。
この日はまぶしいくらいの素晴らしい快晴。
木々の緑と空の青、そして澄んだ空気が清々しく、心の底からデトックスするような気持ちのよいお庭を歩いていくと、まず数寄屋造の会席「常安軒」が見えてきます。
ふたつの茶室「常安軒」と「夢想庵」
旧関口邸茶室は、昭和9年に竣工。
施主は大正から昭和にかけて活躍したジャーナリスト・関口 泰氏で、設計はモダニズム建築の名手・山口文象氏。この茶室は、現存する山口作品の中ではもっとも初期の建築になります。
昭和47年に北鎌倉在住の建築家・榛沢敏郎氏に所有が移り、復元・修繕が施されました。今回修繕にあたった大工から「榛沢氏でなければ、ここまでそっくりに復元されなかっただろう」との言葉も出るほど、榛沢氏は徹底的にこだわって復元したそう。
そして2017年8月に浄智寺に所有が移り、「鎌倉古民家バンク」に運営が委託され、今に至ります。「宝庵」の名は、浄智寺の山号「金宝山」からつけられました。
「宝庵」の敷地内には、数寄屋造りの「常安軒」(待合&8畳間&4畳間)と「夢窓庵」の2つの建物があり、待合以外の八畳間・四畳間・夢窓庵にはすべて炉畳があるので、すべてお茶室として使えます。
茶室1:数寄屋造りの「常安軒」
「常安軒」の待合から広めの8畳間へ
まずは常安軒の待合へ。奥に大きな紅葉の木が見えます。新緑の季節はもちろん、秋も見事な景色であろうことがうかがえますね。
ここから8畳のお部屋へ。
床の間がある和室です。この部屋にも炉畳がありましたが、今回はここでは説明を受けたのみ。ある程度の人数が集まったときなどに使うとよさそうです。脚の悪い方のためか、椅子も用意されていました。
「宝庵」を実際にレンタルスペースとしてお借りするには?
そして説明会へ。基本はお茶会や着付けなど、和の講座の場所として、1日または半日単位で借りることができます。利用料は公式サイトを見ていただくこととして…。お茶会以外でも、企業研修やミーティングの場や展示会の会場などとしてもレンタルが可能だそう。
続いて「常安軒」の4畳間でお茶会を
説明会へ参加したみなさんは、全員お茶の経験者。みなさん、お茶室のレンタルに興味があり参加されたとのこと。お友だちと一緒にお茶会をするのでしょうか。
説明のあと隣の4畳の部屋に移り、軽くお茶会を。表千家の先生にお抹茶を点てていただきました。
この日のお菓子は、桜の練り切り。桜の花びらが練りこまれた餡はほんのり塩気があり、春気分を盛り上げます。
この「常安軒」の4畳間の特徴は、なんといっても京都・大徳寺の茶室「忘筌(ぼうせん)」の意匠を取り入れた、半分だけの明かり障子。
うっすらと目を細めたように見えるお庭の風景。この日のように晴れた日は太陽の光に輝く鮮やかな緑を、雨や雪の日でも、濡れる庭の風情をじんわりと味わえそう。
お茶をいただいた後、こちらでしばし庭を眺めてぼんやりとリラックス。
背筋をピンと伸ばしつつも、心はゆったりと自然を感じていると、やわらかな空気の中で心身が解きほぐされていくようです。
広縁に寄り添って舟のように弧を描く縁側も、雅です。
この色紙は、関口氏が描いた小間のお茶室(の複製)。窓の外を見てみると……。
ありました。絵とそっくりなあれがもうひとつの茶室、小間の茶室「夢窓庵」です。改めて庭に降りて、行ってみましょう。
茶室2:京都・高台寺のお茶室を模した「夢窓庵」
夢窓庵は、高台寺遺芳庵を左右反転して模したもの。高台寺の遺芳庵は、江戸後期の遊女・吉野太夫を偲ぶために作られたという小さな茶室で、大きな円窓が特徴です。この円窓を吉野太夫が好んだところから、「吉野窓」とも呼ばれています。陽あたりなどを考慮して、建てる際に左右を反転したそう。
吉野太夫は遠く中国にまでその美しさが知れ渡っていた、とも言われるほどの絶世の美女。今も昔も、美しい人は影響力が高かったのですね。
茶室が小さいので円窓がとても大きく感じられて、なんだかモダニズム建築のような印象です。
こちらの入り口にもつくばいがあります。
にじり口から入ると、「一畳台目」と呼ばれる小さなお茶室が。
一畳台目は茶室の中でもっとも狭く、必要最低限までそぎ落とした究極の茶室とも言われています。千利休が作ったとされる国宝の茶室「待庵(たいあん)」もこのサイズ。
狭いのですが、吉野窓のおかげか中は意外に明るく、外から想像していたよりも広く感じられます。
自然と一体になった庭には「甘露の井戸」も
以前、京都の方が宝庵に見学に訪れた際、「京都のつくられた庭とはまったく違う、自然を慈しみ一体となった鎌倉ならではの庭」と評されたそうです。
宝庵のすぐ裏手は山裾につながり、植樹と山野の草木が一体となった自然の魅力にあふれたお庭です。
入り口にはゼンマイがありましたが、裏手にはフキが大量に。もう少し早かったら蕗の薹がたくさん摘めた…かも………?
そして井戸もあります。なんとここが名水と名高い「甘露の井戸」。
「鎌倉十井」と言われる浄智寺と同じ水源で、もともとの「甘露の井戸」はこことも言われているそう。
わたしは10年ほど前に、某区立公園内にあるお茶室をレンタルして友人とお茶会を開いたことがあります。気兼ねない仲間たちとのんびりとお茶を楽しんだ思い出は、今も暖かく残っています。
この「宝庵」なら、世俗から離れた別世界でのお茶会、さらにその後には鎌倉散策も可能で、忘れがたい思い出として心に刻まれる1日になりそうです。
近い日程では、4月の29日・30日には宝庵茶屋として一般に公開することが決定しています。今後も月に一度は一般公開する予定だそうなので、北鎌倉散策のついでにフラっと訪れてみてはいかがでしょうか。
見学だけではなく、保存だけではなく、使うために蘇ったおもてなし空間「宝庵」。どんな方法でここを生かすか、考えただけでも夢が広がりますね。
問い合わせ先
- 北鎌倉 宝庵
- 〒247-0062 鎌倉市山ノ内1415
- TEL:080-5488-1053
- mail: kamakurahouan@gmail.com
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- ※スタッフは常駐していません。通常時の見学には事前の予約が必要です。
- ※駐車場はありません。
- ※ワークショップや他イベントの日程は、公式サイトのイベントページにてご確認ください。一般参加が可能なイベントは、2018年4月現在「すみれ絵展」「香道体験会」「坐禅&瞑想会」などの予定があります。
- TEXT :
- いしだわかこさん 編集者
公式サイト:WAKAKO ISHIDA