【目次】

【これまでのあらすじ】

皆さんはNHKで3月28日(金)に放送されたドキュメンタリー番組『100カメ』(べらぼう 大河ドラマの回)を、ご覧になりましたか? 吉原の町を再現した巨大セットや背景CG、プロフェッショナルな俳優陣とスタッフさんたち。無音で踊る「俄」のシーンなど、見どころ満載でしたね。

主役の蔦重を演じる横浜流星さんの座長ぶりも見事でした。現場で練った演技プランを、別室にいる監督のもとへ自ら赴き、作業の邪魔にならないよう伝える思慮深さ。「こういうのはどうですか?」とアイディアを差し出すさまは、まるで蔦重そのものじゃぁありませんか! 

また、ドラマ本編ではあまりに出演時間が短いために、SNS上で人気絵本『ウォーリーをさがせ!』ならぬ「オーミーを探せ!」と話題になっていた尾美としのりさんも登場。のちに尾美さん演ずる粋人の正体は、秋田藩留守居役筆頭の平沢常富(つねまさ)であり、実は「宝暦年中の色男」を自称する戯作者・朋誠堂喜三二だったと判明してSNSを沸かせていました。ほんの数秒の出演シーンのために1時間かけてメイクして、長時間の待ち時間に耐えていらしたことも判明。撮影シーンのメイキング映像では、一発テイクを決め、飄々と去っていく姿が素敵でした!

さてさて、前話となる第13話のキーワードのひとつは「座頭金(ざとうがね)」でした。座頭金とは、検校をトップとする「当道座(とうどうざ/盲人の組織)」が幕府から許可を得て、高利で貸し付けた金のこと。江戸城内では旗本の娘が借金のかたに売られていることが問題視され、田沼意次(渡辺謙さん)は、座頭金の実情を、長谷川平蔵宣以(中村隼人さん)に探らせます。

一方で、鳥山検校(市原隼人さん)に身請けされ、幸せに暮らすはずの瀬川(小芝風花さん)は、嫉妬に駆られた検校によって軟禁状態に…。検校と瀬川、そして蔦重。それぞれの愛のかたちがクローズアップされた回でした。


【嫉妬にわれを忘れる鳥山検校。そんな折、座頭金に裁きが下る】

そして、第14話「蔦重瀬川夫婦道中」は、不当な高利貸しや非道な取り立ての罪により、鳥山検校と瀬川が捕えられ、蔦重もその巻き添えを食う――というくだりから始まります。

夫の悪行のせいで何も知らない妻まで捕えられる。どこまでもむごい世界。(C)NHK

ほどなくして蔦重は大番屋(被疑者を勾留するための施設)から解放され、さらに瀬川も釈放されて、検校の裁きを待つ間、花魁として籍を置いていた吉原の松葉屋(正名僕蔵さん)預かりの身となりました。そして、その瀬川を訪ねた蔦重が持っていた本が、『契情買虎之巻(けいせいかいとらのまき)』です。

■ 「瀬川もの」と呼ばれた洒落本『契情買虎之巻』とは?

『契情買虎之巻』は、1778(安永7)年に田螺金魚(たにしきんぎょ)が著した洒落本です。鳥山検校が五代目瀬川を身請けしたことを題材に、吉原の女郎瀬川とその客・五郷(ごきょう)との悲恋が描かれ、「瀬川もの」と呼ばれました。当時の瀬川花魁の人気ぶりがうかがえますね。

ドラマでは、年明けに店をもつことになった蔦重が、瀬川に店を一緒にやってほしいと頼みますが、瀬川は「私は検校の妻なんだから、それは無理」と応えます。それでも、今は精一杯楽しいことを考えようと、ふたりがああでもないこうでもないと思案していたのが、「瀬川が考えた『瀬川もの』」の企画でした。

史実では、瀬川が烏山検校に身請けされたのは、1775(安永4)年。そして検校が捕らえられたのが1778(安永7)年ですから、ふたりの夫婦生活は3年続いたということになります。その間にはきっと、穏やかで幸せな日々もあったことでしょう。

もしかしたら、検校にとっても、瀬川は初めての恋、希望だったのかもしれません。瀬川の望みはすべて叶えようと、後輩女郎たちの分まで着物を誂えたり、書庫に本を山と積んでみせたりといったシーンもありました。

それなのに、今も昔も、瀬川と蔦重は本によってつながっていて、瀬川は「重三は光」などと言う。生涯光を見ることがない検校にとって、どれ程残酷な言葉だったか。「検校こそが私をこの世の誰より大切にくれる人」「自分の思いが検校を傷つける」ことを自覚しながらも重三への思いを消し去ることができない妻に嫉妬してもしかたがないことかもしれません。

検校が逮捕されたのは、こんなタイミングでのことでした。

【検校が瀬川に渡した「離縁状」の意味とは?】

■ 遊女の結婚

当時、遊郭での遊びに対する社会の目は、かなりおおらかなものでした。特に吉原は、「俄」や「夜桜」などイベント目当てに、女性も子どもも訪れる観光スポットという一面もあり、人々にとってごく身近な存在だったのです。

遊女のほとんどは、「身売り」というかたちで吉原にやってきた女性たち。ですが、江戸幕府は人身売買を禁止していたため、表向きは娘の奉公の給金の親が前借りしているという“てい”がとられていました。そのため、遊女となった女性は、家族を救うために一大決心をした親孝行者であるという認識が一般的で、遊女に対する社会的な差別はほとんどなく、「元遊女だから妻にはできない」という男性も少なかったのです。
そして、相手が遊女に限らず、江戸庶民の離婚率は、かなり高かったといわれています。

■検校が瀬川に渡した「離縁状」とは?

江戸時代、庶民が離婚するときに、夫から妻へ、必ず渡すことが義務づけられた文書が、「離縁状」でした。
武士の場合には、幕府や藩へ、夫婦両家から離婚届を提出します。しかし、庶民には正式な書類は必要なく、夫が離縁状を書けば、離婚の手続きは済んだのです。

離縁状の交付によって何が変わるかといえば、男女共に、再婚が可能になること。実は当時、重婚に対する処分は重く、幕府法上、「離縁状」の交付なしに再婚した場合、男は所払(ところばらい/居住する町村から追放)の刑に処せられ、女は髪を剃(そ)り、親元へ帰されたのです。

「離縁状」の文言は、夫が妻を離婚する旨を記した離婚文言と、以後再婚しても差し支えない旨の再婚許可文言 から構成されるのが一般的。多くは3行半で書かれたため、「三行半(みくだりはん)」とも俗称されました。

ドラマでは、検校から瀬川へのの離縁状を見せられた蔦重が、自分の頬をはたいて「夢じゃない!!」と喜びを爆発させていました。「身請けに1400両もかけた検校が、わっちを手放すはすがない」と考えていた瀬川にとっても、離縁は予想外のことだったでしょう。しかし、「そなたの望みは、なんであろうと叶えると決めたのは、私だ…」という検校の言葉通り、彼は瀬川の幸せのためだけに、離縁状を書いたのです。

SNSには、我欲を捨て瀬川への愛を貫く検校について、「検校は『オペラ座の怪人』ファントムそっくり!」「これはまさしく『当道座の怪人』では?」というコメントが。

『オペラ座の怪人』とは、フランスの作家、ガストン・ルルーにより1909年に発表されたゴシック小説で、パリ・オペラ座の地下で暮らす怪人が、推し(オペラ座のコーラスガール)への愛が大きすぎるが故に推しを苦しめますが、最後は真実の愛に目覚め、推しの幸せを願って姿を消すというストーリー(超ざっくり)。不朽の名作として、これを原作としたミュージカルが数多く上演されています。

『べらぼう』にあてはめてみれば、怪人ファントムが検校、推しであるクリスティーヌは瀬川、クリスティーヌの幼馴染みで恋人のラウルが蔦重、というわけです。

検校の潔さ、瀬川への愛の深さに改めて胸打たれると同時に、『べらぼう』ファンの見識の高さにも脱帽です。

このあと、あんなことになるとは…このままふたりの幸せが続けばいいのにと、見ていた人誰もが願ったはず。(C)NHK
このあと、あんなことになるとは…このままふたりの幸せが続けばいいのにと、見ていた人誰もが願ったはず。(C)NHK

【幸せの絶頂から、物語は一気に暗転!】

場面は変わって、カメラはひとつの布団で語り合う、ふたりのうしろ姿を映します。瀬川のほつれ髪と蔦重の胸元のはだけ具合、そして蔦重の大きな手に包まれる瀬川の指先。コトの次第を察した視聴者の多くが、「よかったねぇ」と涙ぐんでしまったのではないでしょうか。

そして、瀬川は、蔦重と一緒に出そうとしている「瀬川もの」について語ります。

「検校は亀の化身っていうのはどうだい? (瀬川が)助けた亀が恩返しに来るんだよ。で、瀬川は身請けされて竜宮城に行くのさ。で、そりゃもう楽しく遊んで、間夫(まぶ)のところに帰るのさ。よその人は検校を悪役に書けるけれど、わっちにできないよ。わっちはそりゃもう大事にされたから。巡る因果は恨みじゃなくて恩がいいよ。恩が恩を生んでいく、そんなめでたい話がいい」。

なのに、なんと大晦日の晩、除夜の鐘が響くなか、瀬川は蔦重への手紙を残して姿を消します。「…大事にする」という蔦重の、しみじみ深いひと言に、「おめでとう!」「本当によかった!」と思ったのもつかの間、ふたりの幸せな時間が短すぎやしませんか?

しかし、世の中には検校を心底恨んでいる人も多く、いわくつきの自分が蔦重とふたりで本屋をやることが、「吉原を楽しいことばかりの場所にしたい」という彼の夢につながるとは、瀬川にはとうてい思えなかったのです。実際に少し前には、検校を恨む松葉屋の女郎によって、瀬川が包丁で襲われるという事件もありました。

去り際、唯一、瀬川が胸元に忍ばせ持ち出したのは、かつて蔦重が吉原からの足抜けを企てた際に発行した、切手(通行証)の破片だけ。「おさらばえ」。そして「ありがた山の鳶からす」。子ども時代から瀬川を支え続けた、蔦重からもらった絵本すら置いていった瀬川の行為に、決意の程が表れていました。

瀬川と、そして第5回で行方知れずになってしまった唐丸(渡邉斗翔さん)…。蔦重にとっては、江戸の雑踏に、無意識にその姿を探してしまう尋ね人が、ふたりになってしまいました。瀬川にふたりの夢が叶ったことを知らせるために、そして唐丸との約束を果たすために。蔦重は本を売って売りまくり、江戸の「メディア王」になるしか、道はありません。私たちも応援するのみです!


【次回『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15回「死を呼ぶ手袋」のあらすじ】

第14話では、松葉屋のいね(水野美紀さん)から、平賀源内(安田顕)のエレキテルが嘘っぱちのオモチャだと聞かされた蔦重。第15回は…

蔦重(横浜流星さん)は吉原で独立して、自分の店『耕書堂』を構えた。そんなとき、市中で様子のおかしい源内(安田顕さん)に会う。須原屋(里見浩太朗さん)や杉田玄白(山中聡さん)によると、源内はエレキテルへの悪評に苛立っているという。

一方、徳川家治(眞島秀和さん)の嫡男・家基(奥智哉さん)が、鷹狩りの最中に突然倒れてしまう…。意次(渡辺謙さん)は、蝦夷の話を持ち掛けてきた源内や東作(木村了さん)に、ある任務を託す。

※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』~第15回「死を呼ぶ手袋」のNHKプラス配信期間は2025年4月13日(日)午後8:44までです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
河西真紀
参考資料:『江戸の色町 遊女と吉原の歴史』(KANZEN)/『吉原事典』(朝日文庫)/『NHK2025年大河ドラマ完全読本 べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺』(産経新聞出版)/『お江戸の結婚』(三省堂)/『江戸の花嫁』(中公新書) :