【目次】
【「日本ダービー記念日」とは?意味・由来を簡潔に解説】
■「いつ」?
「日本ダービー記念日」は、4月24日です。
■どんな「意味」がある?
この日は、日本競馬界で最も格式高く、最高峰のレースのひとつとされる「日本ダービー(東京優駿)」が初めて開催されたことを祝う日です。
■日付の「由来」は?
1932(昭和7)年4月24日に、日本初のダービー(第1回 東京優駿大競走)が開催されたことに由来します。このレースで優勝することは、騎手や調教師、馬主、生産者など、日本の競馬関係者すべてが憧れる、最高の栄誉のひとつといわれていますよ。
【「日本ダービー」とは?競馬界で「特別」とされる理由】
■そもそも「ダービー」って何?
「ダービー」とは、1780年に、イギリスのロンドン郊外に住む第12代ダービー卿 エドワード・スミス・スタンレーが創設したサラブレッド競馬のレース名で、英名「ダービー・ステークス(the Derby stakes)」の略称です。この前年、ダービー卿はエリザベス・ハミルトンと結婚。その際に3歳牝馬 (ひんば) のみによるレースを行ったのが、イギリスにおける3歳馬レース「オークス」の始まり。
この催しが当時の競馬界から好評だったことから、ダービー卿は自分の名を冠した3歳牝牡 (ひんぼ/メスとオス) 馬の混合レースを思い立ち、1780年5月4日に距離1マイル(約1600メートル)のレースを行いました。これが「ダービー」の起源です。
そして現在、「ダービー」の名を冠したレースは世界各国で行われています。アメリカの「ケンタッキー・ダービー」が有名で、フランスではプリ・デュ・ジョッキークラブ・カップを「フランスダービー」と言い、日本では「東京優駿競走」を「日本ダービー」と呼んでいます。
競馬のレースは国際基準に基づき、各レースにグレードが決められています。「G1」が最も賞金が高額となるレースで、次に「G2」、「G3」と続きます。日本ダービーが属しているのは、もちろん「G1」。G1にはほかに「天皇賞」(春・京都/秋・東京)や、「安田記念」(東京)、「宝塚記念」(阪神)などがよく知られていますね。
では、数あるGⅠレースのなかでも、日本ダービーが「最高の栄誉」とされ、ほかのレースとは一線を画す特別な存在であるのはなぜなのでしょうか。
■「運」も勝敗を左右する「一生に一度の大舞台」
日本ダービーに出走できるのは、3歳のサラブレッドのみです。
競走馬の現役期間は想像以上に短く、多くの馬は2歳から3歳(人間でいう17歳くらい)の間にデビューし、5歳から6歳頃に引退を迎えるのが一般的なライフサイクルです。日本ダービーへの出場は、こうした競走馬の短い現役生活のなかでも、心身ともに最も伸び盛りの3歳のときに、一度だけ訪れるチャンスです。そのため、ダービーに出走できること、そして勝つことは、その馬の生涯価値を決定づける極めて重い意味をもつのです。
「最も速い馬が勝つ皐月賞、最も強い馬が勝つ菊花賞」と言われているのに対して、ダービーは「最も運のある馬が勝つ」と称されます。これは、実力はもちろんのこと、当日の体調や枠順、レース展開といったすべての運命が味方した馬だけが、頂点に立てることを意味しています。
■出場できるのは「エリート中のエリート」
その年に3歳になる数多くのサラブレッドのうち、ダービーのゲートに立てるのはわずか18頭。新人の登竜門としての側面をもつとはいえ、ここに至るまでの過酷な予選(トライアルレース)を勝ち抜いてきた、選ばれしエリートたちの集まりです。フレッシュな若駒(わかこま)たちが伝統の重みを背負って走るというコントラストが、日本ダービーをよりドラマティックなものにしています。
■競馬関係者の究極の目標
競馬に携わるすべての人々(馬主、調教師、生産者、そして騎手)にとって、日本ダービーを勝つことは一生の夢であり、究極の目標です。かつてイギリスの宰相チャーチルが「ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になることより難しい」と語ったという逸話があるように、7000頭を超える同世代の競馬の頂点に立つことは、至難の業であり、最高の名誉なのです。
■華やかな「競馬の祭典」
日本ダービーが開催される東京競馬場(東京都府中市)は、この日だけは特別な祝祭の空気に包まれます。格式高い装いで観戦する賓客も多く、スポーツの枠を超えた「文化」としての側面が色濃く現れます。このレースを勝った馬は、その年の「世代の王者」として歴史に永劫その名を刻むことになります。
【日本ダービーの魅力〜歴史と名勝負から読み解く価値】
■日本初のダービーはどこで開催された?
「日本ダービー」はイギリスの「ダービー」に範をとり、日本競馬界の父といわれる安田伊左衛門 によって創設されました。1932(昭和7)年4月24日に、今はもう存在しない東京の目黒競馬場で日本初のダービー(第1回東京優駿大競走)が行われ、このときの優勝馬は一番人気だったワカタカ、鞍上(あんじょう/ジョッキー)は函館孫作騎手でした。その後、第3回から現在の東京競馬場に移りました。戦争による中断などを経ながらも、その伝統は現代へと受け継がれています。
■時代を彩った伝説の馬
競走馬のプロフィールにおいて、「〇〇年のダービー馬」という称号は、同世代の馬の頂点に立った証し。生涯、そして引退後の血統表において、最も誇り高く刻まれる文字です。
皇帝シンボリルドルフ(1984年)
史上初めて無敗でダービーを制し、のちに七冠馬となる伝説の幕開けを飾りました。その完璧な走りは、今なお語り継がれる強さの象徴です。
武豊騎手とディープインパクト(2005年)
数多くの名馬に騎乗してきた武豊騎手をして「走っているというより、飛んでいるようだった」と言わしめたディープインパクト。東京競馬場の最後の長い直線にある急な上り坂を、「他馬が止まって見える」ほどの異次元の速さで駆け抜けました。大観衆が一体となってその名を叫ぶ光景は、競馬の枠を超えた社会現象となりました。
■敗者の美学
ダービーは勝者だけでなく、敗れた馬たちの物語もまた、ファンの心を捉えて離しません。圧倒的な1番人気を背負いながら、わずか数センチの差で涙をのんだ名馬たち。その無念は翌年以降の産駒(さんく/仔馬)へと託され、何代にもわたって「父や母が届かなかったダービーの栄光」を追い求める姿には、まるで大河ドラマさながらのストーリーがつむがれていきます。
【大人のたしなみとしての競馬の楽しみ方】
現在の競馬場は、かつてのイメージを払拭し、洗練された「大人の社交場」へと進化を遂げつつあります。特に日本ダービーは競馬界一、格式高いレースです。着順を予想するだけでない特別な楽しみ方をご紹介しましょう。
■「ブラッド・スポーツ」としての楽しみ
競馬は血統にも大きな関心が寄せられるスポーツです。たとえばディープインパクトのような名馬が引退したあとにも、その子どもたちが親たちの果たせなかった夢や、親たちがかつて見せた輝きを継承し、走る姿が見られます。お気に入りの血統を見つけて、その家系の物語を追いかけることも、競馬のもうひとつの楽しみです。
■「競馬場という非日常」を楽しむ
日本ダービーが開催される東京競馬場は、広大な芝生と開放感溢れるスタンドが特徴です。インターネットで予約購入できる指定席や、一般販売していないラウンジ席を利用することで、人混みを避け、ゆったりとメインレースを待つことができます。
また、レース前の馬たちが歩くパドックは、いわばランウェイ。極限まで鍛え上げられたアスリートとしてのサラブレッドの美しさを、間近に観察できますよ。静かな緊張感が漂うなか、馬それぞれの個性を感じる時間は、競馬場ならではの貴重なひとときです。
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4月、5月は、今回のテーマでもある「日本ダービー」をはじめ、毎週のように大きなレースが各地で開催される、競馬界のハイシーズンです。
5月3日(日・祝)の「天皇賞(京都競馬場)」、5月10日(日)の「NHKマイルカップ(東京競馬場)」、5月17日(日)の「ヴィクトリアマイル(東京競馬場)」、5月24日(日)の「オークス(東京競馬場)」に続き、5月31日(日)にはいよいよ第93回「日本ダービー(東京優駿)」が東京競馬場で開催されます。
新緑が美しいこの季節、穏やかな休日のアクティビティとして、こうしたスケジュールを頭の片隅に置いておくのも、楽しそうです!
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『日本大百科全書 ニッポニカ』(小学館) /一般社団法人日本記念日協会)/JRA/「UMARO」 :

















