鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第九回|保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開!
俳優・鈴木保奈美さんによる連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」では、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。
第九回は【最高の朝食】と題して、保奈美さんがこれまで旅先で堪能してきた朝食の思い出についてつづられています。今回も、保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開します。
第九回「最高の朝食」 文・鈴木保奈美

オートミールが、気になっていた。
小学生の頃夢中になって読んだ、少年少女世界文学全集。『小公女』や『若草物語』や『メリー・ポピンズ』といった欧米のお話の朝食シーンにいつも出てくる、謎の食べ物。オートミールとは、なんぞや? 時にポリッジとか、お粥と訳されていることもある。でもミルクや砂糖をかけて食べるらしい…お粥に? 絶対、変。
十数年後に謎は解けた。二十歳の頃、なんの仕事だったか、映画の公開? 取材? まったく記憶にないのだけれど、とにかく日比谷の帝国ホテルに泊まらせてもらえるというチャンスがあった。なんて、贅沢な時代。生まれて初めてホテルに泊まり、明日の朝はルームサービスを頼んでみよう! と見たメニューにあったのだ、憧れのオートミールが! ここで出会えるとは!

翌朝、銀のお盆に乗って届けられたオートミールは、なるほどお粥であった。ちょっとつぶつぶとして、お皿にでろんと伸びていた。ほんのり温かいミルクと、砂糖ではなくメープルシロップが添えられていたように思う。お話の中では、やんちゃな弟が「うえ〜またオートミールか。僕、イヤだよう」とか言ってスプーンを投げたりするけど、言うほど悪くないじゃない? その後しばらく、仕事でホテルに泊まる機会があると、朝食メニューにオートミールを探したものだった(しかし出しているホテルは、多くはない)。

ルームサービスの朝食って、最高に贅沢。目覚めてシャワーを浴びて、人間はバスローブなのにテーブルにはパリッパリのクロスが敷かれて、コーヒーは銀のポットに入っていて、ナイフとフォークでオムレツを食す。しどけない格好で客室係にセッティングしてもらうのも、なんか優雅な背徳って感じがして、いい。だけど現実、そんな素敵な時間を持てることはなかなかございませんね。九十年代は海外ロケで、ずいぶん良いホテルに泊めていただいたけれど、なにせ撮影は朝が早い。五時からメイクをして、後ろ髪引かれる思いでホテルを出発するなんてザラだ。
そんな時、撮影スタッフが心尽くしの朝食を用意してくれるのもありがたい。パリに泊まって、ジヴェルニーのモネの家へ行く時だった。道中二時間ほどのロケバスに積まれていたのは、小ぶりのクロワッサン(ブーランジェリーのものじゃなくて、スーパーで買った袋入り、でもとっても美味しく感じたのはフランスロケの高揚のせいか?)、まるごとのカマンベールチーズ、いちごやブドウ(マルシェで買った適当な紙パック入り)、コーヒーとオレンジジュース。なんでもない、でもそのなんでもなさが小粋であった。この時、こまごまと撮影の世話を焼いてくれた女性はモデルをしていたというスラリと背の高いフランス人で、やることなすことセンスがよかった。パリ市内で撮影していた昼下がりには、「今そこで買ってきたの、最近流行っているのよ」と箱いっぱいのカラフルな丸い焼き菓子を差し入れてくれた。なにこれ、見たことない! と、あまりの可愛さに日本人スタッフは騒然とした。あれがわたしとマカロンの出会いであった。おそらく、“LADUREE” の。

ホテルの朝食は素敵だけれどメニューが決まってしまうし高価だし(特に近頃の円安は、本当に痛い。涙)、外に食べに行くのも、それ自体イベントと化して楽しい。なるべく地元らしい、オリジナルなメニューが良い。殺風景な蛍光灯に照らされた、香港の粥麺屋で啜るピータンのお粥。台湾の朝市でおばちゃんから買う、焼きそば風の炒め物、揚げパンみたいな肉まん、熱々のシェンドウジャン。ローマの下町の、チーズが入ったライスコロッケ。マドリードのチュロスと、ものすごく甘くて熱いチョコレート。近所の人がサクッと立ち寄って、パクリと齧って仕事に出かけていくのを、ちょっぴり申し訳ないような気持ちでのんびり眺める。わたしは今日、お休みなのよね、いってらっしゃい、と小さく手を振ってみたりして。

ニューヨークならやっぱりベーグルだ。テイクアウトして公園のベンチでかぶりつくのもいいけど、落ち着いて座りたいなら、“Sadelle's” が好き。店の真ん中にガラス張りの厨房があって、朝から大勢のスタッフがベーグルをどんどん丸めて大鍋にバンバン放り込んでいる。ウェイトレスはキビキビと笑顔で、そっけないけど意地悪くない。赤ちゃん連れも老夫婦も若いカップルもいて、騒々しいけど会話の邪魔にならない。三段のスタンドにスモークサーモンと卵ときゅうりとオニオンスライス、ステンレスカップのクリームチーズもガザっと提供される。食器がぶつかるざわめきと、湯気とコーヒーの香り。ふだんあまりグルテンを摂らないようにしていてベーグルには興味がなかったのだけれど、この気取らないライブ感には陥落してしまった。



朝食の思い出はたくさんあるけれど、最高のひとつと言われたら、山形のおばあちゃんの朝ごはんを選ぶだろう。わたしの祖母、ではない。都会育ちで虫が苦手なうちの子供達を見かねて、夏休みに知人が山形のご実家に招待してくれたことがあった。見渡す限り田んぼと畑、かろうじて営業していたキャンプ場みたいなところに泊まった。満天の星と、三百六十度サラウンドの虫の声。翌朝お家を訪ねると、おばあちゃんお手製の朝食が庭先に並んでいた。自家製の梅干しが入ったおにぎり、甘じょっぱい卵焼き、出汁の効いたお味噌汁。裏の畑で採ってきたばかりのきゅうりとトマトには、これも自家製の味噌をつけてガブリと齧る。あの、野菜の艶。おにぎりの重み。卵焼きの、ちょうど良い焦げ目の美しさ。残したくなくて一生懸命食べたけれど、まだまだたっぷり作ってあった。東京に帰ってからお手紙のやりとりを続けて、おばあちゃんに似合いそうなカーディガンや手袋を送ってみたりしたけれど、そんなことでは到底足りない。ありがとうを、何百回伝えても足りない、最高の朝食だった。数年後おばあちゃんが亡くなったという知らせを受け取った。彼女の頬の艶と笑顔の香りは、忘れられない。
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- PHOTO :
- 鈴木保奈美(本人の画像はスタッフが撮影)
- EDIT :
- 喜多容子(Precious)
- 撮影協力 :
- ライカカメラジャパン