鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第七回|保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開!

雑誌『Precious』で連載中の俳優・鈴木保奈美さんによる「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」では、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。

『Precious』5月号に掲載の第七回では、記念すべき保奈美さん初めてのひとり旅とは? これまでの思い出深きひとり旅の歴史が綴られています。今回も、保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開します。

鈴木保奈美さん
俳優・文筆業
(すずき・ほなみ)ときにエスプリの効いた感性豊かな文章には定評あり。本誌でも数多くのエッセイを執筆。4月8日からスタートする連続ドラマ『人事の人見』(フジテレビ)では女性キャリアを熱演。また、『あの本、読みました?』(BSテレ東)ではMCを、『365日の献立日記』(NHK-Eテレ)ではナレーションをと幅広く活躍中。公式インスタグラム(@honamisuzukiofficial)も好評。

第七回「ひとりで旅をする理由」 文・鈴木保奈美

鈴木保奈美さんが撮影したパリの風景
保奈美さんのひとり旅の歴史は、どうしても行きたかったパリから始まった。あれから、何度も訪れているけれど、その魅力は今も変わらない。

始まりはなりゆきだったのだ。大学生活が終わりに近づいた頃、同級生のキョーコちゃんと、旅行の計画を立てた。キョーコちゃんとわたしは、「Chipie」のストレートデニムに「agnès b.」のスナップガーディガン、「UPLA」のバッグを斜め掛け、っていう筋金入りのB.C.B.G.ガールだったから、目的地は当然パリだ。ところが直前になってキョーコちゃんが、「ごめ〜ん、バイト代を別の旅行に使っちゃった」って言い出すものだから、すでに心がパリに飛んでいたわたしはどうしても諦められなくて、よっしゃ、行ってみようじゃないか、とひとり旅を敢行したのであった。

ひとりで過ごす海外はものすごく緊張したけれど、メトロも美術館も蚤の市もクリアした。ピアスの穴も開けた。食事だけは悩んだ。カフェには入れるけれど、レストランは敷居が高い。でもスーパーやマルシェへ行けば見たこともない美味しそうなお惣菜をたくさん売っているから、少しずつテイクアウトしてホテルの部屋で食べた。さっぱりしたサラダかな、と思ったザワークラウトがしょっぱくてびっくりした。

鈴木保奈美さんが撮影した写真
 

すっかり自信をつけて、それからはひとりでパリに行くようになった。撮影のために行って仕事が終わった後、数日ひとりで過ごしたいので、と、残らせてもらうこともあった。それからアイルランド。U2というロックバンドのファンであるわたしは、彼らの歌詞に込められている故郷への想いを理解するために、アイルランドへ行かねばならぬと思っていた。だけど周りの友人をいくら誘ったとて、「アイルランドってどこ? アイスランド?」なんて時代に、一緒に行ってくれる二十代女子などいやしないのだ。だから腹を括ってひとりで出掛けた。当時のアルバムをめくってみると、よくも未知の場所へ出掛けたものだ、無事に帰れてよかったね、とちょっと自分を褒めたくなる。いやそれ笑えないでしょ、という武勇伝もあるのだが、それはまた、別の機会に。

鈴木保奈美さんの旅アルバム
 

20代後半、一眼レフカメラを携えてひとりで出掛けたアイルランド。荒れ狂う波が寄せる断崖、どこまでも続く荒野…出合った風景を収めたアイルランドのアルバムは、大切な宝物のひとつに。

鈴木保奈美さんの旅アルバム
 

思えばひとりで過ごす時間の多い子供だった、かもしれない。ひとりで考える時間の多い子供? 小学校では転校生だったし、中学ではバスケ部の部長になってしまって、そのくせ身体を壊して中途半端に脱落したから“みんな”と距離を感じていた。高校では、同じ中学から進学した同級生はいなくて “元〇〇中” の輪に入れなかった。それに家が遠かったから、みんなとマクドナルドでおしゃべりしている途中で、じゃあね、って先に帰った。友達は、いたのだ。ただ、なぜだかグループに乗り遅れている気がしていた。“みんな” と自分の、奇妙な乖離(かいり)。今思えば、思春期によくある自尊心の暴走だったのかもしれない。常に悶々とした子供だった。大学へも、一緒に進学した同級生はいない。そしてキョーコちゃんと仲良くなったけれど、その頃わたしは仕事を始めた。この仕事は、決まった休みがない。連続ドラマの撮影をしている数ヶ月は、ほとんど他の予定を立てられない。そのかわり、妙なタイミングでまるまる一ヶ月休みが取れたりする。カタギの友人と旅行をするのはほぼ不可能で、そのことがわたしの “ひとり旅好き” を後押しした。

ひとり旅は、なんといっても気楽だ。起きる時間も、どこへどのルートで出掛けるかも食事のメニューも、誰にも相談する必要がない。しかしそれは同時に、全部自分で決めなければならないということだ。何時に朝食をとりに食堂へ降りていくか、美術館へ行くか公園を散歩するか? 今通り過ぎた店、気になるけど、引き返して覗いてみるか? 土産物を買おうか買うまいか、ジェラートを食べようかどうしようか? 大抵の場合、わたしは迷う。ものすごく迷う。店の前を何度も行ったり来たりする。店の人に、絶対顔覚えられてる。うう恥ずかしい。そうして気付く。これよ。心おきなく逡巡する自由。なんでもテキパキ進められる、かっこいい自分じゃなくてかまわない。己の優柔不断をとことん味わい、自分の情けなさを受け入れる自由。これこそひとり旅の醍醐味、と言ったら、自虐的にすぎるだろうか?

ライカのカメラで撮影する鈴木保奈美さん
自分の目で確かめたものを記録したくて、思わずシャッターを切る。旅のお供は コンパクトデジタルカメラ『ライカQ3』。

十数年のブランクを経て、娘たちが大きくなって久しぶりにひとりで新幹線に乗った時(あれは新潟への日帰り旅だった)、懐かしい開放感に包まれた。東京駅で買う一杯のコーヒーでさえ愛おしかった。それと同時に、自分の旅のスキルが確実に落ちていると感じた。チケットの扱いや乗車時刻の確認に手間取る。緊張する。こんな状態で海外へなんて出掛けたら、絶対パスポート失くしちゃうなあ。自分の脆弱さにちょっと驚いた。これは、鍛え直さないといけないな。

周囲のママ友たちも子育てにひと段落付き、「ひとり旅、してみたい!」と口を揃えて言う。家族の好みを優先していたために行けなかった場所を訪ねたい。せわしなく通り過ぎてしまった風景を心ゆくまで味わいたい。あるいは、人生折り返したのだから、なんでもいいから新しいことに挑戦したい。だけど貴重品を失くしたらどうしよう? という不安がブレーキをかける。「でもさ」、とひとりが言う。「物理的な心配は、今の時代、きっとなんとかなるんだよね」「むしろ寂しくなったらどうしようって不安なのかも」「そんな時はあたしたちがLINEで支えるわよ」そうだね、そういう関係性を、時間をかけて作ってきたんだものね。別のひとりは言う。「わたしがひとりで上手くいかなかったとしたら、誰かがいても上手くいかないのよ」うはは、面白い。自分を信じられない人と、自分しか信じない人。旅は、自分たちのそんな本質に気付く機会でもあるのだ。

ひとり旅ができるかどうか、ということは、わたしにとっては生きるスキルを確認する作業なのだ。旅のスキルは筋肉と同じで、鍛えればちゃんと成果が現れる。普段サボっていると急な運動で筋肉痛になるけれど、繰り返すうちに痛みは薄れて良い筋肉がついてくる。体温が上がって代謝が上がって身体はふわりと軽くなる。そうなってしまえばこっちのもんだ。そんな、極上の筋肉を求めて次の旅に思いを馳せる。スーツケースに勇気と無鉄砲を詰め込んで。

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PHOTO :
鈴木保奈美(本人画像はスタッフが撮影)
EDIT :
喜多容子(Precious)
撮影協力 :
ライカカメラジャパン