鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第八回|保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開!
俳優・鈴木保奈美さんによる連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」では、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。
今回、ご紹介する第八回は【旅は道連れ】と題して、保奈美さんが20代に友人と旅した先での “ちょっぴり苦い” 思い出からはじまります。今回も、保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開します。
第八回「旅は道連れ」 文・鈴木保奈美

二十代半ば、親友と二人、ローマとパリを巡った。オードリー・ヘプバーンに憧れて、毎朝カフェオレとクロワッサンでもよくて、パリジェンヌに生まれたかったよね、という二人だったから、趣味はピッタリで、見るものやることすべて楽しく満喫した。なのに旅の後半、歯車が狂い出した。彼女は地図が苦手。あっちの美術館へ行きたい、こっちの店を見たいというオーダーはたくさん出してくれるが、毎晩ガイドブックと地図を首っ引きで調べて行程を作るのはわたしの仕事だった。それは、いい。わたしは自他ともに認めるガイドブッククイーンであるし、人任せにしたくないから。だけどサンジェルマン大通りのバス停で、次に来るバスの番号と行き先を必死に判別しているわたしの横で、「これ乗っていいの? 違うの? バスはいつ来るの?」と言いながら呑気にマダムウォッチングなんかしている彼女に、無性に腹が立ってきた。旅の疲れが溜まっていたのかもしれない。勝手に好きなところへ行ってよ、と思った。

一方でわたしはお金の計算に弱い。レストランで割り勘にするとき、つい「あ、今細かいのないから、その八フラン貸しといて」とか「まとめて払っとくね、あとでざっくり割ろう」なんて雑な勘定をして、それきり忘れたりする。彼女はいつもきちんと計算してメモに書き出してくれていたから、わたしの大雑把さに呆れていただろう。小さなストレスが積み重なって、お互い相手には言わないまま、けれどその後、彼女と旅することは二度となかった。ショックだった。仕事の苦労や恋愛の悩みや、なんでも話して支え合った友だったのに、こんな根本的な、持って生まれた性質の違いが旅で浮き彫りになるということが。その違いを受け入れられなかった自分が。相手に甘えていたんだな、と思った。旅って怖い。人と旅するときは、うんと慎重にならねば、と学んだ。

三十年経った今でも、その教訓は重く、友人と計画する旅は緊張する。ずっと一緒じゃない方が良い。別行動の時間は、絶対に必要。泊まる部屋も、贅沢だけど各自取る。遠方の友人を訪ねるとき、「いいじゃない、うちに泊まってくれれば」と言ってくれることもあるのだが、できる限りお断りする。だって他人とずっと一緒にいるって、ものすごいエネルギーを使うよね。いや本音を言えば、実家にだって二泊が限度ではないかと思う。なんてわがままなのだろう。でも、水回りの使い方とか、暮らしのリズムとか、あるじゃない? 「違うな」って思ってしまうのが怖い。思わないように気を使うのは、消耗する。その前に、避ける。
一度だけ、友人と一週間も同室で過ごしたことがあった。彼女は娘の同級生のお母さんだ。娘たちの部活の遠征に付き添って、二人部屋に泊まったのだった。出発前、わたしはどうなることかと本当にビビっていたのだが、それは杞憂に終わった。ヨガの先生である彼女に毎朝ヨガを教えてもらい、ヨガウェアのまますっぴんで出かけ、たくさん話をして音楽を聴いた。彼女があまりにもさっぱりとした性格で、頭の回転が速くて、旅慣れた人だったから、わたしのヘソは曲がる隙がなかったのだろう。そうして彼女との距離はグッと縮まった。他人を識る、ということへの恐怖が、ほんのちょっぴり薄まった。

ある冒険家のドキュメンタリーを観た。その人はアフリカ大陸から人類が世界に広がっていった軌跡を徒歩で辿る、という壮大な旅をしている。そして行く先々で、バディを見つけて一緒に歩く。何日も、何週間も。歩きながら景色や、その日の夕食の話をして、そのうちお互いの仕事や家族や人生観を語り始めて、旅が終わる頃にはしっかりと固い友情が生まれてしまう。それこそが旅の豊かさだと彼は言う。
そうなんだ。ひとりの旅は、自分を鍛えるためには必要だけれど、移動中ずっと緊張している。警戒している。きっと眼が三角になって、奥歯を噛み締めている。旅の道連れがいると、誰かに頼れる安心感と非日常の高揚がスパークして、予期せぬ言葉が自分の口からするりと出てくる。あれ、わたし、なぜこんなことまで喋ってしまってるんだろう? ってドキドキしながら、勝手に走り出す会話に興奮する。面と向かっては言えない告白をしちゃったり、同じ景色を見ているのに正反対の感想を持つことに驚いたり。そうしてその違いにがっかりするどころか、なんておかしな発見だろうと笑いが止まらなくなって、笑い過ぎて涙を流しながら、なあんだ、今一緒に旅しているのは必然だったのね、と納得したりする。他人を識るのって、面白いことなんだ。サンジェルマン大通りのバス停で立ち尽くす自分に、そっと教えてやりたいなあ。
それにしても、日常の自分はどれだけ話題に鎧を着せていることか。だけどそんな自分を否定はしないのだ。だって無意識のうちに守りを固めるのは、日々を滑らかに暮らすために身に付いた知恵なのだもの。頑張ってるのよ、わたし。頑張ってるよ、みんな。

人との距離感覚にまだまだ臆病なわたしには、現地集合の旅が今はちょうどよい。好きな手段で好きな時間に到着する。ひと足先に着いてロケハンしておいたよ、と誰かが言う。道中のおかしなアクシデントを語って笑わせてくれる人がいる。夕飯を食べながら、明日どうする? と相談が始まり、意見が合えば一緒に出かける。博物館のエントランスで別れて、好きなルートで好きに観る。お茶を飲みながら収穫を交換し、買い物はまた自由行動。今のところは、そんな旅が理想的。
あの冒険家のように他者と豊かな時間を築くには、相当なエネルギーが必要だ。未熟なわたしはひとつひとつ、扉を開けている最中だ。これから年を取るにつれ、自分がゆるやかに人を受け入れられるようになるのか、ますます頑なになってゆくのか、それさえもわからない。随分とこじらせているとは思うけれど、まあ、そんな自分を識っていくのも、ひとつの旅では、ある。
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- PHOTO :
- 鈴木保奈美(本人の画像はスタッフが撮影)
- EDIT :
- 喜多容子(Precious)
- 撮影協力 :
- ライカカメラジャパン