【目次】
【前回のあらすじ】
第25回「灰の雨降る日本橋」は、蔦屋重三郎(横浜流星さん)と、地本問屋の親分格・鶴屋喜右衛門(風間俊介さん)の、長年にわたる確執に終止符が打たれた回でした。
ドラマ冒頭、書物問屋の柏原屋から、「日本橋の丸屋を買い取らないか」という願ってもない申し出を受けた蔦重ですが、問題は「吉原者は見附内(江戸城外堀の内側)の家屋敷を買えない」という奉行所からのお触れでした。そこで、須原屋市兵衛(里見浩太朗さん)の持つ、松前屋の抜荷の証しとなる「蝦夷地を描いた絵図」との交換条件で、田沼意知(宮沢氷魚さん)から日本橋出店への協力を取り付けます。
そんななか、浅間山が大噴火。江戸に大量の灰が降り注ぎます。混乱する町を前に、「これは恵みの灰だろ…」と、ピンチをチャンスに変えるアイデアを思いつく蔦重。持ち前の機転を利かせると、吉原から女郎たちが着古した着物を持ち込み、丸屋の屋根の瓦の隙間に挟み込み、屋根を覆い尽くします。これは、瓦の隙間から灰が家の中に入り込んでくるのを防ぐため。キメの細かい灰はアルミサッシですら防げず、家の中に入り込んでくるそうですよ。そして、灰は雨に濡れると固まってしまうため、雨どいが詰まらないよう、こちらもカバーしました。この働きは町じゅうの店に広がります。
さらに、蔦重は「おもしろくねえ仕事こそ、おもしろくしねえと」と、道の左右でチームに分かれ、賞金を賭けてどちらが早く川に灰を捨てられるか競争しようと提案します。「勝ったほうに10両出す!」と蔦重が言えば、鶴屋は負けじと「25両」と手を挙げます。気っ風がよく「ノリで勝負」な、江戸っ子ならではのやりとりです。
最後は、泳げない蔦重が桶ごと川にダイビングして溺れかけるというハプニングのおまけ付き。勝負は引き分けとなりますが、一同揃っての酒席では、皆が打ち解け大いに盛り上がるのでした。
これら一連の出来事に、最初は蔦重を門前払いしていた丸屋の女主人ていの心にも、ようやく雪解けの気配が見えます。
「蔦重さんは陶朱公(とうしゅこう)という人物はご存知ですか?」
陶朱公は、古代中国・越(えつ)の勾践(こうせん)に仕えた武将・范蠡(はんれい)で、戦から退いたあとは、いくつかの国に移り住んで、その土地を富み栄えさせたことで知られる人物です。蔦重にもそのような才覚がある、そしてそういう人物にこそ店を譲りたいと、ていは話します。言葉を飾らないていにとって、これは「絶賛」に近い蔦重へのほめ言葉。そしてこれを受け、「なら、陶朱公の女房になりませんか」という蔦重のストレートなプロポーズは、彼女の心の深いところに刺さったのではないでしょうか。
前回の第24回では、日本橋の本屋の旦那たちの前で、ていが韓非子をそらんじるシーンがありました。それを見た旦那たちは目くばせしながら「生意気な。女のくせに」という顔をするのです。

「うちの娘は漢籍が読める」と自慢してくれた父親亡きあと、ありのままの自分を認めてくれた人は、おそらく蔦重だけ。「女のくせに…」だなんていう発想は微塵もなく、自分の話を遮らずに聞いてくれ、学識に敬意を払ってくれ、それを生かして「一緒に協力すれば、いい店ができるはずだ」と提案してくれる蔦重。ていにとって、最高のパートナーなのではないでしょうか? そんな男性、令和の今だって、かなりレア。惚れるに決まっています!と思うのですがどうなんでしょう。
【現代に伝わる日本の「文様」は江戸から広まった】
「形式的な夫婦であれば」という条件付きではあるものの、ていは蔦重と夫婦になることを承知します。一件落着!ですが、それに焼き餅を焼く歌麿(染谷将太さん)が、可愛くもなんだか切なかったですね。
めでたい祝言の場に紋付袴の正装で現れた、鶴屋喜右衛門から贈られたのは、耕書堂の商標である「富士山形に蔦の葉」が染め抜かれた天色(あまいろ/澄んだ空のような鮮やかな青色)の暖簾(のれん)でした。「日本橋通油町は蔦屋さんを快くお迎え申し上げる所存にございます」と喜右衛門は頭を下げます。相手を一度認めたら、過去は潔く水に流すその姿に、“江戸っ子の粋”を見ましたよ。 これまでの無礼を詫びる駿河屋の親父さま(高橋克実さん)も、さすがです。
そして、喜右衛門の心のこもった口上に、涙を浮かべて喜ぶ蔦重と忘八たち…。表情を変えないていの感情は気になるものの、蔦重が本当の意味で日本橋への進出を決めた、印象深いシーンとなりました。
そして、どさくさに紛れて、次郎兵衛兄さん(中村蒼さん)は既婚&子沢山をカミングアウト。やるなー。どこまでもとぼけた兄さんです。
■「暖簾」の変遷にも、美術デザイナーさんのこだわりが!
実は『べらぼう』で、耕書堂の店先に、人がくぐる形状の「長暖簾」が掛けられたのは、今回が初めて。なんといっても、新星耕書堂がオープンしたのは、お江戸の真ん真ん中、メインストリートである本町通りに面した通油町です。近所には、江戸を代表する書店や大店が軒を連ねる最高のロケーションに加え、大勢の奉公人が働き、間口も広い店先には、鮮やかな長暖簾が映えます。
ドラマが始まった当初、吉原の五十間道にある「蔦屋」に間借りしていた耕書堂には自前の暖簾などなく、手書きの布切れの看板を軒下にぶら下げているだけでした。その後、同じく五十間道に耕書堂として独立したときには、箱型の看板に、青色の暖簾にチェンジ。『NHK首都圏』のインタビューによれば、蔦重の成長に伴い、暖簾の色や形を変えていくのは、『べらぼう』美術デザイナーさんのこだわりなのだそうです。
そうそう、浅間山の灰が降り注ぐシーンでは、人々がさまざまな色柄の手ぬぐいをマスク代わりに使っていましたね。日本の伝統的な文様の多くは、奈良時代に唐から渡来し、平安時代に日本風にアレンジされたもの。家紋や商標は、平安時代に公家たちが與車(よしゃ)や衣服に付けた装飾的な文様から発展したとか。さらに江戸時代になると町人文化の影響を受け、生活周辺や身の回りのものがモチーフとして盛んに使われ出します。
そして蔦重の手ぬぐいの柄は「吉原つなぎ」。「吉原つなぎ」は正方形の四隅をくぼませたものを、鎖のようにつなぎ合わせた文様です。これは、吉原に入ると鎖につながれたように「なかなか出られない」ことに由来しているのだそう。
縞や格子はもちろん、歌舞伎由来の市松模様や「かまわぬ(鎌輪奴)、青海波や宝尽くしなど、現在でもおなじみの文様は、そのほとんどが江戸時代に考案され、手ぬぐいや浴衣地に染められました。
【西行の名歌に占う恋の行方は】
一方で、いまだに男女の仲には至らない、田沼意知との仲をライバル女郎にあおられ、女郎屋の2階から飛び降りた誰袖花魁(福原遥さん)の勇姿(?)には驚かされました! 今回、ようやく思いが実って、意知と心を通い合わせます。
意知が誰袖に贈った扇には、「西行は 花の下にて 死なむとか 雲助袖の 下にて死にたし(あの西行は花の下で死にたいと歌ったけれど、私雲助は、誰袖の下で死にたい)」という和歌が。これは、「願わくば花の下(もと)にて春死なん その如月の望月の頃」という西行法師の歌をふまえたもの。お世辞にもうまいとはいえませんが、かえってそこに意知の実直さが表れているようです。「ちょいとわっちの袖の下で死んでみなせんか」と応じる誰袖。艶っぽい名場面となりました。
それにしても、『べらぼう』第12回では、俄(にわか)祭りで大文字屋(伊藤淳史さん)と若木屋(本宮泰風さん)のダンスバトル、今回は「灰運び競争」を経ての大団円。さらに、丸屋の女主人ていは、「メガネを外せば、誰もが振り向く超絶美人」と、『べらぼう』にはところどころ、少年漫画や少女漫画の典型的な展開が仕込まれているんですね。いや、おもしろい。
次週の予告では、「米がない」「一昨年の米なら…?」と、タイムリーで既視感のあるワードが並びました。お江戸の命運やいかに!
【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第26回 「三人の女」のあらすじ】
冷夏などによる米の不作で、米の値が昨年の倍に上昇。奉公人が増え、戯作者(げさくしゃ)たちも集うようになった耕書堂では、米の減りが早く、蔦重(横浜流星さん)も苦労していた。そこに蔦重の実母、つよ(高岡早紀さん)が転がり込み、髪結いの仕事をしながら店に居座ろうとする。

一方、江戸城では、田沼意次(渡辺謙さん)が高騰する米の値に対策を講じるも下がらない。幕府の体たらくに業を煮やした紀州徳川家の徳川治貞(高橋英樹さん)が、幕府に対して忠告する事態にまで発展する。
※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第25回 「灰の雨降る日本橋」 のNHKプラス配信期間は2025年7月6日(日)午後8:44までです。
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- Precious編集部
- 参考資料:『見てきたようによくわかる 蔦屋重三郎と江戸の風俗』(青春文庫) /『お江戸でござる』(新潮文庫) /『一日江戸人』(新潮文庫) /『江戸のきものと衣生活』(小学館) /『江戸の衣装と暮らし解剖図鑑』(X-Knowledge) /『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版) :