【目次】

【前回のあらすじ】

第29回「江戸生蔦屋仇討」は、久しぶりに物づくりのおもしろさにたっぷり触れられた、気持ちのいい回でした。蔦重(横浜流星さん)がテーマを設け、朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)、恋川春町(岡山天音さん)、大田南畝(桐谷健太さん)、北尾政演(古川雄大さん)など、絵師や戯作者がおもしろがりながら知恵を絞りアイディアを出し合う。読者や本屋周辺の素人たちからの取材も怠らず、おもしろいもの、いい本のためには軌道修正もいとわない。「天才出版プロデューサー」であるだけでなく、「江戸文化の仕掛け人」とまで呼ばれた蔦重の手腕が遺憾なく発揮された回でした。

第29回より。(C)NHK

そして第30話の「人まね歌麿」。このタイトルからはあまりいい印象を受けなかった、という人もいるのでは? 「人まね」がそう感じさせたわけですね。

ところがどうでしょう。北尾重政(橋本淳さん)から「近ごろ噂になってきてるよ、人まね歌麿って」と言われた蔦重は「ほほう」と嬉しげな表情を見せるではありませんか! これは、またしても蔦重の目論見通り!?

歌麿(染谷将太さん)の作風はまだ確立していないものの、「ものまね歌麿」と噂されるくらいですから、その画力は確かであると世間は評価しています。今こそが「ものまねではない歌麿」を売り出すタイミングだと読んだ蔦重は、歌麿に自分の「絵」を描くよう勧めますが…。このときの歌麿の反応が、じれったい! 毒親から逃げて蔦重に拾われた過去をもつ歌麿は、つらい幼少期から絵を描くことが唯一の楽しみでした。「絵描いて飯食えてりゃそれで十分」と、まるでそれ以上の幸せを得るのは罪であるといわんばかり。

ここで歌麿を救ったのは蔦重ではなく、第18回にチラッと登場して圧倒的な存在感を残した、妖怪絵を得意とする鳥山石燕(片岡鶴太郎さん)でした。

片岡鶴太郎さん、ようやくの再登場です!(C)NHK
片岡鶴太郎さん、ようやくの再登場です!(C)NHK

史実では「歌麿は幼少期に鳥山石燕に師事した」という程度しかわかっていません。私たちは実在した喜多川歌麿のこのあとの成功を知っているので、歌麿がどうやって道を切り開いていくのか…はひとつの見どころでした。自分らしい絵、己の作風を模索し苦しんでいた歌麿は、幼い歌麿に生きる希望を与えた石燕先生の庵に身を寄せることになる、というわけです。「森下脚本、鶴太郎さんの怪演でつないだか!」と筆者は膝を打ったのでした。

 石燕「ま(も)ってらそのうちなんか見えてくる」

 歌麿「本当ですか」

 石燕「たぶん…」

 歌麿「いい加減だなぁ」

 石燕「それくらいでちょうどいいのさ」

歌麿の安心したような穏やかな表情。焦らず自分ペースでいいのだと、こちらも勇気づけられた石燕先生の言葉でした。きな臭い政(まつりごと)も、遊郭での悲喜こもごもや駆け引きも、本作の重要なエッセンス。でも、人間味のある物語としての『べらぼう』、やっぱりいいですね!


喜多川歌麿への道(一)】

敏腕出版プロデューサー蔦重のもとに集まった絵師や戯作者たちは、いつものようにくだらない馬鹿話をしているようでいて、これは重要なネタ出し会。皆、自らも楽しみながら世間を喜ばせるものをつくりたいのです。さて、歌麿は…? このレビューでは、喜多川歌麿の画業をこれから3回に渡っておさらいしていきます。

■蔦重が提案した「枕絵」とは?

第30回で蔦重が歌麿に提案したのが「枕絵」でした。「春画」といったほうがわかりやすいですね。江戸時代の日本は宗教的な禁忌意識が薄い、世界的にも珍しい“性に大らかな国”でした。男女(時には同性同士、タコや妖怪とも!)の営みをあっけらかんと描いた春画。「枕絵」のほか「笑い絵」とも呼ばれ、男も女も鑑賞して楽しみました。枕絵は幕府の検閲の対象でしたが、取り締まりをすり抜けて、非公認のかたちで流通していきました。乙女チックな浮世絵を描いた鈴木春信も、世界で一番知られた日本の浮世絵師・葛飾北斎も、風景ばかりと思いきやの歌川広重もしかり、名だたる浮世絵師はほぼ全員が春画を描いているのです。

■ロンドンっ子に認められた「SHUNGA」

もちろん歌麿にも春画の名作があります。本ではなく12枚の絵による「歌まくら」シリーズのうち「料亭の二階」と呼ばれる1枚は、春画の傑作と海外でも高く評価されています。丸出しの性器がグロすぎて笑っちゃう…なんていう春画が多いなか、本作にはモザイクもピー音も不要です。料亭の2階で男女が事に及んでいるのは確かですが、透ける衣越しに見える白い肌、女性のうなじ、男性の目つき…断じてポルノではないのです。

2013年10月から約2か月間で約9万人を動員した、ロンドンの大英博物館で開催された「Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art(春画~日本美術における性とたしなみ)」展は、鑑賞者の約6割が女性。この展覧会での目玉作品のひとつが歌麿の「料亭の二階」だったのでした。機会があったら、木版画芸術としての喜多川歌麿作「料亭の二階」をぜひご覧ください!


【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第31回 「我が名は天」のあらすじ】

江戸市中は利根川が決壊し、大洪水になる。蔦重(横浜流星さん)は、新之助(井之脇海さん)やふく(小野花梨さん)を気にかけ米などを差し入れようと深川を訪れる。食料の配給が行われる寺で、平蔵(中村隼人さん)に会い、幕府は復興対策に追われ、救い米どころか裕福な町方の助けを頼りにしていると知る。

(C)NHKK
(C)NHKK

そんななか、江戸城では家治(眞島秀和さん)が体調を崩し、月次御礼を欠席する。老中らが戸惑う中、意次(渡辺謙さん)は家治からある話を聞かされる…。

※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第30回 「人まね歌麿」のNHKプラス配信期間は2025年8月17日(日)午後8:44までです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
小竹智子
参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版)/『日本国語大辞典』(小学館)/『江戸の暮らしがよくわかる 浮世絵解剖図』(エクスナレッジ)/『週刊ニッポンの浮世絵Vol.21』(小学館) :