【目次】
【前回のあらすじ】
第32回「新之助の義」は、妻のふく(小野花梨さん)と息子のとよ坊を亡くした小田新之助(井之脇海さん)の、やり場のない怒りがあらぬ方へと向かっていく様が市中でのエピソードの核でした。
一方の江戸城。10代将軍家治(眞島秀和さん)の死去によって田沼意次(渡辺謙さん)は失脚したかに見えて実はしない…のか、御三家と11代将軍家斉の実父である一橋治済(生田斗真さん)の思惑の交錯も見どころでしたね。
意次は身を引いた形でのお役御免だったものの、御三家と松平定信(井上祐貴さん)によって追罰(ついばつ)が下され、一部の石(こく)や屋敷は没収の憂き目に。

ところが意次に代わる老中に定信が就任することと引き換えに、生贄(いけにえ)として意次を復帰させてはどうかと大奥は提言…みなさん、ついていけてますか!?

そんなきな臭い回の一服の清涼剤だったのが、版元である蔦重(横浜流星さん)を支える絵師・戯作者の面々。「ひとごとみてえに言ってますけど、おふたりは関係ねえんですか?」と蔦重に問われたのは、秋田藩の江戸留守居役である朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)と、江戸の藩邸勤務中の駿河・小島藩の恋川春町(岡山天音さん)。「俺たち直参(じきさん)じゃないし」(喜三二)、「よその家のことだから」(春町)とのんきなものです。
そこへ慌てて飛び込んで来たのが大田南畝(桐谷健太さん)。こちらは下級ではあるものの将軍直属の“直参”なので、田沼の一派であると思われては大変だ、出来上がったばかりの青本が世に出るのはまずい、というわけです。キャラ立ったこの人たち、くだらなくておもしろい絵や物語を書き、吉原で遊びほおけているだけじゃないんです。本業は武士だったのでした。
【「読売」や「幟」で打ち壊しは回避できる?「言葉」のもつ力】
それにしても、「度重なる天変地異」も「終わらない飢饉(ききん)」も「上様の御崩御」も田沼が招いたこと――こんな言いがかりが通用するなんて! 意次が民に米を行き渡らせるよう努めていることは全然伝わってなく、むしろ米を囲って大儲けしている、世の悪いことはすべて田沼のせいだ!という世論が広まっています。
■「読売」って?
天明7(1787)年5月12日の大坂での打ち壊しが全国に波及し、ほどなくして江戸でも――いわゆる「天明の打ち壊し」が起こります。各地で同時多発的に起こったこの打ち壊しは、凶作などで米価が曝上りしてさらなる生活苦を強いられた民衆が、米屋や質屋、酒屋など富商の家宅や家財などを破壊。米や銀を奪い、物資を安価に売ることなどを要求しました。
大坂打ち壊しの直後、意次の側近である三浦庄司(原田泰造さん)から急ぎ摺りものをつくってほしい、と頼まれた蔦重。文字だけでニュースを伝える一枚ものの「読売」、かわら版です。じきに米が届くので打ち壊しを起こさないよう、「御救ひ米近日到来」という見出しの「読売」をばらまいて民衆の怒りを鎮める作戦です。現代でいうところの「号外」のようなものですね。
江戸時代の「読売」とは、世間の出来事を摺り物(かわら版)にして、それをおもしろく読み聞かせながら売り歩くことを指しました。そのかわら版自体や、それを売り歩く人のことも「読売」と呼びました。次郎兵衛兄さん大活躍でしたね。
■わが心のままに…
20日に奉行所からお救い米が出る、田沼さまがお救い米を算段してくれていると「読売」が伝えたおかげで、とりあえず19日までは江戸での打ち壊しはありませんでしたが、なんと20日になっても米は出ず…まずい、これでは打ち壊し確定、蔦重も意次も大ピ~ンチ! ですが、ここでの注目は怪演っぷりが話題の生田斗真さん。演じる一橋治済が扮した家を失った物乞いの姿は、制作側のちょっとした遊び心なのでしょうか。特殊メイク張りの扮装に度肝を抜かれました!
お救い米が出ないことに怒り心頭の長屋連中が打ち壊しに備えて鍬(くわ)や鎌などを集めているところへ、墨と筆と布を携えやって来た蔦重。鼻息荒い新之助に、「新さんは声を上げればいいんです。わが心のままに声を上げれば…」と、新之助と蔦重が敬愛していた平賀源内(安田顕さん)の言葉で語りかけます。いったい何に怒っているのか、思いの丈を文字にしたほうが間違いなく伝わる、暴力ではなく言葉の力で打ち壊そうというのです。
血生臭いのは野暮、誰ひとり捕まらない、死なない、江戸っ子の打ち壊しはカラっといきたいじゃないか――さすが江戸っ子、粋ですね。「けんかだな。打ち壊しがけんかなら、江戸の華で済む」と新之助。「火事とけんかは江戸の華」ですから。かくして江戸では「幟(のぼり)に書かれた文字」による打ち壊しが勃発するのですが…。

【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第33 回「打壊演太女功徳(うちこわしえんためのくどく)」のあらすじ】
天明7年、江戸で打ちこわしが発生する。新之助(井之脇海さん)たちは、米の売り惜しみをした米屋を次々に襲撃する。報を受けて混乱する老中たちに対し、冷静かつ的確に提言する意次(渡辺謙さん)。そんななか、蔦重(横浜流星さん)が、意次のもとを訪れ、米の代わりに金を配り、追々米を買えるようにする策を進言する。一方、一橋邸では治済(生田斗真さん)が、定信(井上祐貴さん)に、大奥が反対を取り下げ、正式に老中就任が決まると告げるが…。
※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第32回 「新之助の義」のNHKプラス配信期間は2025年8月31日(日)午後8:44までです。
- TEXT :
- Precious編集部
- WRITING :
- 小竹智子
- 参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版)/『大河ドラマ べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 蔦屋重三郎とその時代』(宝島社)/『デジタル大辞泉』(小学館)/『日本国語大辞典』(小学館 :