鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第十二回

俳優・鈴木保奈美さんの大好評連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」では、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。

第十二回となる今回は【ポスターを買う】と題して、保奈美さんの家に飾られたアートについてのお話。今回も保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開です。

鈴木保奈美さん
俳優・文筆業
(すずき ほなみ)ときにエスプリの効いた感性豊かな文章には定評あり、本誌でも数多くのエッセイを執筆。現在、『あの本、読みました?』(BSテレ東)ではMCを、『365日の献立日記』(NHK-Eテレ)ではナレーションを、と幅広く活躍中。仕事の合間をみつけては、赴くままに旅を楽しんでいる。公式インスタグラムhttps://www.instagram.com/honamisuzukiofficial/も好評。

第十二回「ポスターを買う」 文・鈴木保奈美

旅先でアートを撮影する鈴木保奈美さん
昨年春のパリ旅行でのワンショット。サン・ジェルマンのアートショップで、お気に入りの作家のポスターを発見。大いに盛り上がる。

季節の変わり目、夏服と冬服を入れ替えるように、家のあちこちに置いたアートも模様替えをする。ピクチャーレールから吊り下げたり、あるいは棚や床の上に立て掛けたりしている額縁を全部集めてきて、埃を払ったり留め金のネジを絞めたり中身を入れ替えたり、これが結構な重労働で、やらねばと思うと腰が重い。が、季節外れのアートを放置してしまった日にゃあ、自分は大人の女として終わりだ! と思っているので、ペシペシとお尻を叩いてやっている。

アートといっても高価なものではなくて、ほとんどがポスター。そしてほとんどが旅先でみつけてきたものだ。

鈴木保奈美さんの私物アート、JOHN MOORE『ENCLOSED FORM』
ダブリンを訪ね、手に入れたのがこの抽象画。20代後半、夢中になっていたアイルランドの思い出もこの絵に凝縮。

初めに手に入れたのは、40×50センチほどの白木の額に収まった小さな絵。あ、これだけは絵です。一点もののアクリルペイント。JOHN MOORE『ENCLOSED FORM』。何のこっちゃ、タイトルが表すものはよくわからないけど、塗りつぶした黒の隙間のポピーみたいな緑とピンクが気に入っている。購入したのは1993年、「GREEN ON RED GALLERY」。当時、ロックバンド、U2のファンであったわたしは、彼らの故郷であるアイルランドに興味を持って、その歴史や文化を理解すべく、関係のありそうなものに手当たり次第かじりついていた。高村薫『リヴィエラを撃て』、映画なら『ザ・コミットメンツ』や『クライング・ゲーム』、音楽ならエンヤにシンニード・オコナーにクラナドにチーフタンズ(この辺り、マニアック過ぎてわかる人は少ないであろう)…。

そしてある日、『ぴあ』でアイルランドの若手アーティストの現代アート展が開催されていることを知り、はりきって出かけたのだ。抽象的な絵画やオブジェをわかったような顔をして眺めていたら、一つだけ気になる作品があった。壁一面くらいの大きな抽象画で、もうタイトルも忘れてしまったけれど、なんとなく、ああ、この人は何か幽玄なものを見てしまっているんだな、と思った。暗さはなくて自然で、軽やかで、アイルランドってこんな幽玄な世界がそこいらじゅうにひろがっていて、人間はその隣で当たり前に暮らしているんだな、と。パンフレットを読むと、作者のムーアさんは半年ほど後にダブリンで個展を開く、とある。直感が、すとん、とやってきた。ああ、これは観に行かなくちゃあ。

いやあ、よくやったと思う。無名の作家の個展を観にダブリンへ行くなんて、誰もついてきてくれないから、ひとりよ。インターネットが普及していない時代に、辞書を片手にギャラリーに国際電話をかけて日程を聞いて、ガイドブックに載っているホテルを予約して。憧れのダブリンは、小さくて優しい街だった。カフェのテーブルに荷物を置いて席を離れても大丈夫な、日本みたいに平和な街。パブでギネスを飲んでいたら「今何時?」と聞かれたのでナンパかと思ったが、本当に時間を知りたかっただけだった。フィッシュ&チップスの屋台で何か聞かれたけれどわからないので適当に「OK」と答えたら、塩とビネガーをベシャベシャにかけてくれて、最高に美味しかった。そうして無事にギャラリーに辿り着き、記念に一番小さいこの作品を手に入れて、大切に抱えて帰ってきた。大冒険の、戦利品。

鈴木保奈美さんの私物アート
愛して止まないジャン=フィリップ・デロームのポスターは、パリ274のギャラリーでいただいた大切な宝物。

ポスターに注目したきっかけは、友人に連れて行かれたパリのギャラリーだった。ここのオーナーが知り合いなのよ、と六区の小さな店に入ったら、ジャン=フィリップ・デロームのポスターがあるではないか! え、なんで? ずっと前から大好きなイラストレーター、彼の画集たくさん持ってる! そこはデロームさんとジャック・サンぺさんの作品を多く扱っているギャラリーだった。こんな偶然ってあるかしら。あまりに興奮する日本人に、オーナーは彼らのポスターを何枚かお土産にくれた。クルクルと丸めて、大切に抱えて帰ってきた。

鈴木保奈美さんの私物アート
ジャック・サンぺの作品ほか、額装し季節ごとに楽しんでいる『THE NEW YORKER』の表紙ポスター。※日本では、「銀座 伊東屋 本店」で取り扱っている。 ただし、直輸入品なので数に限りが。

サンぺさんは雑誌『THE NEW YORKER』の表紙イラストでも知られている。毎号様々な画家が季節に合わせたちょっとユーモラスなイラストを寄せるこの表紙は世界的にも大人気で、レプリカのプリント(おそらく公式なライセンスのもとに)は銀座の「伊東屋」でも買うことができる。が、種類が少なくて残念だなあと思っていた。ところが、なんと。昨年『Precious』の撮影で行ったパリで、泊まっていたホテルから徒歩三分のところに、そのプリントを出版する直営店があったのだ。こんな偶然ってあるかしら。狂喜乱舞してプリントとポストカードをたくさん買った。店のマダムは、トーキョーのイトーヤは大切な取引先よ、と嬉しそうだった。

海外の美術館のミュージアム・ショップには、本当に美しく気の利いた、大人が持って洒落ている品が揃っている。そして、絵画の大小のプリントを、たくさん売っている。日本の美術館でなかなか見ることがないのは、日本家屋はアートを飾る壁がないからだ、というのは本当だろうか? わたしは作品を観ながらいつも「うちに飾るならどれかしら?」なんて考えているから、ショップでみつけると、もう最高だ。

鈴木保奈美さんの私物アート
スーパーリアリズムを代表するアメリカの作家、リチャード・エステスの代表作は観葉植物と共にリビング。

マドリッドのティッセン・ボルネミッサ美術館の品揃えは圧巻だった。リチャード・エステスの『PEOPLE‘S FLOWERS』は、リビングの鉢植えと一緒に。リキテンスタインの入浴ガールは、バスルームに(置いてみたらなんと、我が家と彼女のお風呂場の壁が同じようなタイル貼りだった!)。大切に抱えて帰ってきたら、新宿の「世界堂」にフレームを買いに行く。ちょうど良いサイズの既製のフレームがなければオーダーすることもある。

鈴木保奈美さんの私物アート
浴室のタイルとシンクロするロイ・リキテンスタインのポスター。

そうして少しずつ集まってきたポスターたちを、季節ごとに入れ替える。太陽が高くなってきたと感じたら、デロームさんの、プールサイドでモデルと寛ぐディオールのイラストや、ピカソが描いたシャネルの水着の女たち。冬にはエドワード・ホッパーの『ナイトホークス』の大晦日パロディバージョン。お正月が明けたら、サンぺさんのチューリップの温室。

鈴木保奈美さんの私物アート
ウサギのプリントは、ジョアンナ・ハムという女性作家のもの。ボストンで購入。
鈴木保奈美さんの私物アート
寝室に置いてあるエドワード・ホッパーは、シカゴの現代美術館で。

わたしにとっては、例えばお茶室の掛け軸のように、季節を味わうしつらえのようなもの。そして、一枚一枚を手に入れた時の情景を──美術館のカフェで食べたケーキとか、ショップのお姉さんの笑顔とか、「これママの好きな絵じゃない?」なんて娘が呼ぶ声だとかを思い出す、記憶の扉の鍵でもあるのだ。

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PHOTO :
鈴木保奈美(本人の写真は、スタッフ、友人、家族が撮影)
EDIT :
喜多容子(Precious)
撮影協力 :
ライカカメラジャパン