鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第十回|保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開!

俳優・鈴木保奈美さんによる連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」では、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。

第十回を迎える今回は、【マルタにいったい何があるというんですか(1)】と題して、友人の誘いで突然、マルタ島へ旅立つことになった保奈美さん。大急ぎでマルタ島について情報収集し、機上の人となりますが…。今回も保奈美さん自ら撮影したフォトも大公開します。

鈴木保奈美さん
俳優・文筆業
(すずき ほなみ)ときにエスプリの効いた感性豊かな文章には定評あり。本誌でも数多くのエッセイを執筆。現在、『あの本、読みました?』(BSテレ東)ではMCを、『365日の献立日記』(NHK-Eテレ)ではナレーションをと幅広く活躍。まとまった休みがあると、すぐにどこかへ出かけたくなる大の旅行好き。公式インスタグラムhttps://www.instagram.com/honamisuzukiofficial/ も好評。

第十回「マルタにいったい何があるというんですか(1)」 文・鈴木保奈美

海外旅行_1,旅行
マルタはシチリアの南、地中海に浮かぶ3つの島からなる共和国。首都ヴァレッタは、世界遺産にもなった要塞都市で、真っ青な海に囲まれた美しく趣のある街並みが楽しい。

「マルタ島へ行ってみたいんだけど、一緒にどう?」と、まるで近所にできた道の駅に誘うような連絡が友人から来たのは、秋の初めのことだった。「マルタ島? なぜ? 今? 何をしに?」立て続けに疑問符を返信して、「今からじゃオフシーズンでしょ」と否定の理由だけを探しながら、ふと思った。ここで行かなかったら、もう絶対に、二度と、マルタ島へ行く機会は訪れない。貴重なチャンスを友人がくれた。流れには乗ってみるというのが、わたしの人生のモットーではなかったか? 「了解」のスタンプを選ぶ。ええい、送信。 

海外旅行_2,旅行

行くと決まれば、俄然情報集めに動き出す。現地情報なしには旅立てない性分である。マルタ共和国、首都はヴァレッタ、その名は騎士団長ジャン・ド・ヴァレットに由来する、十字軍がオスマン・トルコと戦った砦があり、観光名所は大聖堂と騎士団長の館。十字軍とくれば、塩野七生の世界だ。二十年くらい前に読んだ『コンスタンティノープルの陥落』は、とても面白かった。学校の世界史では確か、十字軍はオスマン・トルコをやっつけに行きました、的なざっくりとしたことしか教わらなかった気がするけれど、実は勧善懲悪でも聖戦でもなく、むしろ土地と商売の利権の奪い合いでヴェネチアやジェノヴァの商人が絡んでいて、と知らなかったことばかりで驚いた。そしてなかなか時間と体力を要する読書でもあった。

海外旅行_3,旅行

今回は『ロードス島攻防記』なんかぴったりだと思うんだけど、出発まで時間がないし、仕事のために読まねばならない本も文字通り山積していてさすがに今は無理。それとも村上春樹『騎士団長殺し』を読んでおくべきだったか? 娘が買ってきて、まだうちの本棚に眠っているままである。そういえば加納クレタとマルタ姉妹の名前の由来って、どこかに書いてあったかしら? とにかく本から情報を得たいのである。が、なにせ時間がない。悔しいけれどここは諦めて、さてどうやってマルタ島について調べようか? 

海外旅行_4,旅行

そこで文明の利器、YouTubeである。すごいねえ。実際に現地を旅した方の「Vlog」というの? 動画がたくさん見つかる。しかし風景やグルメは自分で体験したいからグッと我慢して見ないようにする。そして土地の歴史や背景を教えてくれる動画を探す。ありましたよ。ヨハネ騎士団がマルタ島に上陸してマルタ騎士団となり、現在も「領土なき独立国」として主に国際医療ボランティアなどの活動をしている。しかも日本人も一人、「騎士」に任命されていて、彼のインタビューを見ることもできた。実に興味深い。それから、中田敦彦さんのYouTube大学の、世界史シリーズ。十字軍に言及している「古代・中世ヨーロッパ編」から見始めたのだが、これは本当にわかりやすく面白い。ローマ帝国や大航海時代の回も楽しいし、西洋と東洋の哲学シリーズ、ギリシャやメソポタミアや北欧の神話シリーズとか、気に入って次から次へと見続けてしまって、しばらく中田漬けであった。とりあえず、島と十字軍との関係をざっくり頭に叩き込んで機上の人となる。 

海外旅行_5,旅行

地中海を上空から見下ろすのは初めてだ。何と較べてそう思うのか、予想外に広い。大きい。おっと、瀬戸内海をイメージしちゃっていたのだな。形が似ているし、温暖で、海上貿易が発達していたという歴史も重なるから。でも、ずっと大きい。秋晴れの空には雲ひとつなく、ラピスラズリ色に煌めく海面はなめらかで、まるで『グラン・ブルー』の世界だ。この海があれば、あの映画が生まれるだろう。シチリア島のビーチで、エンゾがパスタを食べるだろう。けれど何千年も前から、この海で数え切れないほどの戦いが繰り広げられてきたのも事実だ。サラミスの海戦だとかレパントの海戦だとか、化石燃料も酸素ボンベも日焼け止めもない時代に、奴隷たちがガレー船の櫂を漕ぎ、火矢を放って敵の船を燃やし、沈めてきた。子供の頃に読んだ、カルタゴの女海賊の物語。彼女もこの海を縦横無尽に駆け巡っていたのだろうか。

旅行_6,海外旅行_6

そうして現代も、アフリカ大陸や中東の海岸線から、粗末な船がこの海の北の岸を目指し、辿り着けずに消息を絶つ。いったいこの海はどれだけの命を飲み込んできたのだろう。人はどうして、海へ乗り出すのだろう。攻めようとするのだろう。奪い合おうとするのだろう。海の上に、国境線は引かれていない。ただ穏やかで暖かくて美しい海からの恩恵を共有するだけでは飽き足らないのだろうか? しかしそんなふうに思うのも、恵まれた国に生まれた世間知らずの寝言に過ぎないのだ、きっと。 

海外旅行_7,旅行

狭いLCCの機内は、若者のひっきりなしのおしゃべりで賑やかだ。おそらくローマ近郊の高校生たち、修学旅行かな? さっきフィウミチーノ空港を離陸するとき、機体が浮いた瞬間に「ウワオ〜」という歓声が上がった。ヨーロッパはどこまでも地続きで行けるから、飛行機は珍しいのかもしれない。微笑ましいを通り越して騒がしく、客室乗務員が「君たち、座りなさい!」と声を張り上げている。隣の老夫婦はうんざりして顔をしかめている。着陸するからシートベルトを締めなさい、と何度もアナウンスされてようやくおとなしくなった高校生たちだったが、タイヤが地面に着いてブレーキが掛かると、全力で拍手喝采だ。うん、これも、いい。きっとこれから砦で見せられるヴァレッタ団長の教育ビデオのことよりも、買い食いやセルフィーや夜中にこっそり宿を抜け出してクラブに行っちゃうことなんかで頭はいっぱいだ。その乱暴なエネルギーが、なんだか、いい。地中海の大き過ぎる碧さに気圧されそうになっていた自分が、するすると戻って来る。 

海外旅行_8,旅行

予約した小さなホテルは急な坂の途中にあって、手前でタクシーを降りて階段を使うから、ダッフルバッグひとつで来て正解だった。チェックインを済ませて、後から到着する二人を、近くのカフェでCISKビールを飲みながら待つ。どんな二泊三日になるだろう。(次号に続く)

関連記事

PHOTO :
鈴木保奈美(本人の画像はスタッフが撮影)
EDIT :
喜多容子(Precious)