ミスター・ビッグは、なぜ死ななければならなかったのか?

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キャリー・ブラッドショー役のサラ・ジェシカ・パーカーとミスター・ビッグ役のクリス・ノース。2021年11月、ニューヨークのマディソン・スクエア・パークでの『And Just Like That.../セックス・アンド・ザ・シティ新章』撮影風景。(C)Gotham/GC Images

伝説の大ヒットドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の続編『AND JUST LIKE THAT…/セックス・アンド・ザ・シティ新章』が、突如終了することになった。シーズン3までは行ったから、大失敗とは言えないものの、11年ぶりの続編は大変な期待を集めていただけに、下降線をたどる視聴者数は様々な問題を提示することになったのだ。

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『AND JUST LIKE THAT.../セックス・アンド・ザ・シティ新章』(AJLT)の1シーン。左からミランダ役のシンシア・ニクソン、シャーロット役のクリスティン・デイヴィス、キャリー役のサラ・ジェシカ・パーカー。2021年7月、ニューヨークにて。(C)James Devaney/GC Images

当時30代から40代だったヒロインたちも、続編ではX世代= 50代という設定。プレシャス世代とも重なってくるだけに、前作も今作もおそらく"人ごと"とは思えなかったはずで、共感以上の様々な感慨を覚えたはずなのだ。

そういう意味で、登場人物の誰もが前作と変わらないスタンスで生きていることが、良くも悪くも「リアリティがない」とか「時代に合わない」と言われる一方、あまりにもポリコレ(人種、性別、国籍、宗教、年齢、障害などによる差別や偏見を防ぐために、政治的・社会的に公正で中立的な表現を用いる考え方)を誇張しすぎる内容にも、逆にバランスを欠いているのでは? という意見もあったりした。どちらにせよ賛否両論あったのは確か。

まずシーズン1の初めに、キャリーの夫、ミスター・ビッグが心臓発作で突然亡くなってしまうという波乱の始まり。最愛の人の死に、限界まで打ちのめされ、抜け殻となってしまうキャリーの姿が痛ましく、「暗すぎる」と言った批判コメントもあったとか。
ただ『SATC』でも、結婚式の当日に行方をくらまして、キャリーを絶望のどん底に落とし入れたミスター・ビッグ。だからその葬式では、キャリーをさんざん苦しめておいて……と亡き人をなじる登場人物も現れる。

ちなみにミスター・ビッグの死は、物語上避けられなかったという説もある。なぜなら"サマンサ不在"もあって、独身女性がいなくなるから。大体がキャリーはやっぱり常に恋愛して悩んでいてこそのキャリー。続編を作るにあたって、そこだけは決して譲れなかったと言うことか。
さらに言うならビッグを演じたクリス・ノースは、MeToo運動の煽りもあって、複数の女性から性的暴行を訴えられた。それもトドメになったのか。

どうにも穴が埋まらない人気No. 1 サマンサの不在

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2009年9月、ニューヨーク市マンハッタンにて映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』ロケ撮影の一コマ。左からサマンサ役のキム・キャトラル、ミランダ役のシンシア・ニクソン、キャリー役のサラ・ジェシカ・パーカー、シャーロット役のクリスティン・デイヴィス(C)James Devaney/WireIm

ただ、この続編を何より楽しみにしていたSATCファンに言わせれば、やはり何といってもそのサマンサが出演しないことによって"何かが欠けてる感"がずっと埋められなかったのではないかとの見方が濃厚。

このサマンサ、1番年上ながら1番自由で発展的。超肉食で若い男が大好きで、結婚などはまるで考えず、PR会社社長と言うキャリアと華麗なる独身生活を謳歌する、息苦しいほどゴージャスな存在。しかし潔さも超一流で、その辺りが4人の中で最も人気が高かった理由。実際に人気投票でも第一位だし、男性視聴者のほとんどがサマンサびいきだったという説もあるくらい。
主役はあくまでキャリーだが、SATC人気を支えていた最重要人物はサマンサだったと言ってもよく、だからその穴はあまりにも大きかったのだ。あの派手な軽やかさがなくなることが、この物語の醍醐味を失わせていたのは確かなのだから。

じゃあなぜサマンサ役のキム・キャトラルは、続編の出演を拒否したのか? これまでも散々報道されてるように、キャリー役のサラ・ジェシカ・パーカーとの不仲が原因と言われ、それもサラとの出演料の格差がもともとの原因ともされてきた。3本目の映画も拒否したことから、自分勝手で強欲とキムを非難する声が渦まいたものの、一方にこんな噂もある。

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この頃は仲が良さそうだったのに……。キム・キャトラル(左)とサラ・ジェシカ・パーカー。2008年5月、ニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで開催された映画『セックス・アンド・ザ・シティ ザ・ムービー』プレミア上映にて。(C)Kevin Mazur/WireImage

サラ・ジェシカ・パーカーはシーズン2から制作指揮にも関わるようになり、1話につき約3億6000万円!を受け取っていたのに対し、キムは1話約3900万と、10分の1の報酬しか受け取っていなかったと言われるのだ。ストーリーを考えるとあまりの差。これが本当なら、確かに1番人気のサマンサ役としては納得がいかなかったのだろう。

同じアメリカのドラマには、複数主役の場合に、元々の設定はメインの役者により多くのギャラが支払われていたとしても、そのメイン主役の意向で出演料が全員一律となって絆を深めたと言う話もあったりする。そういう配慮がひとかけらもなかったということをキムが訴えているのだとすれば、わからないでもない。

 4人組でなければ生まれなかった絶妙な親友関係

ただどちらにせよ、私たちはSATCの仲良し4人組の仲良しぶりと、どうでもいいおしゃべりが大好きだったわけで、原因がどうであれあまりにも残念な結末。全くタイプの違う4人の、何かにつけての会食が、私たちは羨ましくて仕方なかったし、何か困ったことがあると必ず誰かが駆けつけるというあの状況に、強い憧れを持った人は少なくなかったはずなのだ。

そして4人組にしか生まれない絶妙なバランス自体が、物語の軽やかさと小気味よさにつながっていたと考えても良い。3人組はどうしても2対1になりがち、それだけで何かストレスや不信感の原因になりそうだが、4人というのは2 : 2に分かれても力は均等、何のわだかまりもなく関係が続いていくはずだし、仮に1:3に別れても、そこに断絶は生まれないわけで、4人というのは、なかなか健全な関係性が保てる絶妙な人数なのだ。

だから誰もがサマンサの不在を残念がり、それだけで、何を伝えたいのかわからなくなってしまったという声が。それこそ、胸がスッとするようなカタルシスのない、モヤモヤした気持ち悪さを生んでしまったのではないだろうか?

 4人の友情への純粋な憧れを奪っていった続編だから……

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2010年5月、ロンドンのオデオン・レスター・スクエアで開催された映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』のイギリスプレミアにて。左からサラ・ジェシカ・パーカー、シンシア・ニクソン、クリステン・デイヴィス、キム・キャトラル。(C)Claire R Greenway/Getty Images

もちろんすべては大人の事情。こういう続編でキャスティングが変わることなどいくらでもあるはずなのに、何だかこれはフィクションとしても受け止め難かった。想像以上に私たち、この物語には深く感情移入していたのかもしれない。

それこそ見事にタイプの違う4人は、その役柄と演じる本人を分けて考えることができないくらい、ほとんど現実として受け止める人が多かった。実際にサマンサ役のキムは3度の結婚離婚の後、今は14歳年下の恋人がいる恋多き女だし、ミランダ役のシンシアは、 落選したものの知事選に出るほど社会性あるバイセクシャル。シャーロットは1度も結婚していないだけに結婚を強く意識するタイプだとも言われる。役柄とダブってくるところは多々あったのだ。

そして、親友の絶対条件とは、その相手の幸せを心から願えること。SATCにはこれが常にあった。それもお互いの立場や性格があまりにも違うから、境遇的にも精神的にも比較の材料がなく、嫉妬というものがそこに存在しなかったのだ。しかし現実には、女優としての4人の関係には、妬みも嫉みもあり、相手の幸せを心から願うという関係にはならなかったことがはっきりした。

誰が悪いと言うのでは無い。けれども私たちがそこに託していた女同士の友情への憧れを奪っていった続編には、やっぱり心を通わさせられなかったと言うことなのかもしれない。
もちろんこの続編を心から楽しんだ人もたくさんいるはずだけれど、私個人としては4人の友情があまりにも尊かったことを、そのまま心に抱いていたかった。物語なのにそこまで思わせられてしまうこと、それがSATCの奇跡なのである。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO :
Getty Images
WRITING :
齋藤薫
EDIT :
三井三奈子