【目次】
【前回のあらすじ】
第42回放送「招かれざる客」は、蔦重(横浜流星さん)と歌麿(染谷将太さん)の相違があからさまに出た回でした。
蔦重が再三言ってきた「歌麿を江戸一番の絵師にする」という思いは変わりませんが、状況はいろいろと変化しています。田沼意次(渡辺謙さん)の失脚と松平定信(井上祐貴さん)の台頭によって、不景気の嵐が吹く吉原や江戸市中を盛り返したい。身上半減の刑を受けた「耕書堂」とわが身を立て直したいし、子どもも誕生する…。
そこで着手したのが、前々回の放送タイトルでもあった歌麿の美人大首絵でした。その「婦人相学十躰」シリーズだけでなく、看板娘を実名入りで描いて大ヒット。元祖“毎日会えるアイドル”となった娘の店も大行列ですが、“需要があれば値は上がる”の原理で、水茶屋「難波屋」のおきたが淹れる4文のお茶は48文(12倍!)になり、せんべい屋「高島屋」のおひさが手渡す(焼いてもいない!)お煎餅はなんと1枚100文‼ 置屋のりつ(安達祐実さん)が預かる富本節の芸者・豊ひなもご指名のお座敷がかかりまくり、「1曲演ったら次!」という有様です。
実は、評判の美人を描くのは浮世絵の定番企画。吉原の女郎を描いてヒットしたシリーズ「雛型若菜初模様」もそうでしたよね。なにしろ浮世絵は当世風俗を描くもの。蔦重&歌麿コンビが台頭するのは江戸後期ですが、江戸時代のはじめにかわいらしい美人画で活躍した鈴木春信にも、人気の水茶屋の娘などを描いたものがあります。
しかしそちらは、店の様子や客なども描き込んだ「景色としての美人画」でした。背景を描かないことで人物に目線を集中させ、店名と娘の名前を入れて実在感と親近感を高める――これが「江戸の出版王」と呼ばれた蔦重の企画力です。しかし…今回のタイトル「招かれざる客」がやって来たのです!
歌麿の狂歌絵本『画本虫撰(えほんむしえらみ)』に感銘を受け、「いつか歌麿さんと仕事をしたい」と願っていた西村屋2代目の万次郎(中村莟玉さん)は、願いが叶ったときに備えて歌麿と制作したい企画をいくつも温めていました。
背負うものが多い蔦重の願いを放ってはおけないけれど、自分の想いに応えてくれない蔦重からの卒業も考え始めた歌麿。そこへ、自身や世の中の事情は介在させず、「推しの絵師といい仕事がしたい!」というピュアな気持ちのみの万次郎が、蔦重とは違った目線でおもしろい企画を持ってきたのです。美人画がウケるなら美男子を描いたものもイケるんじゃないか、鮮やかな多色摺りの錦絵流行りのなかあえて墨の濃淡だけで表現したら…など、その企画の妙に歌麿の絵師魂が揺さぶられたようでしたね。
前々回、人相見の人気易者を爆笑問題の太田光さんが演じましたが、続いて相方の田中裕二さんも易者仲間として出演。勝川春朗(葛飾北斎)役で野生爆弾のくっきー!さんや、栃木の豪商役でU字工事のふたりが出演したのも最近でしたね。
実はお笑い界からの出演者が多い『べらぼう』。田沼意次の側近として仕えた三浦庄司にネプチューンの原田泰造さん、松前藩主の弟で吉原にいいように使われた松前廣年にひょうろくさん。服部半蔵役には有𠮷弘行さん、浮世絵板木の彫師にダチョウ倶楽部の肥後克広さんほか、絵師や本屋、店の女将、農民、餅つき職人などにもタレントさんや芸人さんが出演しています。個人的には、万次郎を演じる歌舞伎役者の中村莟玉さんの“推しと仕事ができて幸せ”なキラッキラ具合に期待しています。
さて、歌麿の美人大首絵で再び経済が回り始めた江戸市中。田沼時代を彷彿とさせる浮かれた状況を定信が見逃すはずはなく…美人大首絵に蔦重の印を見て「またコイツかっ!」と目を血走らせていましたね。毎回、定信を演じる井上祐貴さんの目力がすごすぎて、自分まで目が乾きそうな気がする筆者です。
蔦重と歌麿の関係はどうなる? 定信は? そして、まだ何ひとつなしてはいない(ように見える)一橋治斉(生田斗真さん)の不気味な野望は…? 次回もめちゃくちゃ気になります!
【歌麿は“技のデパート”だった!】
喜多川歌麿の出自は明らかではありません。親の職業も出生地も定かではないなか、幼少期の歌麿に絵の指導をしたのは、『べらぼう』で片岡鶴太郎さんが演じた鳥山石燕であることがはっきりしています。
鳥山石燕は、江戸幕府の御用絵師を務めた狩野派一門の町絵師。武家好みの勇ましく豪勢な狩野派の画風から外れた妖怪絵で知られる(変わり者の)石燕に、ドラマのなかでは「第三の目で見て描け」と指導された歌麿。鋭い観察眼とそれを描き起こす画力を習得しました。『画本虫撰』や『潮干のつと』など、歌麿が狂歌絵本に描いた植物や昆虫、貝などの生物は、まるで図鑑のリアルな挿絵のよう。歌麿の筆の力だけでなく、板木をつくる彫師と、最終仕上げを担う摺師も相当の達人だったと思われます。
デッサン力だけでなく、歌麿にはさまざまな技法が備わっていました。歌麿のブレイクポイントとなった美人大首絵の最大の特徴は、人物の全身像ではなく上半身のみを描いたこと。実はこれ、すでに役者絵で採用されていた構図で、目新しい視点というわけではなかったのです。しかし、歌麿はさまざまな絵画的技法を施し、それまでとは違う大首絵を完成させたのです。
■美人の表裏を描いた「両面摺り」
歌麿や蔦重が活躍した江戸後期、庶民のお楽しみだった浮世絵版画は「大判錦絵」と呼ばれるB4とA3サイズの中間くらいのサイズに、多色摺りの色鮮やかな一枚ものが主流でした。ひとりの人物の正面と背面を紙の裏表に摺った「両面摺」は、歌麿の傑作のひとつ。ドラマにも登場した「難波屋おきた」や「高島屋おひさ」は、両面摺りでも制作されました。
■江戸小紋でいえば「万筋」。「毛割」技法
江戸小紋は、江戸時代の武士の正装だった裃(かみしも/肩がピーンと張った袖のないベスト状の肩衣と袴のセット。ドラマで定信が着ているアレ)の柄として発展しました。
そして、江戸小紋は、遠目に見ると無地のように見えるほど柄が細かいものが、格が高いとされています。もっとも上級品といえるのが、とても細かい縦縞模様の「万筋」です。
一方、歌麿の美人大首絵では、結った髪の生え際や、丸く張るように整えられた鬢(まげ/左右側面の髪)に表現された毛の細さが特徴的。これは「毛割(けわり)」と呼ばれる、「万筋」同様の高度な技術を要する技法。卓越した彫師の腕が不可欠です。いい職人をブッキングするのは版元の仕事ですが、彼らのモチベーションを高め、いい仕事がしたいという意欲を湧き上がらせたのは、歌麿の見事な下絵だったに違いありません。
■摺師の腕の見せどころ「ごま摺り」「きめ込み」「空摺り」
絵の具を均一に塗らず、ゴマ状に残したまま摺ったり濃淡をつけたりして、ざらざらとした独特の風合いや質感、透明感などを表現するのが「ごま摺り」。「きめ込み」や「空摺り」は、絵具を用いず絵の一部を紙の凹凸で表わす高度な技法です。いずれも木版画で使用するバレンの使い方がカギ。作業そのものは歌麿の仕事ではありませんが、摺師や彫師に仕上がりのイメージを細かく指示するのは、絵師本人や版元です。
いよいよ大詰めとなった『べらぼう』。歌麿の美人大首絵も、技法のことを知って見るとよりおもしろいかもしれませんね。
【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第43回「裏切りの恋歌」のあらすじ】
蔦重(横浜流星さん)は、吉原への借金返済の代わりとして、歌麿(染谷将太さん)が描く五十枚の女郎絵の準備を進めていた。蔦重との関係に悩む歌麿の気持ちも知らず、半ば強引に仕事を進める蔦重だったが、ある日、歌麿が西村屋の万次郎(中村莟玉さん)と組む話を聞き動揺する。
一方、江戸城では、定信(井上祐貴さん)がオロシャ対策に全力を注いでいた。この一件をさばき将軍・家斉(城桧吏さん)に手柄を認めてもらい“大老”の座を狙うが…。
※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第42回「招かざる客」のNHK ONE配信期間は2025年11日9日(日)午後8:44までです。
- TEXT :
- Precious編集部
- WRITING :
- 小竹智子
- 参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 完結編』(NHK出版)/『江戸の人気浮世絵師 俗とアートを極めた15人』(幻冬舎新書)/『浮世絵の歴史 美人絵・役者絵の世界』(講談社学術文庫)/『もっと知りたい 浮世絵』(東京美術)/『教えてコバチュウ先生! 浮世絵超入門』(小学館) :

















