現在のナポリは猥雑で喧騒に包まれたカオスのようだ。遥かベスビオ火山を望み、ナポリ湾に沿って整然と弧を描く海岸線と対照的に、丘の上に連なる建築群はまさに百花繚乱。色彩も様式も異なるその群れは、度重なるナポリ侵略の歴史と、その歴史が生んだ多様な服飾文化をも象徴しているかのようだ。

貴族文化を象徴するドリス様式建築物

ナポリでも人気の観光名所「ヴィラ・ピニャテッリ」

1826年、英国貴族アクトン家がナポリ滞在時の別宅として建造したのが、新古典主義様式を持つ大邸宅ヴィラ・ピニャテッリだ。19世紀にはロスチャイルド家の住居となったが、ナポリ王国の終焉と共に、イタリア貴族ピニャテッリ家に売却された。戦後にピニャテッリ家によって国家に寄贈され、今は博物館として公開されている。贅を尽くした内装からは往時のナポリの繁栄と豪奢な貴族文化が偲ばれる。彼らパトロンとなった貴族たちが豊かなサルトリア・ナポレターナを生んだ。

 ナポリの語源はネオポリス、その歴史はギリシャの植民地に始まる。13世紀に成立したナポリ王国は1861年にイタリア王国に併合されるまで、スペイン、フランス、オーストリアなどの支配を受け、さまざまな文化が流入した。18世紀のポンペイ遺跡発掘により、ナポリは英国貴族の子弟によるグランドツアーの目的地となる。彼らがスーツをナポリの温暖な気候向けに仕立てさせたことから、英国式仕立てがこの地に伝播した。ナポリ仕立ての特徴、軽さとやわらかさはここに始まったのだ。

 19世紀に入ると、イタリア初の鉄道建設や金融財閥ロスチャイルド家の銀行開設が続き、ナポリは経済的繁栄を極めていく。国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世から3世の政策のもと、ヨーロッパの経済と文化の中心地のひとつともなった。こうした背景の中、王侯貴族の庇護のもとに仕立て学校が開設され、華麗なナポリ仕立ての文化が花開く。

 この文化の特徴は、偉大なマエストロによる系譜が現在まで続いている点にあるだろう。

 19世紀にラファエリ・サルドネッリとフィリッポ・デ・ニコラがナポリ仕立ての教祖となり、ニコラの息子でカッター(裁断師)のアドルフォ・デ・ニコラは、ナポリ仕立ての歴史に名を残すふたりの偉大なサルト、アンジェロ・ブラージとヴィンチェンツォ・アットリーニを生んだ。

 1916年にはナポリ初の店舗形式のサルトリア、サルヴァトーレ・モルツィエッロがオープン。共同経営者のジョヴァンニ・セラフィーニの甥ジェンナーロ・ルビナッチが、前述のアットリーニをヘッドカッターに起用し、1931年に開いたのが名門ロンドンハウス(現在のルビナッチ)である。

 このとき、同時代に存在したのが知られざる巨匠ロベルト・コンバッテンテだ。アメリカでの経験を生かし、型紙を用いた画期的な裁断理論を展開。1930年代、アットリーニと共に、現代のナポリ仕立ての特徴、上着の最小限の芯地使い、小さなアームホール、軽くソフトな仕立てを確立した先駆者である。

 コンバッテンテのもとからアントニオ・パニコ、アンジェロ・ブラージからはレナート・チャルディ、アットリーニからはルイジ・ソリートらを輩出し、彼らは現代ナポリの仕立て業界の根幹を担う3大巨匠となる。

この記事の執筆者
TEXT :
長谷川 喜美 ジャーナリスト
BY :
MEN'S Precious2017年夏号 ナポリ王国の栄華を伝える3大マエストロの饗宴より
ジャーナリスト。イギリスとイタリアを中心にヨーロッパの魅力をクラフツマンシップと文化の視点から紹介。メンズスタイルに関する記事を雑誌中心とする媒体に執筆している。著作『サヴィル・ロウ』『ビスポーク・スタイル』『チャーチル150の名言』等。
公式サイト:Gentlemen's Style
クレジット :
撮影/Luke Carby 構成・文/長谷川喜美