生活をしているとどうしても心が波立ったり、ストレスを受けたりしがち。そんなときに大切になってくるのが、しなやかな弾力を持った豊かな心です。

心を豊かに保ち、心身を健やかに育むためには、どのような心のありようが必要なのか? 天台宗の僧侶・緑川明世さんに、お話をお伺いしました。

仏教の教えと聞くと、難しく捉えてしまいがちですが、その中心にあるのは「心を豊かにし、苦難を乗り越えて生きるための智慧」と言えます。古くから伝わる教えの中には、人間の心と身体を健康に保ち、自分と周囲の人を幸せにするヒントが込められているそうです。以下の5つをぜひ習慣にして、不幸を遠ざけていきましょう。

■1:ニュートラルな自分を保つ

ニュートラルな自分を保つ
ニュートラルな自分を保つ

仏教には「中道」という考え方があります。これは簡単に言うと、両極端に偏らず、バランスを取って生きて行くということ。これは日々の生活においても、とても重要な考え方と言えます。

「毎日生活を送っていると、ひとつひとつの出来事に、感情が動かされてしまいますよね。イライラしたり、怒ったり、感情が動くのは人間として当然のことです。でも、その際、自分の中に湧き起こった感情に、ずっととらわれるのはよくありません。それが悪い感情であっても良い感情であっても、そういう感情が動いたことは認めましょう。でも、その感情にとらわれずに、その感情を手放していくのです。誰かを悪く思う感情なども、一度は受け止めつつ、その悪感情を固定しないように、流していきましょう。瞬間瞬間で、気持ちは移り変わっていくのですから」(緑川さん)

こうやってよりよい方向へ心を向ける訓練をすることで、感情の流れを自分でコントロールできるようになります。ネガティブな感情を固定すると「あの人は嫌な人だな」から「あの人は嫌いだな」という風に感情が固まっていってしまいます。ネガティブな感情を持ちこさず、流していけば、その感情はいずれ消えていきます。受け止め方を変えていくことで、人間関係や人生の方向性も大きく変わってくると言えるでしょう。

■2:自分にとって「心地よいことは何か?」を知り、実践する

自分にとって心地よいことを知り実践する
自分にとって心地よいことを知り実践する

自分の心や人生を充実させることができるのは、自分だけです。「これをやっているときがいちばん私らしい」と思えることを、見つけることが重要です。

「何かをしているときに、自分の心に湧き上がった感情に気づき、ながめてみましょう。そして、何が自分にとって心地よいかを知っていきましょう。そうやって自分がほっとできる空間や、ほっとする感情を大切にしてゆくことで、心も体も健やかに保つことができます」(緑川さん)

自分にとって何が心地よいか、なかなか見つからない場合もあるかもしれません。最初はカフェでゆっくり過ごしたり、好きな本や雑誌をめくったりすることから始めてみてもいいでしょう。また、友人に誘われたイベントや習い事や、職場の行事など、来たご縁に乗ってみることで、自分がやりたいことや心地よいことが見つかるかもしれません。

■3:その瞬間、「目の前にあるひとつのこと」に集中して取り組む

その瞬間、目の前にあるひとつのことに集中して取り組む
その瞬間、目の前にあるひとつのことに集中して取り組む

毎日の生活のなかには、やらなくてはいけないことがたくさんあります。仕事でも家庭でも、複数のプロジェクトを同時進行しなければならないことも、しばしば。常に複数のタスクを抱え、余裕がなくなってしまうことも多いものですが、そういったときこそ、心を落ち着けることが必要になります。

「人間、複数のことを同時進行していると、つい注意力が散漫になります。スケジュールが立て込んでいる場合は、『あれもこれもやらなきゃ』と思うと、コンフリクトして固まってしまうものですから。ほかのことに心を動かされるのではなく、ひとつひとつ、今やっていることを重要視して、心を込めてやっていきましょう。

複数の締め切りが迫っているなど、どうしても焦ってしまう場合は、深呼吸をして、気持ちを落ち着けましょう。『30分はこれに集中する!』と意識を向けて、ひとつひとつのことに心を込めてきちんと終わらせると、心がスッキリするものです。そうすれば、次のことにも集中して取り組むことができますから」(緑川さん)

何をするにも、焦って取り組むと失敗につながります。時間を決めて心を切り替えて取り組むことで、ひとつひとつのことへの達成感も高まっていくのです。

■4:瞑想やヨガなどで「感覚を研ぎ澄ませていく」時間をつくる

瞑想やヨガなどで感覚を研ぎ澄ませていく時間を作る
瞑想やヨガなどで感覚を研ぎ澄ませていく時間を作る

瞑想やヨガなど、自分が落ち着いた状態に戻れる、無心でできる習慣はありますか? 自分の感覚を研ぎ澄ませ、体や心を整えていく時間を持つことで、今の自分の状態を理解していくことができます。

「瞑想をしていると、自分をニュートラルに戻すことができます。正しい方法で坐し、呼吸を整え、集中していくと、自然に人間の身体は整っていきます。本格的な瞑想を始めるには、基本的な方法を学ぶことをお勧めしますが、呼吸を整えるだけでも変わってきます。1分間からでもいいから、呼吸を整えることで感覚が研ぎ澄まされていくはずです。自分の身体を使って、今の自分の状態を理解していくことができます」(緑川さん)

自分の身体を整えるには、自分にあったやり方が重要です。瞑想に限らず、ヨガ、ランニング、舞踊、お茶、お花など、自分が集中できる方法、自分を整えるためのツールを見つけていきましょう。集中して何かを行うことで呼吸が整い、体内の循環がよくなります。そして身体のバランスが取れてくると、心のバランスも取れてくるのです。

■5:朝と夜に自分のことを「思い返す時間」をつくる

朝と夜に自分のことを思い返す時間をとる
朝と夜に自分のことを思い返す時間をとる

1日が始まると、やらなくてはならないことがたくさん待っています。そんな忙しい毎日を送っているからこそ、1日の始めと終わりに、ゆっくり自分のことを思い起こす時間を取りましょう。

「朝起きて、簡単なことでもいいから、その日の目標を決めるといいかもしれませんね。『今日は絶対に人の悪口を言わない』とか、そんなことでいいんです。それを意識して過ごすことで、その日の過ごし方が変わってくるかもしれません。それで夜、寝る前にその目標に関して、思い返してみましょう。悪口を言ってしまっていたら、それはそれでいいんです。悪いことは反省しつつ、その日の自分を承認してあげましょう。

それで、寝る前にはその日にあったいいことを考えてみましょう。『おいしいお茶を淹れてもらってうれしかった』とか、『きれいな花を見て幸せな気分になった』とか、そんなことでいいと思いますよ。幸せだった感覚を思い起こして、ほかのみんなにも幸せになってほしいと考えながら、眠りにつくんです。悪い思いにひきずられてクヨクヨするのではなく、いいイメージを抱いた状態で寝るようにしましょう」(緑川さん)

生活をしていると心が波立ったり、ストレスを受けたりすることもあるもの。そういったことに振り回されないようにするために、朝起きたときに目標を決めて、夜寝る前にそれを振り返るようにしましょう。それだけで、心を豊かに保てるようになるはずです。

仏教は自分自身を整えて、しなやかで弾力のある心を育む方法を教えてくれるもの。そして心の中に日々溜まっていく汚れをきれいにしながら、自分や周囲の人に心の光明を広げて、よい影響を与えていくことが仏教の実践につながります。何事にも偏らずに、ものごとをありのままに捉えていくことで、自分の心のあり方を知り、心と身体を健康に保ち、自分も、周囲の人々の心も、豊かに幸せにしていきましょう。

緑川明世さん
天台宗僧侶
(みどりかわ みょうせい)渡米先でチベット人高僧と出会い仏教に興味をもつ。1989年、天台宗僧侶となり、1991年より調布市の深大寺に勤務。2001年よりインドのデプン寺に定期的に滞在、チベット語と仏教経典を学ぶ。
『尼僧が教える心の弾力のつくり方』緑川明世・著 学研プラス刊
この記事の執筆者
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WRITING :
松村知恵美
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