何度も読みたくなるのは著者もまた愛おしく感じる本
若い頃から、美しい絵を見たり、音楽を聴いたりするのと同様に、本を読むことが好きだったという中谷美紀さん。これまで本と親密な関係を築いてきました。
今回、「何度も読み返したくなる本」として教えてくれた6冊は、1冊を除くとすべて女性作家によるもの。ドラマで演じたことでさらに魅了されたという白洲正子や、ハンガリー動乱を機にスイスに亡命し、母国語ではないフランス語で小説を書いたアゴタ・クリストフ、ひとりの女性として奮闘しながら森の新しい見方を伝えたカナダの“森の科学者”スザンヌ・シマード…。内容はもちろん、著者本人にも魅了されると言います。
中谷さんが積極的に手に取るのは、随筆。「実は、小説が少し苦手で。読みながら想像しすぎて、人の痛みを感じすぎてしまい、抜け出すのに何日も要するので。好んで読むのは、随筆が多いですね。読みたい章から始められたり、少しずつ読めたり…と、自分のペースで気張らずに読み進められますから」
幸田 文さんの名随筆『木』には、好きなエピソードがあるそう。「父・露伴さんの思いで、子供時代は姉と弟と自分の3人に、それぞれ木を与えられ、世話を任されていたという文さん。やがて母となって娘さんが植木市で藤を選んだとき、あまりにも値が張るので買わなかったら、『その藤を子の心の養いにしてやろうと、なぜ思わないか』と叱責されたというエピソードが印象に残っています。私も、自分の義娘に『好きな木を買って植えていいよ』と伝えたいと思いました」
中谷さんは今夏、2023年からの日々を綴ったエッセイ『大草原の小さな農家』を刊行。著書にも「書くという行為は、人生の節々で出逢った魅力的な方々についてお伝えする手段であり、書くことでしか自らを生きることのできない人間の魂の救済なのである」とあるからでしょうか、音楽家として活躍するご主人と共に心の拠り所だったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のチームドクターや家事をアウトソーシングしているウクライナ難民の女性とその家族など、エッセイで出会う人々が親しく愛おしく思えてきます。
「自分の思いを吐き出すというより、世界をある場所から定点観測して、自分が出会った素敵な方々や困難にある方々、美しいものを伝えたいと思っています」
出来事を映像のように記憶して紡ぐ言葉が、世界を広げて
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の青少年のためのプログラムで、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの第九番交響曲が、まるで“ブーブークッション”を踏んでしまったようなトロンボーンの音で高らかに奏でられたエピソード、オーストリアの上質なビオワインや葡萄畑のなかに佇むレストランを併設したワイングートの話…。繊細な言葉で丁寧に綴られた文章は、その情景がありありと浮かぶようで、すっと心の中に入ってきます。
「若い頃から、その時々の出来事を映像のように記憶していて。メモは取らず、覚えたものを言葉で再現しているんです」
中谷さんの視点でその情景ごと切り取られ、伝えられる言葉たち。それは、私たちにさまざまな新しい世界を見せてくれます。
中谷美紀さんが推薦!何度も読み返したくなる名作6選
【1】『イザベラ・バードの日本紀行』上・下刊
著=イザベラ・バード 訳=時岡敬子
講談社学術文庫 各¥1,980
明治初期、英国人女性旅行家が東北や北海道までを通訳の青年をお供に馬で駆け巡り、故国の妹に書き送った手紙をベースにまとめた記録。「当時の日本の地方は貧しくて衛生環境が悪く、それをありのまま描いたシニカルな表現も多いけれど、日本人の勤勉さや誠実さをものすごくほめている。誇りに値すると思います」
【2】『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』(翻訳版)
著=スザンヌ・シマード 訳=三木直子
ダイヤモンド社 ¥2,860
森林にある木と木が菌根菌でつながり、栄養を送り合うことを科学的に証明したカナダの森林生態学者が、エッセイ的に綴った自伝。「夢中で仕事をしながら、妻として母としても奮闘し、離婚をしてからは癌サバイバーとして勇敢に生きる、ひとりの女性の物語としても惹かれます」
【3】『悪童日記』
著=アゴタ・クリストフ 訳=堀 茂樹
ハヤカワepi文庫 ¥1,320
東欧とおぼしき土地で、戦火を逃れて祖母に預けられた双子の「ぼくら」が、容赦ない現実をときに残酷な手段で生き抜く姿を描き、世界に衝撃を与えた小説。「作者は難民作家。真実を書くにはあまりに辛く、虚実が入り乱れる寓話にしたのかも…と思うような描写が。これを慣れない外国語で書いたとは驚かされます」
【4】『木』
著=幸田 文
新潮社(現在は新潮文庫で発売)¥605
樹木を愛でるは心の養い、なによりの財産、という父・幸田露伴の思いを受けて成長した著者による名随筆。北は北海道、南は屋久島まで…木の生命の手触りを映し出すように15の章で綴った一冊。「日常のなんてことのない出来事が、とても美しい文章で書かれています」
【5】『かくれ里』
著=白洲正子
講談社文芸文庫 ¥1,870
高度経済成長期の1970年、観光地の喧騒から離れ、日本の原風景で出合う”本物の美”を求め、吉野や近江など山村の寺や神社を訪ねて歩いた紀行随筆。「権威におもねらない美学を感じる本。多治見の陶芸家・荒川豊蔵を訪ねた際、焼いた豆腐と採れたての山菜をいただき、最高のおもてなしだったという話も印象的」
【6】『ハンナ・アーレント、三つの逃亡』
著=ケン・クリムスティーン
訳=百木 漢
みすず書房 ¥3,960
20世紀を代表する政治哲学者の生涯を、グラフィックノベルに。ユダヤ人としてナチスの迫害から逃れた三つの逃亡を軸に、恋愛や哲学者たちとの交流、思想を描く。「彼女が説いた『真理の複雑性』、この世に絶対的なただひとつの真理など存在しない、他者との対話で見つかる多様な見方こそ真実、という言葉に教えられます」
新刊エッセイ『大草原の小さな農家』が幻冬舎文庫から発売中!
「小説幻冬」の連載「文はやりたし」を収録した文庫オリジナル。オーストリアでのお引越し、畑仕事や庭づくり、オペラ鑑賞、美術館巡り…。オーストリアで、そして日本で、中谷さんが出会った素敵な人や美しいものなどを中心に、繊細な文章で綴られています。
『大草原の小さな農家』著/中谷美紀
幻冬舎文庫・825円

※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
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- PHOTO :
- 伊藤彰紀(aosora)
- STYLIST :
- 伊藤美佐季
- HAIR MAKE :
- 下田英里
- NAIL :
- 川村倫子(ネイルハウス安气子)
- EDIT&WRITING :
- 川村有布子、福本絵里香(Precious)

















