【カンティーナ・リエゾー】

国産イタリアワインを造るヴィニュロンが見た夢

「こんなにブドウ栽培に適した土地形状は日本で見たことがない」

 ある著名なワインライターが、そう話したそうだが、長野県・高山村の地形を見ると“まるで村全体がワインを造るために出来ている”というのは決して言い過ぎではないだろう。

 しかし、この村の醸造用ブドウ栽培の歴史はまだ浅い。栽培が本格的に始まったのは2006年。当初はわずか3名の農家が管理する3ha程度だったという。その後自治体が年々増え続ける耕作放棄地や点在する休耕地を少しずつブドウ栽培圃場として活用する努力も実り、現在では約20名の栽培者により約40haまで栽培面積が拡大され、県内有数の栽培面積を誇るようになった。2011年に長野県では2例目となるワイン特区の認定を受けたところから高山ワインのエンジンが回り出す。

 そんな高山村で初めて誕生したワイナリーが【カンティーナ・リエゾー】だ。村のワイン特区申請認可が下りて生まれたまさに記念すべき第一号である。

この日はあいにくの曇り空だったが、ワイナリーのブドウ畑からの眺望は感動的だ
この日はあいにくの曇り空だったが、ワイナリーのブドウ畑からの眺望は感動的だ

 標高約600mの西斜面に広がる小さなブドウ畑は善光寺平を望み、長野市内の連なる山々が一望できるロケーションにある。春や秋の寒暖差があるときには雲海が広がり、高山村の最も特徴ある眺めといえるかもしれない。この地で、ブドウ栽培からワイン造りまで一貫してひとりで取り組んでいるのがワイナリーオーナーの湯本康之氏だ。

2016年はじめての自分のカンティーナからワインをリリースした湯本さん
2016年はじめての自分のカンティーナからワインをリリースした湯本さん

イタリアの小さな家族経営のカンティーナに憧れて

 湯本氏は2006年よりブドウ栽培を始めたが、そこに行きつくまでの道のりは偶然と必然の連続だったと聞く。長野県との県境にある新潟県妙高市で生まれた湯本氏にとって高山村は親戚があるところでしかなかった。東京で仕事をしていたこともあったが、両親が高山村に移住することになったことをきっかけに2000年に高山村に移住。飯綱町のサンクゼールで職を得て、主に加工品を担当。その後たまたまワイン部門に欠員が出て醸造を担当することになる。偶然巡ってきたワイン造りであったが、それが湯本氏のその後の人生の大きな転機となる。その頃を振り返り、「これはなんといいますか、運命だったのかもしれませんね」と話す。

今年10年目を迎えるバルベーラ種
今年10年目を迎えるバルベーラ種

 5年ほど勤めた後に職場で出会った奥様と、興味を持っていたイタリアワインの現場を見たくて旅に出る。

 トスカーナ、ヴェネトなどに半年ほどの滞在だったが、飛び込みで訪れたワイナリーですぐに醸造を手伝うことになるという幸運も。ここで「家族」で営む小規模なワイナリーに出会い、自分の理想とするワイナリーの姿が作られていく。高山村に戻るとりんご畑を手放す方が現れて、“いつか自分のカンティーナを”とその畑に少しずつワイン用のブドウを植えていった。

 最初は、比較的育てやすいシャルドネの栽培から始め、その後まだあまり日本でも栽培実績のないイタリア特有のバルベーラ、2015年から同じくイタリア種のドルチェットを育て始めた。なぜイタリア品種なのかと聞くと「イタリアの品種って日本ではまず見ないじゃないですか。自分が好きなブドウだということもありますが、この品種でワインを造ることによって自分なりの個性が出せるのではないかと思うんです」と目を輝かせる。けれども栽培からワインのボトリングまですべてやるとなると、これ以上広げるのは難しいと話す。「自分ひとりで目の届く範囲がこれくらいだと思うんです。僕はブドウ栽培からワイン造りまで一貫してやる“ドメーヌ”にこだわりたかった。それにはできる範囲で良質なブドウを育てていくことがとても大切です」

畑の手入れは毎日の仕事
畑の手入れは毎日の仕事

 重要な仕事はいつも畑にある、と日々畑で草取りにいそしむ。常に日々の手入れを怠らず、葉やブドウの生育に視線を注ぐ毎日。その積み重ねが良質なワインにつながっていく。そんな湯本さんを癒すのが、ここからの絶景だ。「この地に立って、目の前に広がる平野と山々の前に自ら植えたブドウ畑が広がる風景は宝物です」。

クラウドファンディングで叶えた、家族経営のワイナリー

手動のブドウ圧搾機。「うちのブドウの生産量だと、これで丁度いいんです。イタリアのカンティーナでも使われてるものです」と湯本さん
手動のブドウ圧搾機。「うちのブドウの生産量だと、これで丁度いいんです。イタリアのカンティーナでも使われてるものです」と湯本さん

 ワイン用のブドウをつくり始め、いつかは自分のワイナリーを持ちたいと夢見続けた湯本さん。「委託醸造だとワンアイテム一樽分ずつくらいしか作れないし、大変な思いでつくったブドウは自分で醸造したい。けれど、ワイン醸造のための施設を整備するには資金が集まらず、ブドウを生産するということだけで日々過ぎていきました」。

 そんな湯本さんが一気に夢を実現できたのは、2014年の初めに銀行で知った「クラウドファンディング」のシステム。

 「聞いた瞬間“これだ!”と思いました。すぐに相談に行ったら、2014年の3月の段階で担当の方が、“これは、絶対に集まりますよ。必要な機器や設備は注文してください”と言うんです。ワイン醸造用の樽や圧縮機は、買いたいと思ってすぐに買えないんですね。買うのはすごく怖かったけれど、その言葉を信じて“エイヤ!”で買いました。予定通り資金も集まり、2015年醸造所が完成して、去年自分の作ったブドウで初めての自分のワインがリリースできた。本当に夢がかないました」。

ワインの醸造用のタンクは一番シンプルなものに、自分で扱いやすいようにパーツを取り付けた。余計な費用はかけない工夫が随所に
ワインの醸造用のタンクは一番シンプルなものに、自分で扱いやすいようにパーツを取り付けた。余計な費用はかけない工夫が随所に

 しかし、集めた資金は、返済も伴う。これからは経営者として、栽培者・醸造家としての責任も負う。しかし、気負いは感じられない。「日々の地味な仕事をこつこつとこなしながら、ドルチェット、バルベーラなどイタリアの品種を少しずつ増やしていって自分なりのワインを造っていきたいですね」

醸造所の中の樽にはお子さんが書かれたワインの絵が。家族で営むワイナリーならではだ
醸造所の中の樽にはお子さんが書かれたワインの絵が。家族で営むワイナリーならではだ
左は『バルベーラ・サクラ・サクラ・ロゼ2016』、右は『シャルドネ・ベル・ヴェデーレ2016』(完売)
左は『バルベーラ・サクラ・サクラ・ロゼ2016』、右は『シャルドネ・ベル・ヴェデーレ2016』(完売)

 ワイナリーを立ち上げる前は経済的にも苦しかった時期があったと聞く。ワイナリーには苦労を共にした奥様の理絵さんに由来する“カンティーナ・リエゾー”という名前をつけた。そして作ったワインには、三人の自分の子どもを描いたラベルを貼った。

 ゆっくりと眠りながら熟成するワインが入る木樽には、お子さんたちが書いたカラフルな落書きがそのままになっているのが微笑ましい。湯本さんがイタリアで夢に見た、ファミリー経営のカンティーナへの思いと、家族への深い愛情が随所に感じられた。

 後日、シャルドネをいただいた。ゆっくりと沸き立つフルーツの香りとさっぱりとした口当たりの奥に、余韻の長さを感じる深い味わいがあった。

合同会社カンティーナ・リエゾー

記事元:ヒトサラ https://hitosara.com/contents/oishii_nippon/studying/01/

この記事の執筆者
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