海外ではアルファベットの小文字で「japan」と表記される“漆”。縄文の昔から、脈々とけ継がれてきた漆芸は、まさに日本を代表する文化。生活用品として親しまれてきた漆器は、それぞれの地場で手仕事として浸透し、成り立ってきた。そんな漆器の産地は全国各地にあるが、そんな中で、宮城県仙台市の「玉虫塗」は特別な存在といえる。誕生は新しく、昭和初期。それも、輸出のために開発されたという独自の背景があるからだ。
「玉虫塗」は、光の当たり具合で微妙に変化する色合いがタマムシの羽根に似ていることから、その名が付けられた。1937年(昭和12年)に、仙台で設立された国立工芸指導所で、国策として、海外の人たちに受け入れられる漆器をつくることを目的に研究がスタート。そうして開発されたのが、銀粉を撒き、その上から染料を加えた漆を塗り上げるという技法。濃厚な色の漆の下から浮かび上がるような輝きが生まれ、それが「玉虫塗」ならではの、大きな魅力となった。
こうして誕生した「玉虫塗」を、仙台を代表する工芸品に育てたのが東北工芸製作所。昭和の初めにはまだ珍しかったコーヒーカップやサラダボールなどの洋食器を次々と発売。艶やかさがモダンな「玉虫塗」は、戦後になると進駐軍の家族など日本在住の外国人に評判となる。やがて、時代に即した身近な暮らしの道具として、日本の一般家庭にも浸透。記念品や贈答品としての需要も増え、仙台の名産品として全国にもその存在を認められるようになっていった。
そんな玉虫塗のイノベーションが起こったのが2013年の夏。これまでの漆芸品のイメージを大きく変えたシリーズ「TOUCH CLASSIC」が誕生したのだ。
海外の手土産にも最適! 仙台の伝統工芸品“漆器”
「TOUCH CLASSIC」の代表的な商品オールドグラス
これが漆塗りなの? 「TOUCH CLASSIC」の代表的な商品であるオールドグラスを見ると、多くの人がそう思う。“うすはり”で知られる東京・墨田区の松徳硝子がつくったグラスを素地に、玉虫塗を施したものである。
まずは、宮城の山の稜線と波打つ海をイメージしたという漆黒のグラデーションに魅了される。中をのぞき込むと、これまた美しい銀色のグラデーション。この銀色が、玉虫塗の製作工程の途中にある“銀粉蒔き“という、銀の粉末(銀粉またはアルミニウム)を蒔きつけた色。玉虫塗の最大の特徴が、グラスの中の世界に広がっているのだ。
漆器には朱色や緑など、様々は色があるが、「TOUCH CLASSIC」のラインナップは黒だけに限った製品でスタートしている。その理由は、多様化する生活スタイルの中で、洋にも和にも合わせやすい色だから。海外の展示会に出店したときには、「まるで墨絵のよう」という声をよく耳にするという。海外の人に目には漆黒が日本らしさとして印象付けられているのだ。
涼を楽しむ日本古来の知恵「風鈴」
「TOUCH CLASSIC」が誕生した背景には、2011年の東日本大震災がある。「何かを始めなければいけない」。普段の生活を取り戻そうと人々が前を向くようになった11月ごろ、そんな気持ちになったと、常務の佐補みどりさんと事業開発を担当する木村真介さんは振り返る。
日本の老舗文具メーカーとコラボしたマルチペン
幸いなことに、宮城県内にある工場は稼働できる状態だった。翌2012年の3月には、新ブランド「TOUCH CLASSIC」を立ち上げ、本社スタッフだけでなく、宮城県出身のアート・ディレクター小野清詞さんらとチームを組み、本格的に商品開発を始める。なにより、30年のキャリアをもつ職人が新しいものづくりに挑戦する姿が、スタッフ全員の大きな励みとなった。
何枚持っていてもかさばらない手土産に最適な「しおり」
「玉虫塗」だけの独特の工程
2012年6月、ベルリンで開かれたヨーロッパ最大級のデザイン展示会でプレデビュー。2013年の夏に日本国内での販売を開始している。
テーブルウェア、インテリア、ステーショナリーの3つのラインを軸に多彩なラインナップを展開。それらは全て、日々の暮らしの中で、触れて、使って、楽しむものばかり。選んだ人たちの第一印象として、「かっこいい」という声が多く寄せられているという。
海外に向けての漆器の開発を原点に生まれた「玉虫塗」の可能性を、さらに大きく広げようとしている「TOUCH CLASSIC」。これから先、長い歴史を紡んでいく、日本ブランドとなるだろう。
※価格はすべて税抜です。
問い合わせ先
- 東北工芸製作所 TEL:︎022-222-5401
関連記事
- TEXT :
- 堀 けいこ ライター