栃木県足利市で名人と称えられた蕎麦打ち職人、片倉康雄の「一茶庵」は、藪や砂場、更科といった蕎麦屋の系統に名を連ねる昭和の名店だ。その片倉氏のもとで修業をした丸山幸男さんは、片倉氏のすすめもあって昭和39年、鎌倉に「一茶庵」の暖簾分けの店を開店。

川端康成の美学を表すような「一茶庵」の名物メニュー

夏は三色そば、冬は鴨南蛮が川端のお決まり

一茶庵が得意とする変わりそばの、三色そば¥1,575。左から、田舎そば、茶そば、けし切り。細打ちでシコシコとした歯ごたえに特徴があり、甘辛具合のほどよいつけだれがそばの香りを引き立て る。
一茶庵が得意とする変わりそばの、三色そば¥1,575。左から、田舎そば、茶そば、けし切り。細打ちでシコシコとした歯ごたえに特徴があり、甘辛具合のほどよいつけだれがそばの香りを引き立て る。

「いちばんよく来てくださったのは 川端康成先生でした。初めてお会いしたときは、ぎょろっとした大きな目の鋭い眼光に威圧されましたが、来店のたびに頑張れよという意味合いの言葉をかけてくださり、優しく気配りをなさる方でした。さすがに小説家の先生は食に対する知識が私どもよりずっと豊富で、お話をしながらずいぶんいろいろなことを教えてもらいました」と丸山さん。

メニューの中でも川端康成のお気に入りは鴨南蛮。かつおの本節でとっただしと濃口醬油で調味したつゆに、肉厚の鴨がレア状態でのせられた鴨南蛮は、当時鴨を出す店が少なかったこともあって非常に喜ばれた。

  • 分厚く切った岩手産の最高級の鴨肉を使用した鴨南蛮¥1,940。鴨の味がしみ出たつゆは、残すのが惜しいほど。
  • 庭付き一軒家の蕎麦屋だから、外を眺めながらゆったり食事ができる。鎌倉散策の途中、ひと休みしたいときにもいい。
  • 鶴岡八幡宮の近くのこの暖簾が目印。

ときには、そばの量の増減など思いもよらない注文もあったという。また、暑くなると「一茶庵」ならではの変わりそばを注文した。変わりそばとは、蕎麦の実の中心からとった更科粉に柚子ずやけしなどを練りこんだもの。名人・片倉の技を受け継いだ、一茶庵自慢の味のひとつだ。

以前は建物も人も少なく、のんびりとしていた鎌倉。ゆったりとした 「一茶庵」の様子は、当時をしのばせ る貴重な存在でもある。

一茶庵
(いっさあん)
神奈川県鎌倉市雪ノ下1-8-24
TEL:0467-22-3556
営業時間:11時~19時30分 不定休
アクセス/JR「鎌倉」駅より徒歩約10分。
蕎麦好きに人気なのが、田舎そば、せいろ、十割そばを盛り合わせたそば三昧¥1,470。※価格は税込みです。

※2009年春夏号取材時の情報です。

この記事の執筆者
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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2009年春夏号、文士が愛した寿司屋と蕎麦屋より
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小西康夫