Bistecca alla fiorentina ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ、通称ビステッカは15世紀メディチ家の祝祭的饗宴料理に端を発する伝統料理である。当時は8月10日サン・ロレンツォの祝日に牛を焼いてフィレンツェ市民に無償でふるまわれていた。ある年、その場にいあわせたイギリスの騎士団がこの光景を見て「オー・ビーフステイク!!」と叫んだことがビステッカという名前の由来となった、という逸話が定説である。

ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ

成牛の背中部分にあたる、いわゆるTボーンを炭火で焼いた料理がビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ。フィレとサーロインを同時に味わえる。

2001年には狂牛病問題で一度禁止されながらも見事に復活、文字通りフィレンツェ人の魂のよりどころとなってきたソウル・フードである。過日フィレンツェのPalazzo dell'Arte Beccai、すなわち14世紀に誕生したギルドのひとつ、肉屋組合が置かれていたパラッツォでの会食でフィレンツェ市長Dario Nardella ダリオ・ナルデッラはこんな発言をした。

「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナをユネスコの無形文化遺産にしようではないか」

ユネスコの無形文化遺産に!

毎年春の復活祭に行われる時代行列には、純白のキアナ牛が登場。その昔は使役動物だったキアナ牛は、現在はビステッカにもっともふさわしいブランド牛として人気が高い。

この日の会食に出席していたのは「ビステッカ・アカデミー」ことAccademia della Fiorentina会長、Andrea Giuntini アンドレア・ジュンティーニ、マエストロ・デイ・ベッカイの称号を持つVasco Tacconi ヴァスコ・タッコーニなどなど、ことビステッカ・アッラ・フィオレンティーナに関しては一過言持つ重鎮ばかり。

「わたしはすでにパリのユネスコ本部駐在の親善大使Vincenzo Lomonaco ヴィンチェンツォ・ロモナコと話しあい、フィレンツェ市としての意向を伝えました。是非ともビステッカ・アッラ・フィオレンティーナを食の世界無形文化遺産リストに加えたい。もちろん簡単ではないが、不可能でもない。それは単にビステッカ・アッラ・フィオレンティーナのイメージを高めるということだけではなく、食と密接に結びついた文化や伝統とはなにか、を伝えることになるはず。食とは文化、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナはわたしたちフィレンツェ人のシンボルであり、食のクオリティの証明でもある。ゆえに食の無形文化遺産リストにその名を連ねるべきであると確信している。」

現フィレンツェ市長ダリオ・ナルデッラは1975年生まれの現在42歳。音楽アカデミー卒業後プロのヴァイオリン奏者として活動していたが政治家に転身したやりて市長だ。

昨年末、「ナポリのピッツァ職人の技術」が同じくユネスコの食の無形文化遺産に登録されたが、それに先立つ2014年には「パンテッレリア島のぶどうとその栽培法」も登録されており「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」が登録されれば食関連では3件目の無形文化遺産となる。

DOP食品ヨーロッパを誇るイタリアならば、この例で行けば例えば「手打ちパスタの技術と伝統」や「パルマ地方の生ハム製造技術とその文化」など、世界遺産に立候補できそうなポテンシャルを秘めた食文化が東西南北あちこちに見られる。それは単なるイメージ向上だけではなく、類似商品を排除する正当な競争と評価につながるはずだ。

「ビステッカ・アカデミー」の活動はピッツァ・ナポレターナSTGほどビステッカについて細かく定義していないが、例えばTボーンではなく、コストラと呼ばれるリブロースをビステッカとして提供しているレストランにも指導が入ることにもなるかもしれない。

そうした間違いはおそらく意図的というよりもビステッカとは本来何か?という情報と知識の不足がレストラン側にもあるからで、正しいビステッカの啓蒙活動のためにも世界遺産登録は有効だ。

老舗レストラン「ブカ・ラーピ」

フィレンツェにある老舗レストラン「ブカ・ラーピ」では、ほどよく熟成させたビステッカを焼くのは、シェフのみに許された仕事。

さらにいうならば日本では「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」は一般的に「フィレンツェ風Tボーン・ステーキ」と表記されている。

これは文章を生業とする自分への反省もこめてなのだが、本来ならば「フィレンツェ式Tボーン・ステーキ」と表記すべきではないか。最近「なんとか風」という料理を多く見るが、これはいわゆるインスパイア系であったり、自己流アレンジ、あるいは想像で作っているかのような印象を受けることもありえるので、真剣にイタリア料理に取り組んでいるならば「○○風」ではなく「○○式」と表記したほうが、より伝統に忠実な印象がある。

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には最新刊「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」刊行予定。