近年イタリアではウイスキーが静かなブームである。長いことイタリアではウイスキーといえば一部のマニアの間でしか飲まれていなかった、マイナー・ドリンクだった。というのもリーズナブルの価格のテーブルワイン、ヴィーノ・ダ・ターヴォラから、バローロ、バルバレスコあるいはブルネッロ・ディ・モンタルチーノに代表される高品質な銘醸ワインを生み出す国だけに輸入物のハードリカーには正直食指が動かなかった輩が多かったのだと思われる。
ところが最近では日本を訪れるイタリア人も増え、銀座界隈ではイタリア人観光客をみかけることもごくごく日常的になっている。そんな日本帰りのイタリア人と話をすると、きまって「日本のウイスキーは美味しい」といわれるようになってきているのだ。先日話したイタリア人は特に面白かった。東京に3日間行ってきたというので何をしたかと聞くと「毎日バー巡りをしていた」というではないか。
イタリアにもウイスキーブーム到来!?
イタリアではホテルのバーでもウイスキーの品揃えはもちろんカクテルにもあまり力を入れていないところが多かったのだが、そうした現状を知っているイタリア人は日本を旅して気がつくのが「日本のバーはレベルが高い」ということなのだそう。
彼の場合は連日連夜銀座や新宿のバーを巡り、カクテルやウイスキーを楽しんできた。「えーと銀座ならハイファイブとロックフィッシュ、新宿ならベンフィディック」と、なんと東京のバーの名前がすらすらと出てくるではないか。イタリア人がウイスキーを楽しみに東京を旅するなんて時代もすっかり変わったものだと感心していたら、フィレンツェにもいいウイスキー・バーができたという。そこで早速訪ねてみたのが昨年9月にオープンした「ラブ・クラフト」だ。
「ラブ・クラフト」はマヌエレとガブリエレという2人のウイスキー好きバリスタが昨年9月、フィレンツェにオープン。特にカブリエレは世界ベスト・バー・ランキングで6位になったこともあるシアトルのバー「カノン」で修行してイタリアに凱旋帰国。本場のウイスキー・バー文化をイタリアにも広めようと現在普及活動の真っ最中なのだ。
「イタリアはまだまだウイスキーを文化が浅いけれど、その美味しさや素晴らしさをもっと多くの若者にも知ってもらいたい。ウイスキーの世界というと金持ちの老人が揺り椅子にもたれてシガーをふかしながらちびちびやる、そんなイメージもあるけれどそうじゃない。高級ウイスキーばかりじゃなくて、リーズナブルなウイスキーの美味しい飲み方を提案したい。そう思ってこのバーを始めたんだ」とマヌエレはいう。
では、なにかはじめに一杯をと頼むと、なにやらマヌエルが奥からがさごそガラスのビーカーと燻製機を取り出してきた。慣れた手つきでグラスにバーボン、ビター、シロップなどを加えてステア。そしてガラスのビーカーをグラスにかぶせると燻製機から煙を注ぎ始めた。
ビーカーの中が真っ白で何も見えなくなった頃、そっとビーカーを持ち上げると煙の中からグラスが登場する、という派手な仕掛け。メニューの中でも一番インスタ映えするドリンクだというがさもありなん。
煙が消えた頃そっとグラスに口をつけてみるとスモーキーな香りがなんとも心地よい、爽やかなミントジュレップ風ウイスキー・カクテル「ザ・グレート・オールドファッションド The Great Old Fashioned」だった。
「これも試してみてください」というので今度はバーボンを使った「ウルタールズ・ブリーム Ulthar’s Bream」を飲む。生姜のハチミツ、レモンジュース、卵白、アンゴスチュラ・ビターズ、そしてバーボン。これはその昔、90年代に六本木のディスコで飲んだような懐かしい味。
「ヤング・サワー・トス Young Sour Toth」はハチミツ、レモン、ベルガモット・リキュール、カシス、そして同じくバーボン。やや甘くてバーボン香を抑えた一杯はバーボンが苦手な人でも、というと本末転倒だがバーボン初心者にも受け入れられやすい味だ。
帰りがけに「今度きた時はぜひイタリア唯一の国産ウイスキー、プニ PUNIを飲んでください」とマヌエレにいわれた。あとで調べてみるとプニは2010年に創業したイタリア初のウイスキーメーカーでマルサラの樽を熟成に使ったりしており、リミテッド・エディションのシングル・モルトはわずか3000本の限定生産。とにかくイタリアのものならなんでも試してみたい! というハード・イタリア・ラバーはぜひ。ここでならレア・ウイスキー・プニにも出会える。
ウイスキー専門バー「ラブ・クラフト」
住所:Borgo San Frediano, 24r FIRENZE
Tel:+39-055-2692968
営業時間:18:00〜翌2:00
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト