3月公開の女性向け映画で取り上げた『ビリーブ 未来への大逆転』で、今もなお米連邦最高裁判事として活躍するルース・ベイダー・ギンズバーグ(86歳)を演じた女優 フェリシティ・ジョーンズ。英米の映画界で引っ張りだこの彼女が、本作の舞台裏からプライベートまで語ってくれました。
——この映画への出演はすぐに決断されたのですか。
はい。実はこの映画の脚本が送られてきたときは、「企画が頓挫するんじゃないか」という状況だったようで、私が「イエス」と言ったときはみなさん喜んでくださいました(笑)。私はアメリカとイギリス両方にエージェントがあるのですが、両方が「この脚本はいい」と。両方がそう言うときは、絶対いい作品なんです(笑)。
——ルース・ベイダー・ギンズバーグは性差別が激しい時代に絶対に勝てないはずの裁判に勝ち、現在も米連邦最高裁判事として活躍しています。米国の女性たちにとっては英雄だけに引き受けるには覚悟が必要だったのでは?
アイコンを演じるのだから、大きな責任を伴うことはわかっていました。軽い気持ちで受けた役ではありません。準備に何か月もかけ、いろいろな側面から役づくりのアプローチをしていきました。ルースはたくさんの自著があるので、彼女が書いたものをたくさん読むこともリサーチの1部でした。
ルックス面でもウィッグをつけたり、歯の上にキャップをかぶせて直したり。スクリーンテストを繰り返しながら、どうすれば似せることができるのかみんなでつくっていきました。
——ルースのご自宅に行かれたそうですね。
彼女とは何回かお会いしました。ご自宅だけでなく、撮影前に取材を兼ねて、ワシントンDCのオフィスや法廷にも行きました。
実は、『博士と彼女のセオリー』でホーキング博士の元妻であるジェーンを演じたときに、1対1でお会いしたことが役づくりに本当に助けとなったんです。なので、今回も最初から「ルースさんと1対1で会いたい」とリクエストして、それが叶いました。自然な環境のなかで自然な形で一緒に過ごすことで築き上げる信用、信頼がとても重要だと思っていましたから。
ご自宅ではいろんな発見がありました。彼女が作業する机はベッドのすぐ近くにあるんですよ。本などもそこに置いてあります。まるで教会の聖なる場所のような感じ。机がすぐ近くにあるのは、夜でも何かを思いついたらすぐに飛び起きて書けるようになんです。彼女はみんなとは違うところがありますが、だからこそ愛されるんだと思います。
——ルースの人物像に触れて影響されたことは?
彼女の決意の強さ、何かにコミットしたときのブレなさには本当に感動しましたので、そこを取り入れたいと思いました。すごく共感したのは、ひとりの人間として自分がなすことを成功させたいと思うこと。しかも、自分のやり方で。そこはすごく共感できました。
彼女を演じることで私は間違いなく物の見方が変わりました。自信を得ることができたと思います。自分が信じていることにそのまま信じていいんだ、と。
——ルースは、今では信じられないような差別を受けても頑張り抜きますが、彼女を支える夫マーティンの存在は大きいですね。彼は家事も育児もこなします。それでいて、妻のキャリアの飛躍を助けるわけですから。
この物語はラブストーリーでもあると思っています。ルースとマーティンはお互いを心から愛しく思っていたし、ユーモアのセンスも同じものをもっていました。とても聡明で理想主義的なところもあったふたりだったと思います。
ときどきこの映画を観て、「こんなふたりって現実的じゃないよね」という人がいるんです。それを聞いたとき、なんて悲しことをいうんだろうと思いました。むしろ健康的だし、夫婦はふたりのようにあるべきだと思うし、決して手に届かない夫婦像ではないと思うんです。
ふたりは周りの世界がこうだからこういう風に行動しなければいけないとは思わず、自分たちのやり方で生きた。そこが夫婦円満の鍵だったんじゃないかなと思います。例えば、ルースは料理は全くできないわけで、逆にマーティンは得意。生物によってどちらが料理をしなければいけない、なんていうのは馬鹿げていますよね。
脚本はルースの甥であるダニエル・スティエプルマンが書いていますが、ルースもすべてに目を通してコメントを出しています。ダニエルによれば、ルースはまず法律的に正確な表現かということをきちんと確認し、その次が夫のマーティンが好ましい形で正しく描かれているかどうか。エゴからくる直しはひとつもなかったそうです。
——ミミ・レダー監督も男性が圧倒的に優位なハリウッドで、『ピースメーカー』や『ディープ・インパクト』『ペイ・フォワード 可能の王国』など大作を撮り続けてきました。ハリウッドで女性監督の地位を切り開いてきたイメージは、まさにルースと重なるように見えました。ジョーンズさんにとってはいかがでしたか。
ルースが経験されている事をミミも身をもって経験されているということはすごく大きかったと思います。私たちはルースが法廷に立つ姿を取材を兼ねて見に伺いました。そこにいるみんなが彼女にリスペクトをもっていたし、ルースが大義のために使命感をもっている事をすごく感じました。
彼女の物語にミミや私が共感し、映画として綴られるべき重要なものだと感じたのは、おそらく、映画の現場で私たちがマイノリティーであることがあったからだと思います。
ミミは私の役づくりを100%支持してくれました。もともと閉鎖的になんでもかんでもチェックするような監督を私は好きではないのですが、ミミは余白も与えてくれるし、大きな意味での方向性を共有してくださるし、コミュニケーションを密にしてくださる。本当に居心地のいい監督です。
ミミのもつ自信が私に自信をくれました。それはミミ自身の経験値が高くて、映画づくりのすべてを見てきているからなんですよね。そんな環境だからこそ私はリスクを取ることができたし、すごく安心できる現場だったんだと思います。
——ホーキンス博士の元妻ジェーン、そしてルース・ベーダー・ギンズバーグという実在の人物を演じましたが、俳優が実在の人物を演じるうえで大切なことは何だと思いますか?
んー、そうですね、役に対する責任はすごく感じますし、責任をもたなければいけません。そのためには綿密なリサーチと、その人を何が突き動かすのかをきちんとわからなくてはいけないと思います。
同時に、自分自身と演じるキャラクターが出会わなくてはいけない。演じることは決してモノマネではいけないわけです。言い換えれば、相手のエッセンスを完全に自分のものにできなければいけないと思います。そのためには準備とテクニックも必要です。本能とテクニックの両方の融合なんだと思います。
——我々のメディアの名前は『Precious』です。ジョーンズさんにとって、プレシャスなものごとを教えてください。そして、最近購入されたプレシャスな一品があれば、教えていただければありがたいです。
それはもう、夫と家族がとってもとっても大切です(笑)。最近買ったプレシャスなモノは、いとこの結婚式用に買った、ブリティッシュデザイナーのシモーネ・ロシャのドレスです。家ではドレスが見えるようにかけてあるの。ときどき眺めては「なんて素敵なんだろう!」ってうっとりしちゃう(笑)。本当にお気に入りです。(実際に着ても)テントのように体を覆ってくれるので、すごく着心地がいいんですよ。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター