革細工や大理石モザイク、さらには装丁やガラスなどフィレンツェ伝統の手工芸には多々あるが、中でも昔から貴族に愛された最も高貴な手工芸といえば彫金だろう。

フィレンツェ伝統、金細工のマエストロ「ペンコ」

さまざまな道具が並ぶ工房で彫金作業に励む長男アレッサンドロ・ペンコ(左)と父親のパオロ・ペンコ(右)

メディチ家に愛された16世紀の彫金師、ベンヴェヌート・チェッリーニはフィレンツェ彫金細工の祖といわれ、その作品の多くは今もバルジェッロ美術館に収蔵されており、チェッリーニの胸像はヴェッキオ橋の中程に飾られているからその姿を見たことがある人もいるかもしれない。

そうしたチェッリーニ以来、伝統の技を受け継いでいる現代フィレンツェ彫金の重鎮がパオロ・ペンコだ。

「マエストロ」の称号を持つ「ペンコ・ボッテガ・オラファ」

ドゥオモ近くにある工房兼ショップ「ペンコ・ボッテガ・オラファ」

パオロ・ペンコの工房「ペンコ」は大聖堂ドゥオモからわずかな距離にある。フィレンツェ商工会議所が認定する手工芸の名工「マエストロ」の称号を持ち、その作品は美術館や教会などに収蔵されている。

フィレンツェの紋章である百合をかたどった18金のピンバッジはフィレンツェの名誉市民に与えられる名誉の証だが、そのピンバッジの製作はペンコに一任されているほど。

かつてフィレンツェでG7サミットが行われた際、当時のアメリカ大統領ビル・クリントンに贈られたのもやはりパオロ・ペンコが作った黄金のピンバッジだったのだ。

「マエストロ」パオロ・ペンコの仕事は、ベンヴェヌート・チェッリーニ以来の、昔ながらのやり方に基づいた丁寧な手作業だ。

彫金師の家に生まれたパオロ・ペンコは、若い頃より生まれ故郷であるフィレンツェの芸術への関心が高く、ルネサンス絵画を研究してはその作品の中に取り入れてきた。ピッティ美術館にはメディチ家の肖像画が多く展示されているが、貴族の胸元を飾った宝飾品を丁寧に観察し、復元して製品化するのはパオロ・ペンコの真骨頂だ。

また中世のヨーロッパにおいては、現代の米ドルに匹敵する貨幣価値を持っていたフィレンツェ生まれのフィオリーノ金貨を当時の技術のままに再現しているのも彼だ。

以前取材した際、このフィオリーノ金貨をひとつプレゼントされ「今日の1フィオリーノは明日の4フィオリーノになる」という言い伝えを教えてもらったことがある。商人の街、フィレンツェならではの言い伝えであり、そのフィオリーノ金貨はいつも肌身離さず持ち歩いている。

息子アレッサンドロ・ペンコの作品。「ロレンツォ・イル・マニフィコ」シリーズのカフリンクスとファッション・リング(左)、「ウビ・エス」シリーズの結婚指輪(右)

近年、長男のアレッサンドロもパオロ・ペンコの仕事を手伝うようになり、次世代の彫金師として活躍し始めたのも伝統工芸の世界では嬉しいニュースだ。金細工を専門に扱う父とは違い、アレッサンドロは現在メンズ・ファッションを意識したカジュアルなシルバー・アクセサリーの製作にいそしみ、新しいペンコの世界を切り開きつつある。

こちらは父パオロ・ペンコの作品で18金のフィオリーノ金貨(左)と、伝統技術である透し彫りを施した18金とホワイトゴールドの指輪

しかし、そのインスピレーションの源はやはり父親譲りで、メディチ家の当主から名付けた「ロレンツォ・イル・マニフィコ」シリーズをピッティ・ウオモで発表するとたちまち注目を集めた。父が作るハイジュエリーや高級装身具に比べるとカジュアル・ラインとはいえ、ひとつひとつ手作りなので、フィレンツェの職人ならではの迫力と味がある。

しかも値段は意外とリーズナブル。フィレンツェを訪れた記念に、名工親子が作る金細工、銀細工を求めて見るのも旅の楽しみのひとつだろう。

問い合わせ先

  • Penko Bottega Orafa
  • Via Ferdinando Zannetti, 14 - 16r FIRENZE
    Tel+39-055-211611 9:30〜13:30、15:30〜19:30 日・月休
この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。