大切な人だから連れて行きたい店があります。おいしいだけではない、楽しいだけではない。共に過ごす時間を、お互い素になって「出会えた感謝と尊さに気づいた」と思えるひとときへ…静かに導いてくれる店。大切な人と同じときを過ごす卓上で提供されるのは、質素な振る舞いと長閑な時間のみ。装飾を削り取った「粥茶」をゆるりと堪能すれば、大切な人への想いが素直に伝わるものだと感じます。

茶の湯に通じるおもてなし「万 分室」は「野草茶と漆喰竃炊き粥茶」¥3,500(税抜)から。

「茶の湯」に通じる想い

行き交う車を豊かな緑が覆う「けやき通り」から細い路地へ。福岡城址へ向かう小道が“鍵の手”に折れたり丁字路を形成する、かつて城下町だった面影を遺す界隈に「万」は潜んでいます。街の中心部にありながら住宅が並び、蝉の声の中を通学の子どもたちが笑いながら駆けていく、そんな一画。夜ともなると程よい店の灯りが路地に洩れ、くつろぐ大人たちの姿を映し出します。一見、クールな空間ですが実に温かく人を誘う「万」の魅力は、一人ひとりへの“おもてなし”。茶を点てて客をもてなす、その有り様を大胆かつ丁寧に再現する今風な茶室のように、1階は日本茶と酒を嗜む気さくな“茶酒房”。二煎、三煎と変化する緑茶の味わいを楽しみながら和カフェとしてゆったり過ごすも良し、バーとしてワインやウイスキー、日本酒を愉しむのも使い方次第。この店で煎茶や焙じ茶をいただいたことで茶道に興味を持ったり、日本茶の本当のおいしさに気づいた人も多いそう。店主・徳淵 卓さんが、積み重ねた経験を緻密に昇華して「日本の風土や文化の素晴らしさを理解しながら自分なりのおもてなしをしてみたかった」と、日本茶を芯に据えた“茶酒房”を構えたのは5年前。中目黒から銀座、南青山と「HIGASHIYA」を手がけた緒方慎一郎氏が、出会ったときの言葉を実践して設計を手がけてくれたというモダンな店作りと徳淵さんの細やかなもてなしに惹かれ、瞬く間に「万」は福岡の人気店に。そして第二章とも言える新しいチャレンジが、さらに素敵なさざ波を起こしているのです。

竃(かまど)と向き合いながら茶と粥を味わう「万 分室」

新鮮な粥茶の愉しみ

「万 分室」は、同じ建物の2階。志を統一したデザインは、1階同様に空間の軸となる場所に茶を煎れる炉を据えて、もてなす客人を見渡せるように設えをそろえています。客と向き合う距離を近くするために敢えてテーブルは広くせず、一席ごとに漆喰竃(しっくいかまど)を用意。限られた空間にあって、手づくりされた竃と向き合いながら茶と粥を味わうひとときは、同じ時を過ごす大切な人への想いもまた、温もりとともに伝わっていきそうです。

「野草茶と漆喰竃炊き粥茶」のコースは、3種のお茶と2種の料理、そして竃で炊く粥を五分~七分炊き、そして全粥まで、それぞれの味わいを9種の粥ノ友と合わせながらいただきます。最後に〆る季節の和菓子と抹茶まで2時間ほどかけて、ゆっくりと味わうおまかせコースです(お茶の代わりに日本酒を合わせるコースも用意)。

まずは食前に味わうお茶を一杯。続いて一品目、さらに二品目の料理と合わせる食中茶。もてなしの心が染み入る繊細な茶と味わいのメリハリが楽しい料理、いずれも客の会話を弾ませたり和ませたりする掛け合いも絶妙です。その間にさらりと味わう粥の五分炊き、そして七分炊きで米の素朴な甘さを噛み締めつつ、3杯目の茶と京都「津乃吉」から取り寄せる目にも鮮やかな9種類の粥ノ友が並ぶと、いよいよ全粥をゆったりと味わい尽くすことになります。

自らと向き合うひととき

この粥茶コースを楽しみに、近所のヨガ教室に通われる女性も定期的に来られるとか。からだと心を向き合わせるとき、確かに粥茶を取り入れると自然にリセットできそうです。「土と火と水、そして米が主役の素朴なコースですから、日本人の原点を味わうようなものですよ」と徳淵さん。「皆さんがおっしゃるのは大事な人や自分と向き合う時間だね、と。質素なものだからこそ感性が豊かになれるのかもしれません」。

米の甘みを味わうという素朴なことを新鮮に感じながら過ごす、ゆったりとした午後。大切な人と過ごすなら“慌ただしい食事”ではなく、同じときに同じ場所にいるという“有り難さをいただく”ことで、美味しさをより実感できる幸せに気付いたり、お互いを思いやれる新たな機会にもなるでしょう。

「茶会となると固い席になりがちですが、粥を添えて気軽な場にすることで、緩やかに茶の心も継承できたらと思います」。奇をてらうことなく自然体の徳淵さんにも学ぶことがたくさん。豊かな気分のまま、コースの最後に季節の和菓子と抹茶をいただきました。優しい甘さでくつろぐと、日本人であることの喜びを改めて意識するのです。

季節が巡り、豊かな恵みが食卓に並ぶころ、また大切な人を連れて素朴な時間を過ごしてみたいと思うのでした。

夏の口を潤す1杯目は赤紫蘇と五ヶ瀬紅茶を炭酸で抽出。宮崎県五ヶ瀬で育てられる「みねかおり」という品種の紅茶を爽やかに喉元へ。
まずは「黒木町の巨峰の白和え」。白和えの中にフルーティーな巨峰の実が転がって酸味をプラス。夏を新鮮に感じる一品目。
茶の二杯目は島根県松江地方の浜茶。水だけで12時間抽出した優しい味わいがすっきりと潤してくれます。
二品目の料理は「博多ナスとオクラの厚揚げ豆腐」。九州の醤油を使ったしっかりした味付けでボリュームある厚揚げと夏野菜を堪能。
漆喰竃で炊き上げる粥は、高知県産「天空の郷」を使用。産地の水を取り寄せ24時間水に浸け寝かせておくことで、米本来の甘みを引き出すのだそう。五分炊きは少量をさらりと、続いて七分炊きを軽く一杯。店主が丁寧に取り分けてくれます。
全粥は米の甘さを確かめつつも、粥ノ友で味わいに変化をつけながら、ゆっくりと時間をかけていただきます。この日の粥ノ友は、シジミの佃煮、フキ山椒、大根漬け、京しば漬け、紀州南高梅、高野山の奈良漬、日高昆布、塩昆布、ごま塩の9種。
茶の3杯目は嬉野、不動山の玉緑茶。お茶の葉がぐるりと丸くよれた姿で「グリ茶」とも呼ばれます。8時間かけて水出しした美しい緑の色合いで、旨味も渋みもバランスが良く、食中茶としてピッタリ。
季節の和菓子は3種からお好みで。抹茶を意識して甘い大納言を選択。

問い合わせ先

  • 万(よろず)分室 TEL:092-724-7880
  • 営業時間/12:00~15:00/18:00~翌2:00(昼は予約のみ営業・粥茶コース2名様より)
  • 定休日/日 席数/20席
  • メニュー/野草茶と漆喰竃炊き粥茶¥3,500、酒々と漆喰竃炊き粥茶¥5,000、お薄と季節の和菓子セット¥1,500、日本酒・焼酎¥800円~
  • 住所/福岡県福岡市中央区赤坂2-3-32 赤坂MOKUZO

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この記事の執筆者
TEXT :
鳥越 毅さん 編集家
2017.12.16 更新
熊本で情報誌の編集・制作に携わり、1990年に福岡へ。発展する街で人気タウン誌の編集・営業ディレクターなどを経て、2010年よりグルメマガジン「ソワニエ」制作チームとして福岡の「食」の魅力を発信中。2014年、『ふくおか手みやげ自慢』を発行。好きなもの:九州旅、路地散策、古民家、隠れ家、コーヒー、ウイスキー、日本酒、陶磁器、短距離走
WRITING :
鳥越 剛
EDIT :
安念美和子