朝、目覚めてからの数時間を、どんなふうに過ごしていますか? 太陽が昇る時間が日に日に早くなり、新しい空気が清々しさを増してゆくこの季節にこそ見直したいのが、「朝時間」の使い方。一日をスムーズにスタートさせることはもちろん、体も心も、仕事もプライベートも上向きに変えてくれる「朝」活用術=「朝活」について、多方面から徹底検証します! 本記事ではクリエイティブな暮らしのための「朝時間」の使い方を松浦弥太郎先生から伺いました。

松浦弥太郎先生から学ぶ「朝時間」がもたらす美しい人生、クリエイティブな暮らし

松浦 弥太郎さん
エッセイスト、クリエイティブ・ディレクター。「おいしい健康」共同CEO 。「くらしのきほん」主宰。
(まつうら やたろう)2005〜2015年『暮しの手帖』編集長を務める。中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。『着るもののきほん100 LifeWearStory100』(小学館)、『人生を豊かにしてくれる「お金」と「仕事」の育て方』(祥伝社)ほか著書多数。

松浦先生「意識がクリアな朝時間に混ざり気のない自分の感覚を大切に取り出したい」

僕は朝起きるのに、目覚まし時計を使ったことがありません。春なら、5時少し前に自然に目が覚めます。窓を開け、庭に水を撒き、玄関周りを掃き、ゴミを出す。シャワーを浴びて支度をし、家族に今日の予定を書き残し、家を出るのは6時ごろでしょうか。

オフィスに到着したら、まずはゆっくりとコーヒーを入れ、お気に入りのグラノーラに豆乳という簡単な朝食をとります。そうして気になる本をめくったり、音楽を聴いたり、ギターをつまびいたり。窓際でただ空をぼんやりと眺めるだけのことも。

あまり忙しくはしないんです。職業柄、創造的な仕事が多いので、ふと感じたことやひらめいたことなどを、思いつくままにメモすることも。夜、深く眠ることで、朝は気持ちがリセットされ、意識がクリアになっていますそんな混ざり気のない自分の気づき、思いつきを大切に取り出すのに、朝は最適な時間帯なんですよね

8時ごろからスタッフが出勤してきて、少しずつ会話が始まり、そこからは一気に仕事に集中します。原稿を書いたり、企画書をつくったり、プランニングのために絵を起こしたり。午前中に打ち合わせは入れず、できるだけ人とも会わず、クリエイティブな仕事に専念します。

朝食は必ず食べますが、ランチはその日の気分。おなかが空いていれば食べるし、空いていなければ食べないことも。午後はだいたい打ち合わせで、自分の時間はありません。外部内部含めて、スタッフが必要とすることに応えていきます。

区分けすると、午前は自分と向き合いアウトプットする時間。午後はスタッフと向き合いコミュニケーションする時間。大まかにそう分けているのです。終業はだいたい5時。遅くても7時には家に着いて、家族と夜ご飯を食べ、団欒を囲み、9時前後にはベッドに入ります。だから一個人として自由に過ごすのは、朝の6時から8時。

だれにも邪魔されないこの時間はものすごく贅沢だし、大切にしています。「自分の内側に意識を向ける朝時間」は、今の僕にとってかけがえのない宝物なのです

松浦先生「時間に追われるより『追い越す』。準備の時間こそが信用と信頼を積み上げます」

もともと時間に「追われる」ことが苦手です。何かに支配されている状態が嫌なのです。

そこで日々心がけているのが、時間を「追い越す」こと。目覚まし時計がけたたましく鳴って飛び起きるのではなく、自分の意思で4時台には体を起こす。

だれかの決めた締め切りに間に合わせるのではなく、自ら前倒しで納品する。待ち合わせには、30分前に到着します。何があるかわからないから、何か起こったときのことを考えてスケジュールを組むのです。すると「準備」ができる。この準備を怠らないことが、なにより重要なのです。

事業はいつもうまくいくとは限りません。いつ業績が悪化するかは、だれにもわからない。人間関係も同じですね。だからこそすべてに余裕をもって「自分は何を用意すべきか」「相手は何を考えているのか」まで思いを巡らせ、準備することが大切なのです

僕が大切にしているのは「信用と信頼」。お金でもなく、時間でもなく、人間のやりとりの積み重ねで得られるそれは、自分にとっていちばん価値が高いもの。迷惑をかけず、期待に応え、喜びを分かち合う。そんな生き方をしたいから、自ら進んで準備をするのです。

僕はフリーランスという期間が長く、信用と信頼がない状況で懸命に働いてきました。みなさんと肩を並べるのにはどうしたらいいのか。努力し、考え抜き、行動した結果、「準備が大切」という考えに至ったのです。しいていえば身だしなみと同じ。僕にとってはマナーと一緒なのです。

それでも「時間がない」と嘆く人には、「やらないことを決める」ことを提案します。たとえば僕は会食をしません。夜は自分の時間であり、家族とご飯を食べるほうが価値が高いからなのです。必要以上の仕事は受けないし、できない約束もしません。

それゆえ緊急のトラブルにはすぐ対応するし、友人が困っていれば駆けつけて寝ずに共にいます。美味しいものを食べたい、多くの友人と会いたい、話題の場所へ行きたい…それは少し欲張りというもの。ひとつひとつ「本当に必要か」を自分に問えば、いらぬ欲望に翻弄されていることに驚くでしょう。

「スマホをいじらない」と決めるだけでも生き方は変わると思います。疑問があれば自分で考える。手がかりを見つけて答えを導き出す作業を大切にするのです。それでわからなかったら、人に聞きましょう。生身のコミュニケーションと、そこからあふれる余剰の知識は日々を豊かにするはずです。結局、僕たちは信用と信頼がない限り、何も成立しないのですから。

松浦先生「空、風、なにげない風景、時間の流れ。朝の美しさに励まされ、僕は日々生きている」

朝の時間がもたらしたもの、それは間違いなく健康です。夜型の生活を否定するのではなく、僕個人で考えたとき、精神、肉体ともに健やかであると実感します。

なにより朝は美しい。明けゆく空、凛とした空気、少しずつ変わる景色と時間の流れすべてを美しいと感じます。身支度をして犬の散歩をしている人がいたり、どこかから雨戸を開ける音や子供の声が聞こえてきたり。そんななにげない朝の風景を見ていると、体の奥から力がみなぎるのを感じますもっと頑張れると励まされ、もっと頑張ろうと刺激を受けるのです

晴れていればもちろん、嵐の日だってその朝だけの美しさに満ちています。それは僕にとっておおげさではなく希望です。目が覚めると「ああ、今日も起きることができた」と感謝の気持ちが湧いてくる。それは朝の美しさによるものだと思うのです。さらに全肯定の気持ちが生まれます。

いいことだけを受け入れて、悪いことは拒否するのではなく、どちらも素直に受け入れる。なぜならそれは学びだから。辛いことを肯定するのは悲しいし、傷つくし、大変な思いをします。でも学びの先に前進がある。すべて人生のネタと肯定すれば、いずれ自分を大きく成長させる人生のタネになるのです。

僕自身、決して強くはありません。迷いも悩みもあります。でもそれは当然だと受け入れること。いいことはほんの少しだからこそそれを美しいと慈しむこと。自分のそばにあるきらめき、自分の中にあるときめきを見つけ、足りないように思えても、実は満たされていることに気づくこと。そんな才能があれば、豊かな人生はかなうのです。なぜなら明けない夜は決してない。朝は必ず、だれにでも平等に訪れるのですから。(談)

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PHOTO :
よねくらりょう
WRITING :
本庄真穂
EDIT&WRITING :
宮田典子(HATSU)、 喜多容子(Precious)