東京ミッドタウンから徒歩3分ほど。昔の六本木の雰囲気が色濃く漂う界隈に「オステリア ナカムラ」はある。常連が集う小さなイタリア料理店だが、その料理は質実剛健でシンプルかつ滋味深い。カウンター席に座り定番メニューを眺めてみると、イタリア料理店に最近ありがちな難解イタリア語でなく、実にわかりやすい料理名が並んでいるのにきづくだろう。さらに日替わりメニューは黒板に書かれており、前菜、プリモ、セコンド合わせて合計30種類ほどと、品数を多くするのではない厳選したセレクト。

六本木の隠れ家イタリアン「オステリア ナカムラ」で夏の料理を味わう

オープンキッチンの中で忙しく働く中村シェフ。その仕事ぶりがよく見えるカウンターは「オステリア・ナカムラ」の特等席。
オープンキッチンの中で忙しく働く中村シェフ。その仕事ぶりがよく見えるカウンターは「オステリア・ナカムラ」の特等席。

日本ではある特定の地方料理店に特化した郷土料理店も多いが、イタリア料理愛好家が日々食べたくなる、口にしたくなる料理とは、決してある特定地方の料理だけというではなく、地域を超えた「美味しい」イタリア料理なのだろうといつも思う。

そうしたメニューを采配できる懐の深さとリベラルさ、が「オステリア・ナカムラ」の魅力なのだろう。とはいえおそらくは中村シェフの好みでもあり、わたしの嗜好でもあるのだが、やはり頻繁にメニューに登場し、日本人にもイタリア人にも好まれるのは「トスカーナ」と「シチリア」というイタリア二大人気地方料理だ。

シェフとマダムの息のあったコンビネーションにも注目したい

「いわしのフリット シチリア風」は外側はさくさく、内側のイワシはふんわりと火が入った絶妙の食感。
「いわしのフリット シチリア風」は外側はさくさく、内側のイワシはふんわりと火が入った絶妙の食感。

前菜にはまず「いわしのフリット シチリア風1650円」2枚漬けにしたイワシをあわせた形はヴェネツィアでいうフランコボッロ。これに細かいイタリア式パン粉をまとわせて揚げ、紙で巻いて手で食べられるスタイルにしてある。

これが表面はかりっとクリスピー、中はふんわりと柔らかい。ヴィネガーであらかじめマリネしてあるので、イワシの身が非常に柔らかくなっている。

カウンターから見えるのは、寡黙かつてきぱきと仕事をこなす仕事ぶり。それは中村劇場といってもいいような風景だ。

オーダーが入ってからの提供調理は極力シンプルに最小限で、その代わり仕込み調理にはしっかり時間をかける、そんな仕事ぶりが見えて来る。

フィレンツェを代表する郷土料理「牛モツの煮込み」。新鮮なギアラとセンマイを使っており、その歯ごたえ、食べごたえは満足のひとこと。1850円
フィレンツェを代表する郷土料理「牛モツの煮込み」。新鮮なギアラとセンマイを使っており、その歯ごたえ、食べごたえは満足のひとこと。1850円

もうひとつ前菜に選んだのは「牛モツの煮込み」。フィレンツェでよく食べる牛モツ煮込み、ランプレドットは牛の第四胃袋=ギアラのみをイタリアンパセリやセロリなどの香味野菜、クオーレ・ディ・ブエと呼ばれる煮込み用トマトなどと一緒に長時間煮込んだストリートフードだが、これはギアラとともに第三胃袋=センマイ(チェントペッレ)も一緒に上質のブロードで煮込んだもの。肉厚で歯ごたえも歯切れもよく、とても上質。

これを酸味が聞いた緑色のサルサ・ヴェルデとやや辛くて赤いサルサ、の2種類のソースで食べる。赤いサルサは単に唐辛子のみを使った辛いオイルではなく、ほのかな辛さよりも野菜の旨味が際立つ。その美しい色合いや、甘さ、酸味からドライトマト、あるいはエストラット・ディ・ポモドーロやビーツが入っているのではないかと思ったが、中村シェフは、それらに加えてタマネギやトレビスを加えた「澤口さんのレシピ」だという。

暑い日にはそうした酸味や辛さが、強い脂とは相性が良く、さっぱりとした食後感を味あわせてくれる。

「カラスミのスパゲッティ」は茹で上げたスパゲッティに、黄金色のイタリア製ボラのカラスミ「ボッタルガ」たっぷりのトッピング。1850円
「カラスミのスパゲッティ」は茹で上げたスパゲッティに、黄金色のイタリア製ボラのカラスミ「ボッタルガ」たっぷりのトッピング。1850円

「カラスミのスパゲッティ」はスライスしたニンニクをオリーブオイルで炒めたあと取り出し、茹で上がったパスタとパスタ湯を加えて乳化。

最後にカラスミを直接すりおろして仕上げるシンプルだけれど香り高い料理だった。イタリアでも人気のこのパスタ、シェフによってはさやいんげんの細切りを加えたり、バジリコやイタリアンパセリ、唐辛子などを加えたりするけれど、中村シェフの「カラスミのスパゲッティ」は余計な食材や工程を取り除いた引き算のパスタ。

小麦粉、オイル、カラスミ、ニンニク、水という最小限の食材の味がダイレクトに伝わる。

上質の豚肉を白ワイン、バターで味付け、ソテーにした「ルスティンネガア」はミラノの代表的郷土料理でボリューム満点。
上質の豚肉を白ワイン、バターで味付け、ソテーにした「ルスティンネガア」はミラノの代表的郷土料理でボリューム満点。

「ルスティンネガア」は冬のミラノ料理。ミラノの老舗「マスエッリ・サン・マルコ」では昔からオンメニューしてある料理であり、ポルタ・ロマーナ近くの老舗「ダ・ピエロ」で食べた時は厚切りの仔牛ローストにハーブ・バターの濃厚なソース。さらにタマネギやペペローニなども添えた、リッチで豪快な肉料理だった。

「本来は仔牛を使うのですが今日は豚肉を使ってます」と中村シェフ。フライパンで両面ソテーしたあとそのまましばしオーブンに投入。最後に白ワインを使い、やや酸味のあるソースに仕上げる。付け合わせはこれもシンプルに無農薬のルーコラと新ジャガイモのロースト。

前菜もそうだがこの「ルスティンネガア」も白ワインの酸味がポイントで、最後までさっぱりと食べることができた。

最後までしっかり男らしい濃厚な味付けの「プリン」と中村シェフ自らが作った食後酒のリキュール。

パンナコッタのようにしっかりしたプリンを食べていると、中村シェフが自家製の食後酒を一杯注いでくれた。「アルコール度数はかなり強いですから」と言われ、口に含むとまるでペルノー。フェンネル、ローリエ、ローズマリーのような香り。このリキュールは中村シェフの仕事ぶりを象徴しているように思えた。

見えない仕込みには丁寧に時間をかけ、眼前ではあくまでも最小時間、シンプルに注ぐだけで余分なことはしない。そうしたイタリア料理の本質的な部分をさりげなく表現してくれるから、常連の固定ファンに愛されているのだろうと、あらためて思う。

サービス担当のマダムとの丁々発止、二人三脚も見ていて気持ち良い、これまた中村劇場を構成する重要なファクターである。

問い合わせ先

※営業時間などの詳細は、店舗HPなどでご確認ください。

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。