映画ライターとして多くの映画に触れている坂口さゆりさんが、今月も「大人の女性が観ると人生が豊かになる」作品をご紹介します。
今月おすすめするのは、『82年生まれ、キム・ジヨン』『パピチャ 未来へのランウェイ』『朝が来る』の3作品。早速、見ていきましょう!
2020年10月公開のおすすめ映画!過酷な運命に立ち向かう女性を描いた3作品をご紹介
■1:チョン・ユミ&コン・ユによる初の夫婦役でも話題!韓国のベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が待望の映画化
日本でも話題となった韓国のベストセラー小説の映画化。主人公と共に自分の過去を振り返るうちに、心の奥に閉まっていた不快なことがいくつも頭に浮かんでは消えていきました。
1982年4月1日生まれのジヨン(チョン・ユミ)は、大学時代の先輩デヒョン(コン・ユ)と結婚し、2歳になる娘の育児と家事に追われる日々を過ごしています。
お正月は例年通り夫の実家に帰省することとなり、義母への気遣いや家事の手伝いでジヨンは心も体も休む暇がありません。さらに、そこにデヒョンの姉もやって来たから、ジヨンの負担はますます大きくなるばかり。デヒョンの家族が盛り上がなか、ジヨンは突然、自身の母親の口調でこう話し出します。
「奥さん、うちのジヨンを実家に帰してください。お正月に娘さんに会えてくれしいですよね? 私も娘に会いたい。義姉の料理まで用意させて、ジヨンが気の毒です」
呆気にとられるデヒョンの家族。デヒョンは慌ててジヨンと娘を連れて実家を飛び出し、妻の実家へ向かうのでした。
突然、他人の人格に変わってしまう妻。デヒョンだけがそんなジヨンの変化に気づいています。でも、さりげなく彼女に聞いても何も覚えておらず、ジヨンは夫の心配を深刻に受け止めません。デヒョンは妻に他人格になることを伝えられないまま精神科医に相談するのですが……。
自分の居場所がないことに揺れる現在のジヨンと共に、映画は過去に遡って彼女がどんな人生を歩んできたかを鮮やかに映し出します。活発だった幼少時代、塾帰りのバスの中で男子高校生につきまとわれ怖い思いをした挙句、父親から自分が責められた高校時代。
卒業式の前日まで就職が決まらないジヨンに「就職なんてやめて、いっそ家でおとなしくして嫁に行け」と父親に言われたこと。そんな父親を母親が猛烈に非難したこと。そして、仕事をやめたくなくて子供をもつことをためらったこと……。
好きな仕事を辞めなければならなかった無念。家事と育児に追われ、子供が泣けば母親を責める社会。理解ある夫であっても、下女のようにこき使う義母。せっかく就職をオファーされても子供の預け先がない現実。
「女」であることがくびきとなる社会で生きることのつらさは息が詰まるほど。女性なら程度の差はあれ、ジヨンと同じような体験をしているのではないでしょうか。
もっとも、暗闇に陥ってしまったジヨンではあるものの、ジヨンを心から愛する母親と夫の存在は大きな救いです。ジヨンの母もある意味、ジヨン以上につらい経験をしてきただけに、いつも娘の味方です。また、ジヨンが治療を受けることができたのは、妻の病に責任を感じて彼女を心から心配する夫の力でもあります。
ジヨンはきっと元気になれる。女性が抱える諸問題を描きながらもそんな希望を抱かせる本作は、現代女性にとって共感せずにはいられない、今観るべき一本です。
Movie information
- 『82年生まれ、キム・ジヨン』
- 監督:キム・ドヨン 原作:『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳 筑摩書房刊)
出演:チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン、コン・ミンジョン、キム・ソンチョル、イ・オル、リュ・アヨン、イ・ボンリョンほか 配給:クロックワークス - 新宿ピカデリーほか全国公開中
■2:いまだに本国での公開には至っていない問題作。女性弾圧の真実を描いた『パピチャ 未来へのランウェイ』
女性というだけでなぜこんなに差別されなければいけないのか。『82年生まれ、キム・ジヨン』を観ながら自分のことを振り返り、憤りがふつふつと湧いてきましたが、アルジェリア映画『パピチャ』はさらに広い視野で、女性の存在自体を考えずにはいられない作品です。
舞台は度重なる内戦で「暗黒の10年」と呼ばれた1990年代のアルジェリア。あちこちで警察や武装集団が目を光らせています。主人公は元気いっぱいの大学生ネジュマ。
彼女の夢は世界的なファッションデザイナーになること。ルームメイトのワシラと大学の寮をしばしば抜け出しては郊外のナイトクラブへ通い、自分でデザインしたドレスを販売したり、行きつけの雑貨屋でも自作の服を置いてもらったり。卒業後は自分の店を開こうと売り上げをしっかり貯めているのでした。
限りあるなかで自由を楽しむネジュマたちですが、いつの間にか町には「女性の正しい服装」を啓蒙するポスターが貼られるようになりました。そこに描かれているのは、全身黒ずくめのヒジャブ(ベール)をまとった顔のない女性。ポスターはやがて大学構内にも貼られはじめます。
そんなある日、外国語の講義中にヒジャブを被った全身黒づくめの女性たちが乱入。外国語の授業は必要ないと教授を連れ去ってしまいます。ネジュマは自宅に戻るために乗り込んだバスの中でヒジャブを強要されますがそれを拒否。バスから降りて徒歩で自宅へ向かいます。
運良く通りかかったジャーナリストの姉リンダにピックアップされ、ふたりは自宅で束の間のくつろぎを楽しむのでした。再び大学へ戻ろうとネジュマが家を出て歩き始めてまもなく、背後で突然銃声が。倒れていたのはリンダでした……。
交際相手の上から目線、袖の下を渡していた門番の裏切り、姉の死、めちゃめちゃに引き裂かれたファッションショー用の衣装、友人の思いも掛けない妊娠……。
武装勢力に敵対すれば命は保障されないという日本人には考えられない社会情勢下では、ネジュマやワシラをはじめ女性たちにはいくつもの困難や試練が降ってきます。ネジュマはそのたびに絶望し、挫けながらも、またたくましく起き上がる。女性にとって自分らしく生きることが困難だったこの時代でも、彼女は夢を失いません。
エネルギーの塊のようなネジュマの姿を観ているうちに、内から力がふつふつと湧きあがるような気持ちになりました。
Movie information
- 『パピチャ 未来へのランウェイ』
- 監督:ムニア・メドゥール 出演:リナ・クードリ、シリン・ブティラ、アミダ・イルダ・ドゥアウダ、ザーラ・ドゥモンディ、ヤシン・ウィシャ、ナディア・カシ、メリエム・メジケーンほか 配給:クロックワークス
- 2020年10月30日(金)からBukamuraル・シネマ、ヒューマントラスト有楽町ほか全国公開。
■3:特別養子縁組を巡る“ふたりの母”の想いを描いた感動作『朝が来る』
今月紹介する最後の映画は、辻村深月の原作小説を河瀨直美監督が映画化したヒューマンミステリー『朝が来る』です。
栗原佐都子(永作博美)と夫の清和(井浦新)は、来年小学生になる朝斗(佐藤令旺)を大切に育てている。実は朝斗は特別養子縁組で得た子供。夫婦は、清和が無精子症だったため実の子をもてず、一度は子供を諦めた過去がありました……。
子供を諦めたふたりは旅行にでかけた先でテレビ番組で放送されていた「特別養子縁組」の制度の話に心奪われます。取り上げられていたのは、子供が欲しくても得られない夫婦と、育てられない女性とを支援していたNPO法人ベビーバトン。代表の浅見静江(浅田美代子)の説明会に参加した夫妻は、養子を迎えることを決断します。
そしてついに、ふたりのもとへ浅見から待ちに待った連絡が。彼らの子供を出産したのは14歳の片倉ひかり(蒔田彩珠)。赤ちゃんを託された栗原夫妻が会ったひかりはまだ幼く、夫妻へ手紙を渡し、涙を浮かべて頭を下げるような少女でした。
それから6年。栗原家に突然、ひかりを名乗る女性から「子供を返してほしいんです。それがだめなら、お金をください」と、電話が入ります。栗原家にやって来たのは、茶髪の長い髪を無造作に束ね、スタジャンをまとった女性。荒んだ姿は6年前のあどけない少女と同一人物とはとても思えません。
一体この女はだれなのか? 栗原夫妻は女性にひかりと信じられないことをはっきり告げるのでした……。
不穏な空気が漂い始める冒頭から引き込まれます。幼稚園から朝斗がジャングルジムから友人を突き落とした、という連絡が入るのです。幼稚園で先生たちから事情を説明された佐都子ですが、朝斗は否定。
我が子が友達を突き落とすはずはない。でも、もしかしたら……? 息子と血の繋がっていないゆえの不安なのか、微妙な表情で佐都子の不安を物語る永作さんから目が離せません。
前半は栗原夫妻を中心に、後半はひかりの物語を中心に展開。俳優たちの演技に加え、毎日同じ夕日はないという夕陽の輝き、まばゆい光、木々を揺らす風、都会の朝焼け……。スクリーンの向こうへ吸い込まれそうになるほど美しい風景の数々は圧巻です。
実の子をもてなかった女性と、実の子を手放さなければならなかった女性を通して、この映画もまた「女であること」を考えずにはいられません。
Movie information
- 『朝が来る』
- 監督・脚本・撮影:河瀨直美 原作:辻村深月 出演:永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、佐藤令旺、田中偉登、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、山下リオ、森田想、堀内正美、山本浩司、三浦誠己、池津祥子、若菜竜也、青木崇高、利重剛ほか 配給:キノフィルムズ/木下グループ
- 2020年10月23日(金)から全国公開。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター
- BY :
- 『Precious11月号』小学館、2020年
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)