旅行やビジネスで京都を訪れるとき、どこに滞在するか考えるのも楽しみのひとつです。

みっちり移動スケジュールが埋まっているときは、利便性のいい場所にあるビジネスホテルが宿泊先候補に浮上しますが、さすが世界を代表する観光都市・京都。ビジネスホテルだけでも星の数ほどあり、なんとなくなじみのホテルチェーンに決めている方も多いのではないでしょうか。

そこでひとつ選択肢に加えてほしいのが、ユニークな「お寺と共存するホテル」。京都河原町の駅からわずか1分ほどのところにある、2020年9月末に開業した「三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺」は、寺院とホテルが一体となって開発された、ほかでは見ることができない複合建物なのです。このホテルに実際に滞在し、さらになぜこのホテルが実現したのか、ご住職のインタビューをお届けします。

街の喧騒から一分、静かなたたずまいに導かれる

京都河原街駅の10番出口を出て、四条通から1本路地(寺町通)を入ると、ほどなくして見えるのが「三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺」の入り口。

ホテルの看板と浄教寺の石柱が並ぶ敷地の入り口
ホテルの看板と浄教寺の石柱が並ぶ敷地の入り口

建物は敷地から少し奥まった位置にあり、一瞬通り過ぎてしまいそう。周囲には小さなお寺がたくさんあるエリアの中で存在を主張しすぎることなく、静かにたたずんでいます。

夜には灯籠の灯りが点き、なんとも風雅です。
夜には灯籠の灯りが点き、なんとも風雅です。

敷地内に入ると、ホテルのエントランスの脇にはお寺への入り口と、大きな灯篭が。これは浄教寺の始まりが、平 重盛が建立した灯籠堂(鐙籠堂)であることから。浄教寺のもともとの正式名称も「多聞山鐙籠堂浄教寺」であったことを受けて、灯籠がシンボルとしてあちこちに配されているのです。

美術館を思わせるシックなエントランスロビー

黒のタイルでシックに仕上げられたエントランスロビー。右側の柱は古い寺院の建物に使われていた木材を使用。
黒のタイルでシックに仕上げられたエントランスロビー。右側の柱は古い寺院の建物に使われていた木材を使用。

ホテルへ一歩足を踏み入れると、お香の匂いがふんわりと漂い、さらに歩を進めると、そこにはガラス窓の向こうに広がるお寺の本堂が。

額のように配置された窓から、本堂を臨むことができます。
額のように配置された窓から、本堂を臨むことができます。

黒を基調とした壁から覗く、浄土宗ならではのきらびやかな本堂は、アート作品を鑑賞しているようです。

寺院に保存されていた、文政13年(1829年)に制作された「木鼻」も壁に飾られて。
寺院に保存されていた、文政13年(1829年)に制作された「木鼻」も壁に飾られて。

ロビーには、宮村弦氏による毛筆の大きなアートがアクセントになり、あちこちに浄教寺で保管されていた収蔵品や装飾が飾られています。

大浴場にも寺を感じさせるしつらえが

大胆な光壁がアクセントの浴室。こちらは女性大浴場。
大胆な光壁がアクセントの浴室。こちらは女性大浴場。

ゲスト専用の大浴場は、浴槽の壁一面に配された、水墨画のような光壁アートが印象的。男性大浴場は「無常」、女性大浴場は「輪廻」をコンセプトとして描かれています。また、お寺の所作を体感できるよう、手水鉢のオブジェも設置され、黒壁の中に浮かび上がる光壁と手水鉢が、幻想的な雰囲気を演出しています。

部屋からお風呂まで向かう間に状況が変化する可能性はあれど、人が少ない時間を狙いやすいのはうれしい仕組み。
部屋からお風呂まで向かう間に状況が変化する可能性はあれど、人が少ない時間を狙いやすいのはうれしい仕組み。

いっぽうで、足を伸ばせる大浴場に入りたくても、特に今の時期は、混んでいるときは避けたいもの。そこにもひとつ仕掛けがあります。ロッカーにセンサーが設置されていて、大浴場がどれくらい混んでいるのか、各自の部屋のテレビやスマートフォンからチェックが可能。利用者が少なくなったタイミングを見計らって、お風呂に向かうことができるのです。

シンプルで快適な客室

灯籠を模したルームナンバーがさり気なく。
灯籠を模したルームナンバーがさり気なく。
デザインされた格子の障子がアクセントに。
デザインされた格子の障子がアクセントに。

客室は全167室あり、すべて2名以上で快適に過ごすのに充分な広さ。トリプルタイプや畳タイプの部屋もあり、目的によって選ぶことができます。各部屋の入り口には灯籠を模したルームナンバーが掲げられ、室内は格子風の襖枠や、手水鉢を思わせる手洗いなど、あちこちにお寺の風情がちりばめられています。

手水鉢から着想を得たオリジナルの洗面台
手水鉢から着想を得たオリジナルの洗面台

ここならではの体験オプション「朝のお勤め体験」で心穏やかな1日に

 

このホテルはお寺と共存しているだけでなく、なんと「朝のお勤め体験(有料)」の体験オプションが用意されています。(※事前に申し込む必要があり、満席になり次第申し込み終了。)

朝、ロビーで集合すると、案内された先はロビーのガラス越しに見ていた本堂。参加者は椅子に座ってご住職のお経を聞き、ひとりずつ立ってお焼香を済ませたら終了です。

どこを見ても美しく、じっくり眺めたくなる
どこを見ても美しく、じっくり眺めたくなる

その後は、本堂の見学タイム。仏像を取り囲む灯籠や天井絵、掛け軸などの仏具が美しく優美に輝き、500年の歴史をもつとは思えないほど。これらはお寺の再建にあたり、磨きなおされたんだそう。

安土桃山時代に制作され、綺麗な形で現存している平重盛公像。
安土桃山時代に制作され、綺麗な形で現存している平 重盛公像。

ご住職のおすすめ見学ポイントは、仏さま以外では平 重盛公像。平 重盛は、確実に本人とわかる形で残っている像がほとんどなく、NHKの大河ドラマにも使用されたほど珍しいものだとか。今回の再建で塗りなおしてありますが、安土桃山時代に作られたものが、今なお大切に保管展示されています。

この本堂、ふだんは一般向けに解放されていないので、心が静かになるお勤め体験に加え、華やかな浄土宗の仏具を間近で見ることができる貴重なチャンスです。

事前にお願いしておくと、御朱印も用意していただけます。
事前にお願いしておくと、御朱印も用意していただけます。

ミシュラン掲載の和食の名店が供する自慢の朝ごはん

朝食もこのホテルが人気である理由のひとつ。福岡県にある、ミシュランガイドにも掲載された和食の名店「僧伽小野一秀庵」が県外初出店として、ホテル二階に「僧伽小野 京都浄教寺」をオープン。こだわりの朝御膳をいただくことができます。

朝の目覚めを煎茶で楽しむ。
朝の目覚めを煎茶で楽しむ。

まず最初に供されるのは、「目覚めの煎茶」と呼ばれるお茶。平 重盛がお茶文化を広めることに深くかかわったという説から、月替わりで日本各地の煎茶を楽しむことができます。

朝御膳は、僧伽ちらしに冷やし蕎麦の「紫雲」、鯛と野菜の天ぷらをお茶漬けとして楽しむことができる「光明」、鰻料理の「青蓮」の3種類(各¥2,000 税込)。「青蓮」の「鰻と牛蒡の玉子とじ」を選んでみました。

ひと口ごとに違う味わいが楽しめる豪華な朝御膳。
ひと口ごとに違う味わいが楽しめる豪華な朝御膳。

出てきた御膳は数えきれないほどの小鉢が並び、まるで浄土のように豪華絢爛。胡麻豆腐、焼き魚、生麩田楽、出汁巻き、銀杏、南瓜旨煮、牛蒡有馬煮、小芋煮、鱧の煮凝り、煎茶葉の菊花白和え、小松菜お浸し、ご飯のお供3種(ちりめん山椒、明太子、西利の京漬物)と、京都ならではの味わいが少しずつ堪能できる、なんとも嬉しい御膳です。

なぜホテルとお寺が共存することに?ご住職インタビュー

ホテルに滞在しながらお寺に宿泊しているような雰囲気も味わえる、ユニークな「三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺」。どういう経緯でこのようなホテルができたのでしょうか。ご住職の光山公毅さんにお話を伺いました。

灯籠がずらりと並ぶ本堂。
灯籠がずらりと並ぶ本堂。

――この「三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺」ができることになった経緯は?

「このお寺は、私の祖母の実家にあたります。祖母はここから東京の私の実家のお寺へ嫁ぎ、生まれたのが私の父です。なので、私は東京生まれ東京育ちのお寺の息子です。

東京時代、父がこれからお寺が生き残っていくには、お寺だけでやっていくには厳しかろうと、お寺の敷地にオフィスビルを建てました。それでお寺棟とオフィス棟という形にすることで、お寺を維持していく財源を確保していくのを子供のころに見ておりました。

また、親戚のお寺も今度はお寺の敷地にマンションを建てて、同じように財源を安定させていったという経緯があったのが、元となっています。

父からすると、この浄教寺は母親の実家でもありますが、先代は父のいとこで後継ぎがいなかったのです。それで跡をついでくれないかという話があり、ぜひ、とお受けした次第です。

一方、私は大学を卒業してから、銀行に勤めておりました。京都に移るにあたり銀行を辞めるのですが、浄教寺は歴史のあるお寺で、一番古い建物は200年くらい経っており、自分の代で何か再建できることをしないといけないだろうなとも思っていました。

それが5年前のことで、京都はまだ観光客が多く、なんといってもこのお寺は立地が抜群にいい。だったらホテルがいいのではないか、と自分が勤めていた銀行とは別の銀行に、親しい先輩がいたので話をもっていきました。そこから、検討のテーブルに載せていただくことになりました。

とはいえ、私は自分自身でホテルを経営する気は全くありませんでした。ホテルを建てて貸して、プロにオペレーションしていただくのが良いと考えていたので、銀行から三井不動産を紹介していただきました。三井としても、お寺と共同開発というのは初の試みだということで、スタートしたのが5年前ですね。そこから話を詰め、解体とかが始まったのは3年前くらいです。」

――もともと、ホテルができるほどの広い敷地だったのでしょうか。

「いえいえ、ここはお寺としては狭いほうです。地域によって違いますが、だいたい倍くらいが普通です。都会の真ん中にあるお寺としては、こんなものかな、という感じもありますが。

東京の実家は後楽園の近くで、やはりお寺が多いのですが、ここの倍くらいありましたね。」

――銀行を辞めて違う土地でお寺を継ぐというのは、大きな決断でしたね。

「そうですね、事業の見通しが立たなかったら厳しかったと思います。銀行も背中を押してくれた部分があって、それはよかった点ですね。立地と運と縁に救われたように思います。」

――銀行にお勤めなさっていたことや、学生時代の先輩が親身になってくださったことなど、それまでのことがつながって実現しているんですね。ちなみに、檀家の方からの反対はありませんでしたか?

「私の一人合点かもしれませんが、ただただびっくりしていた、というのが正直なところです。でも思いのほか『歴史ある浄教寺をどうしてくれるんだ』というような、表立って反対される方はいらっしゃいませんでした。」

――建築主は浄教寺さんですが、ホテルを建てるにあたり、注力した点はありますか?

「入り口に木鼻が飾ってありますが、ああいう古い寺の資産みたいなものを、再利用なさったらどうですか、とお伝えしたら、各所で効果的に使っていただけました。」

――本堂のほうはどういうふうにオーダーされたのですか?

「お寺の設計や施工を専門でやっている仏具屋さんに、暗くて黒い感じ、という希望は伝えました。浄土宗ではどちらかというと白木に周りはベージュの塗り壁で、と明るい華やかな感じの建物が多いので、あえて変えてみました。

蔵で保管していたものを展示したいと思っていたので、それが映えるようにしたいなと思っていたのです。」

本堂の壁には蔵で保管されていた掛け軸や仏具が展示されています。
本堂の壁には蔵で保管されていた掛け軸や仏具が展示されています。

――ホテルと本堂の雰囲気はどうリンクさせたんでしょうか?

「浄土宗はどちらかというと華やかで、本堂も壁は黒いですが、仏具は派手ですよね。リンクさせようとするとホテルも派手になるはずなのですが、どちらかというと一般的な“お寺っぽさ”というか、禅宗的なモノトーンの要素を入れていったんだろうなと思います。それもマッチしていないわけではないので問題ないなと思いました。」

――実際にホテルとお寺が完成して、どう感じられましたか?

「古い収蔵品や装飾などもいかして、ホテルと寺が建てられてよかったなと思いますし、実際に出来上がってみると、最初はちょっと疑心暗鬼っぽかったお檀家さんが、とてもよろこんでくださったのが何よりですね。

本堂は靴のまま入ってお参りができて、待合場所も全部靴のまま、車いすでも入れるので、安心して安全にお参りができますと。そこは私がとてもこだわった点でした。

今まではお墓参りに来たくても、なかなかご高齢で来られないとか、来られても(建て替え前のお寺の)本堂に上がれないんですよ。でも今はフラットなつくりになったので、お墓参りの前後にふらっと仏様を拝んでいただけるので、よかったなと思いますね。

また、うちの例をみて、ほかのお寺さんが『うちもなんかやってみようか』と1軒でも思ってくださったら、お檀家さんも喜ぶと思いますし、ひとつのモデルケースとして、浄土宗の活性化に役立てればいいなと思います。

本当は、本来あるべき姿は、ホテル棟とお寺棟と分けると思うんですね。しかしここは、先ほども申し上げたように、敷地の広さの問題で、これ(一体型)しかやりようがなかった。

でも小さい敷地しかないお寺もたくさんあるので、それでもやりようがあるんだな、と感じていただけたらうれしいなと思います。」

歴史あるお寺の再建をすべく、アイデアを絞ってうまれた、「三井ガーデンホテル京都河原町浄教寺」。小さな敷地を逆手にとった、お寺と共存したホテルという新たな個性が、滞在に楽しみを添えてくれます。

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EDIT&WRITING :
安念美和子