数量限定で生産されたペドローニのノチーノ「シジッロ・オーロ」
ノチーノの起源ははっきりしないが、イタリアはじめヨーロッパ全土に普及している食後酒だ。古代ローマ時代の文書によれば、ケルト人たちは6月24日の夏至の夜に集まり、クルミから作った黒いリキュールを同じ盃で飲み回す習慣があったという。また、中世になるとフランス人も『liqueur de brou de noix』=クルミ・ステイン・リキュールを飲むようになったとされている。
モデナの伝統的バルサミコ酢
イタリアではノチーノの本場はリグーリア州サッセッロとエミリア・ロマーニャ州モデナ。胡桃は古代から神秘の象徴でもあり、つねに魔女や魔法と結びつけて考えられてきた。ノチーノの製法にもどこか謎めいたところがあり、6月24日のサン・ジョヴァンニの夜に収穫した胡桃を使わねばならないとされている。
日没後、裸足の女性が胡桃の木に上り、道具は使わず素手で青い胡桃を収穫する。その際道具を使うのは厳禁で、素手でも果皮に触れてはいけない。なぜなら鉄が触れると胡桃の効力が落ちるからと信じられていたからだ。
日当たりの良い南斜面に生えた古い胡桃の木がよいとされており、収穫した胡桃はひと晩夜露にさらし、翌日から諸聖人の日の前日にあたる10月31日まで約4か月間熟成させる。胡桃はタンニンが豊富なので空気に触れるとすぐに黒くなる。初めは青々しかった胡桃がやがて黒ずんでしっとりしはじめ、ゼラチン質にまでなると熟成は完了、ノチーノ作りが始まる。
モデナにはOrdine del Nocino Modenese「モデナ・ノチーノ協会」があり、その製法は厳密に定義されている。まず材料は胡桃の果皮1kg(約33〜35個)、95度のエチルアルコール1リットル、砂糖700〜900g。さらにクローブやシナモンなどのスパイスやハーブを加えるのだが、何を使うかは製造者の自由だが、胡桃の香りを損なってはいけない。熟成は最低2か月。ガラス瓶に詰めた後日光が届く場所に保存し、時々抜栓して中身を容器にあけてよく混ぜる。最後に漉して黒いガラス瓶に移し替えるか、バルサミコの樽でさらに熟成させることもある。
ペドローニのノチーノ「シジッロ・オーロ」は2009年6月に収穫した胡桃を使った1950本限定生産のレア物。1年間かけて胡桃を熟成させ、5年間瓶と樽で熟成させたいわばリゼルヴァなのだ。その香りは豊かで胡桃本来のナッツ香の他にもシナモン、クローブ、バニラ、ダークチェリー、タバコなどさまざまなニュアンスが顔を出す。
甘口であると同時に白胡椒を思わせる辛味もあり、余韻が素晴らしく長い。ラザーニャやタリアテッレ・アル・ラグーなどの手打ちパスタや煮込みなど濃厚な料理の最後を締めるのに理想的な食後酒だ。しかし38度とアルコール度数は高めなので、口当たりがいいからといって飲みすぎには要注意だ。
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト