つねに成長と成功を信じ、高い目標を掲げて頑張ってきた私たちに、今、価値観の大転換が求められています。未来が見通せない今、それでもしなやかに、そして美しく生きるために必要なものとはいったいどんなことでしょうか。雑誌『Precious』3月号では特集「今こそ、「曖昧力」を身につけませんか?」を展開中。

「曖昧ななかで生き抜く力」=「ネガティブ・ケイパビリティ」に注目し、新時代を歩くための心構えを解説しています。

本記事では哲学者・小川仁志さんにお話を伺いました。生き方、働き方、暮らし方、考え方…すべてを見直す段階にある今、識者たちはどんなことを考えているのでしょうか。さまざまな活動が制限され、視野が狭くなりがちだからこそ知っておきたい「こんな時代の歩き方」を伝授していただきました。

小川 仁志さん
哲学者
(おがわ ひとし)1970年京都府生まれ。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。現在は、山口大学国際総合科学部教授。大学で教鞭を執るかたわら、「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践している。

今は答えを出さずに、「可能性を残しておく」その選択が、いちばん賢い時代なのです

世界規模のパンデミックに見舞われ、私たちは『一瞬先は闇』という時代を生きています。刻一刻と状況が変化するなかで「何が正解か」などわからなくて当然。

ただ、こんな時代だからこそ必要なものがあります。それが「何があっても動じない精神」です。この精神には前に進む強靭さ変化を受け入れる寛容さというふたつの本質があります。これまでは「強靭さ」ばかりが重要視されてきましたが、今や不確実なことをそのまま受け止める「寛容さ」こそが必要不可欠。そんな時代に突入したのです。

そんな「答えの出ない事態を受け入れる能力」を「ネガティブ・ケイパビリティ」といいます。18世紀のイギリスの詩人、ジョン・キーツが表現したもので「未解決のもの、不思議なものをそのまま受け止めること」を表します。

性急に答えを出すのではなく、本当の正解を導くため、むしろ可能性を残しておく。ずっと曖昧なままにするのではなく「今はあえて…選ばない」ことで「可能性を多く残し」、最後には「勝利をつかむ」。そのために「今は耐えよ」と言っているのです。決してネガティブな姿勢などではなく、前述の強靭さと寛容さの両方を備えた、今こそ身につけるべき、賢い考え方なのです。

古代ギリシャの哲学者、エピクテトスはこう言いました。「とりあえず・・・・・手に入るもので満足しないと幸せになれない」と。満足に浸りきるのではなく、今はとりあえず満足し、機が熟したら必要なものを選び取るという幸福の知恵です。

アメリカのジョン・デューイは「やってみてうまくいったら正しい。間違っていたら改善すればよい」という柔軟な思考「プラグマティズム」を提案しています。今選んだものをよしとし、だめなら変える。そういう選択こそが賢いと説いているのです。

また東洋の荘子による「胡蝶の夢」はご存じでしょうか。「蝶になった夢を見たが、もしかしたらそちらが現実で、人間の夢を見ているのではないか」という話です。そこで荘子は「どちらが本当かわからないのであれば、蝶も人間の人生も両方生きられる。そのわからなさを楽しめばよい」と考えます。選択肢や可能性があることにワクワクすればいいのです。

もしかしたらこれまでは、成功や幸せの形が均質化された、つまらない時代を生きていたのかもしれません。これからは混沌としたなかから新しい秩序をつくり出す、そんな時代が訪れることでしょう。

ならば本当の意味での可能性とは、何もかもが不確実な今こそ広がっていて、未来に希望を抱くことができる――。そんなふうに考えてみるのはいかがでしょうか。

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この記事の執筆者
TEXT :
Precious.jp編集部 
BY :
『Precious3月号』小学館、2021年
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ILLUSTRATION :
佐伯ゆう子
EDIT&WRITING :
本庄真穂、池永裕子(Precious)