猫の性質と言えば、マイペースでちょっとわがまま。そこがまたかわいいところでもありますが、実はそんな従来のイメージとは裏腹に、猫同士で支えあったり、あるいは人間を助けようとしたりするなど、健気な一面もあるのをご存知でしょうか?
今回は、行政に収容された猫や行き場のない猫の受け入れと新しい里親さん探し、また過剰繁殖抑制のための「そとねこ病院」の運営などを行うNPO法人『東京キャットガーディアン』代表の山本葉子さんに、“意外だけどちょっと心温まる”猫ちゃんのエピソードをふたつ、教えていただきました。
■1:「妹は僕が守る!」小さな勇者・トプちゃん
偶然にも始まった犬2匹、猫2匹の共同生活
これは、まだ『東京キャトガーディアン』という団体での保護活動をスタートする以前の話……。
山本さんが個人として初めて飼うことになった猫は、ハチワレの兄妹“トプちゃん”“カプちゃん”でした。生後2か月ほどのまだまだ小さい2匹。お兄ちゃんと妹……かどうかはわりませんが、体格からしてそう判断。近所で里親の募集をしていたのがご縁だったといいます。
ただ、この2匹をお迎えするには、少々困った問題が……。現在は猫の保護団体をしている山本さんですが、当時は犬2匹(ポメラニアンのリンダちゃんとウララちゃん)と同居しており、猫の飼育経験もなかったそうです。
一般的に、猫は縄張りを持って生きる動物です。猫同士であっても、先住猫と新参猫をいきなり一緒にするのは御法度。少しずつ慣れるように、顔合わせは慎重に慎重を重ねなければなりません。
テリトリーへの侵入は、犬にとっても警戒すべき事態。そして住まいはワンルーム。行き場のない子猫たちを引き受けるには、ユニットバスを最初の居場所にするしかありませんでした。
トプちゃん「気迫では負けてないよ!」
キャリーケージでこっそり連れ帰って隔離したのに、犬たちも猫たちも「向こう側に何かいる!」とすぐに気がつきました。大人猫に比べて順応性の高い子猫たちは、新しい環境であるユニットバスにはすぐに慣れたのですが、犬たちとご対面させるのはまだまだ時間が必要です。
山本さんはトイレやお風呂を使う際に、なるべく素早く出入りして“まずはほんの一瞬見えるだけ”。犬たちも興味津々です。子猫たちが必要量のご飯を食べ、ちゃんと排泄もし、健康面でも問題のないことを確認したうえで、ほんの少しずつ扉を開き、犬たちと顔合わせをする機会をつくってみることにしました。
すると、不思議な現象が……。扉を開けるたびに、妹のカプちゃんは兄のトプちゃんの背後にさっと隠れ、トプちゃんもまたカプちゃんをガードするかのような体勢を取るのです。
数回そんなやりとりがあり、ポメラニアンのリンダとウララが近づいて行ったときのことです。トプちゃんは「シャーッ!」と威嚇の声を放ち。万歳のように振り上げた両前足を床に思い切り「バン!」と打ちつける。そのあまりの気迫に、犬たちはフリーズしてしまっていたといいます。
……生後2か月の小さな猫たち。小型犬とはいえ、成犬のポメラニアン2匹が本気になれば、体力的にも戦闘能力でもかないません。圧倒的に不利な状態で、でも場所的に追いつめられたわけでもないのに、それでもトプちゃんは前に出て体を張って妹を守るようなそぶりを見せていたのです。
猫にもちゃんと兄弟愛はあるの?
山本さんはこのエピソードについて、こう話します。
「動物行動学的には、猫たちは親兄弟であっても独り立ちしたらそれぞれ縄張りを持って生きるため、エサなどが豊富なよい環境においても、一定の距離を取るのが普通です。敵対することもままあります。
トプちゃんの行動は、まだ独り立ちしていないもの同士の“寄り添って危機を乗り越える”……と見えないこともありませんでしたが、自分から前に出て行って背後の妹をかばう姿は本当に、“兄弟愛”のように私には感じられました」
お互いの存在に慣れて来た犬たちと猫たちは、しばらくすると一緒のフロアで生活できるようになり、トプちゃん名物「バン!」も、見られなくなりました。
それでも、この兄妹の寄り添いは、その後も変わることなく続いてゆきました。驚いたり環境の変化があったりするたびに、お兄ちゃんの後ろに行くカプちゃん。耳は後ろにいっちゃっているのに、なんとか体は前に出ようとするトプちゃん。地域の花火大会で大きな音がしたときなどに、毎回見られる光景でした。
その習慣は、兄トプちゃんが18歳で亡くなるまで、ずっと変わらなかったそうです。
■2:臆病猫たちが勇気を振り絞ったSOSコール
もしも飼い主に先立たれたら、猫はどうなる?
もうひとつ山本さんが強く印象に残っているエピソードは、飼い主に先立たれた2匹の猫、ユーちゃんとリーちゃんの物語です。
山本さんが運営するNPO法人『東京キャトガーディアン』では、高齢や単身、また特に今すぐの理由がなくても、万一に備えて愛猫を保護・引き受けする「ねこのゆめ」という積立金システムを運営しています。
ユーちゃん・リーちゃんの飼い主のSさんは、その依頼者のひとり。50歳前なのにガンが再発したSさんは、自分が倒れたあとの猫たちのケアと里親募集を、保護団体に託す契約をしたのです。
山本さんがSさんのお宅を訪ねると、ユーちゃん・リーちゃんは一目散に逃げて行きます。飼い主さん以外には、それはそれは臆病な猫ちゃんたちだったのです。外に宅配便の人の気配がしただけで、どこかに潜り込んで過ごしていたといいます。
飼い主Sさんの容態が急変
Sさんと山本さんとの打ち合わせは、病院のケアマネージャーさんを交えて行われることになりました。飼い主さんはギリギリまで一緒に愛しい子たちと過ごしたい。一方で、入院する事になったらすぐ安全に保護する段取りもつけておかなくては……という理由からの選択でした。
でも話し合いの場の病院に、Sさんは姿を見せませんでした。ケアマネージャーさんに電話が入って「今日は体調が悪くて外に出られない、日程を変えてほしい」と。
「また明日にでも電話をして」とその場では一旦引き上げた山本さんは、Sさんの様子をすぐ見に行かなかった自分の行動を激しく後悔することになります。
翌日の電話に、Sさんは出ない。次の日は電源自体が入っていないというアナウンス。もうただ事ではない状態です。病院・地元警察、総動員で声をかけますが「本人からの要請なしに鍵を壊して侵入することは……」との壁に突き当たります。
「一刻を争う状況の可能性があります!」「折悪しく遠方にいますが、今すぐ私も向かいます。でも2時間以上かかるんです!」。真夏の炎天下で駅へ走りながら携帯電話に必死のお願いをしますが、聞き入れてもらえません。
それでも、山本さんが到着するほんの少し前に、警察の方が裏口の小さな窓の鍵がかかっていないことに気がつき、そこから室内に。そして昏睡状態で倒れているSさんを発見して、病院へ搬送となりました。
警察や近隣の人の話によれば、ユーちゃんとリーちゃんは警察が室内に入って来るまで、外に向かって大声で鳴き続けていたとのこと。いつもなら宅配便の人の気配がするだけで、どこかに潜り込んで過ごすほど臆病な猫たちなのに……。
誰のためのSOSコールだったのか?
山本さんはそのときの状況についてこう話します。
「真夏でしたが飲み水はあって、直前までご飯も食べていたはずです。最長で2日、そうでなければ1日くらい。猫は我慢したり待てたりする動物です。
あの子たちの普段の行動だったら、人の騒ぎのする外に向かって鳴くというのはちょっと想像しにくかったので、やっぱりSさんの異変を知らせていたのではないかと。動物を擬人化しすぎることはよくないとわかっているのですが……」
なお、飼い主のSさんは病院に搬送後、残念ながら意識が戻ることはなかったそうです。ただ、病院で山本さんが『ユーリーちゃんたち(Sさんは2匹合わせてそう呼んでいました)は、無事ですよ。これから一緒にシェルターへ行きますね』と耳元で伝えたところ、酸素マスクの下の唇がわずかに動いたそうです。
このとき、Sさんが何を伝えたかったのかは定かではありません。ただ、2匹の猫は山本さんによって無事保護された(そのときには、いつもの臆病猫に戻っていて一苦労したそうですが……)のち、シェルター暮らしを経て、新しい里親さんの元へ旅立って行ったといいます。
自分本位に生きているイメージのある猫ですが、実はこんな助け合いのエピソードもあるなんて、よりいとおしさが増しますよね。そんな愛くるしい猫たちが、未だに年間数万頭も殺処分されていると言う実態をご存知でしょうか? 不幸な猫たちがこの世から1匹もいなくなるように、私たちひとりひとりも何かできることがないか、常に考えていきたいものですね。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- WRITING :
- 中田綾美