あなたは誰のことが嫌いですか? 理由もなく嫌いなものがありませんか?
『「嫌いっ!」の運用』を上梓した脳科学者の中野信子さんは、「『嫌い』という感情は、自分を守るためにとても大事。ぜひそれを生かして『運用』してほしい」おっしゃいます。
SNS上では「嫌い」の感情が爆発しがちな今、私たちは、「嫌うこと」「嫌われること」とどう向き合っていけばいいのでしょうか。
「嫌い」の運用方法について、中野さんに教えていただきました。
今回は「嫌い」という感情の正体についてお伺いします。
人は誰かを嫌わずには生きていけない
——まず初めに、中野さんが「嫌い」という感情に着目した理由を伺えますか。
以前私が書いた本に『脳はどこまでコントロールできるか?』(ベスト新書)というものがあり、そのときに「コントロール」という言葉だけを聞いて、嫌な気持ちとか、誰かを嫌う気持ちをなくすべきだと思われる方が多かったんです。
相手には何の落ち度もないのに恨んでしまう、というような「望ましくない感情」というのが人間にはあるわけですが、それを無くすためにはどうすればいいか、ということを私が書いていると誤解されるんですね。
すると「中野さんはネガティブなことを思わないんじゃないか」って誤解されることも多くなり、「私は人間じゃないと思われてるんだろうか…」という気持ちが大きくなってきたんです(笑)。
——『「嫌いっ!」の運用』では、「人は何かを嫌わずに生きていけない」と書かれています。
「嫌い」の感情を消し去ることは不可能です。私も人間ですから、もちろん「嫌い」の感情を持っています(笑)。人類は、誕生してから何十万年も経っていますよね。
これだけの時間が経っても我々がこの感情を持ち続けているのは、重要な意味があったはずだからです。この感情を持っている個体と、そうでない個体では、持っている個体のほうが生存確率が高かったと考えられます。つまり、生き延びるためには、この感情があるほうが有利だった。
もちろん、不快な感情ですから、本人の思いとしては、持っていたくはないものでしょう。また、不快な感情は、持ち続けているだけで、その感情に割りあてる分の脳を動かさなければなりませんから、エネルギー的にコストもかかるのです。
ならば、捨てたほうがよさそうなものですが、それにも関わらず持っている、というのが重要なところなのです。
「嫌い」には「我慢できる嫌い」と「生理的に受け付けない嫌い」がある
——つい、「嫌い」という感情を持つことはいけないことだと考えてしまいます。
私たちは「自分の感情=気持ち」をあらわにしたり、感情の赴くままに物事を判断することは大人気ないと刷り込まれていますよね。特に、Precious世代には、そう感じる人が多いのではないでしょうか。
けれど、「嫌い」という感情は、そもそもなくすことのできない脳の重要な反応。例えば「悪臭」「まずい」「耳障り」などの不快なことは、自分に不利益を与える可能性を脳が計算して、それを遠ざけるために「嫌い」という感情を使っているわけなのです。
——なるほど。脳の反応だとわかっていれば、罪悪感も薄まる気がします…(笑)。
脳から見れば、「嫌い」には「我慢できる嫌い」と「生理的に受け付けない嫌い」の2種類があって、それぞれ担当する分野が違うんです。
まず「この店の味が好き」「この顔は苦手」というような、自分の主観的な好みを決める分野が「眼窩前頭皮質(OFC)」と言われる部分。
眼球が収まっている眼窩という頭蓋骨の空洞のすぐ上に位置しています。物事の価値を見極め、判断をして、自分にとってより良い選択をするための処理をしている分野です。ここで感じる「嫌い」は「この人苦手だな。でも仕事だから一緒にいなくちゃ」というように、我慢すればなんとかなるというものです。
嫌いな食べ物は無理に克服しなくてもいい
対して「生理的に受け付けない」「言葉にできないけれど気持ち悪い」という反応は、脳の「扁桃体」という分野が関係しています。この「扁桃体」は、快・不快を感じて、より直接的に好き嫌いを判断する部分。特に恐怖を感じたときに活発に活動することが知られています。「こういう音がすると自分はひどい目にあう」という条件づけが行われるのも、この分野です。
例えば「生牡蠣にあたった」「野生のキノコを食べて嘔吐した」というような理由から、私たちは過去に食べて体調が悪くなった食品を避けますよね。これは「扁桃体」が作用した結果。
また、「辛いのは苦手」というような味への嫌悪も、「扁桃体」が舌から伝わる味覚情報や、内臓から伝わる不快の情報を処理した結果なんです。つまり、食べ物に対する好き嫌いの選択も、セキュリティ反応であり、自己防衛反応なのです。そう考えれば、食べ物に対する好き嫌いはとても大事な反応ですから、無理に克服する必要はないと思います。
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次回は、「いい人は収入が低い!?」をテーマにお届け致します。
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- WRITING :
- 阿部洋子