人は誰しも、何かに対して「嫌い」という感情を持っているもの。脳科学者・中野信子さんによると、何かを「嫌う」時、そこには非常に大きなエネルギーが生まれているのだそう。

そのエネルギー、せっかくなら自分のために使いたい! 過去2回の記事では(第1回第2回)、脳科学者中野信子さんに「嫌い」という感情に自分自身が向き合うためのアイディアを伺いました。

今回は「嫌い」という感情を相手に上手に伝え、自分の心を守る方法を伺います。

「嫌う」ことは「大人気ない」?

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脳科学者・中野信子さん

——第一回でもお伺いしましたが、やはり「嫌い」という感情を持ってはいけないものだ、と思っている人は多そうですよね。自分自身の「嫌い」の感情をタブーにするとどんな問題が起きるのでしょうか。

・「人間の面倒な特徴として、「これは良くないな」と思うと、かえってそのことにばかり目が向いてしまうというところがあるんですね。

ですから「嫌いという感情はよくない」と思うと、「そんな感情を持ってしまうなんて、自分こそが良くない人間だ」と思い込んでしまったりする。「こんな感情を持っている自分の方が悪い」「自分は価値が低いに違いない」と思ってしまうんですね。ですが、人を嫌うのは正常な反応。嫌いなものは嫌いに決まっています(笑)。

個人的に、こういう状況に陥ってしまうのは特に女性の方が多いと感じます。

——それは理由があるのでしょうか?

人間はある年齢以上になると「大人として生きなさい」と刷り込まれますよね。特に女性は「こうしないと結婚できないよ」とか「女のくせに」と言われながら育つ人が多い。そういう過程を経て、嫌いという感情を持つことはいけないことで、「大人気ない」のだろうと思うようになるわけです。

じゃあ、常に大人でいることが正解なのかと言えば、そんなことはない。我々は「老害」という言葉をよく使うようになりましたが、子供でいるべき場面もあるように思います。

よく日本人の特徴として「新しい挑戦をしない民族だ」とか「殻を破れない」と言われますが、これは社会で過剰に「大人」が求められる弊害だと思います。

「大人」というのは、要するに組織のなかでうまく使える人間ということなんですよね。「女のくせに」とか「大人気ないよ」という言葉は、歯車として規格外品になるぞという脅しの言葉なわけです。

我々人間は社会という組織の中で、いつも圧力を受けながら生きてます。特に女性は男性に比べて筋力が少なく体格も小さいので、追い詰められやすい性別であるため、「大人気ないね」と言われた時に恐怖心を感じやすい。

——なるほど。そういう状況と、女性はどう向き合っていけばいいのでしょう。

その場では「すみません」と切り抜けるにしても、そのときに思った悔しさや相手への「嫌い」という感情は持っていていいわけですよね。時が来たら、その人を押しのける材料として使ってもいい(笑)。

「「嫌いという感情はよくない」という刷り込みから、「そんな感情を持ってしまう自分は良くない人間だ」という思い込んでしまう人もいます。これは”認知のゆがみ”です

「こんな感情を持っている自分のことこそが嫌いだ」「誰かを嫌いである自分には価値がない」という考えにとらわれてしまっている人が、読者にもいるかもしれません。

けれど、嫌いな人がいるというのは別におかしなことではありませんし、むしろ生き物として正常な反応なのですから、まずは自分の生き物としての反応が正しく行われたことについて安心してほしいものだと思います。

ただ、こういった社会的刷り込みが強く行われてしまうのは、弱い立場にある人に対してであることが多いものでもあります。現代の社会状況では女性が犠牲になりやすいところかもしれません

私たち人間は社会の中にあって、いつも社会を構成しているほかの個体のメッセージを受け取りながら、自分の行動を調整して生きています。時には、自分の意志と社会的メッセージに大きく乖離が生じてしまうこともあり、その場合には、社会的メッセージが”圧力”だと感じられることもあるでしょう。その圧力を受けながら、私たちは生きています。

女性が影響をうけやすい、というのは特に脳がそうできているというわけではなく、単純に男性と比較すると筋力が少なく、体格も小さい傾向にあるためです。集団の意思が自分とは違うところにある場合、それに抵抗するための物理的な力をもちづらく、追い詰められやすいという特徴をより持っているということです。

あなたは誰それのことを嫌いだとかいうけれど大人げないですよねえ、などと言われたときに、それに抗って、そんなことを面と向かって上から文句を言われる筋合いはありませんし何ならあなたは私の行動に嫌悪感を持ったということですよね、あなたのほうこそ大人げないんじゃないですかねえ、などと堂々と言い返すことが難しくなってしまいます。

言い返して、それに対して相手が言い返せずに怒りを感じてしまった場合、体格差があると、相手から暴力を振るわれてしまう可能性が高いからです。

——なるほど。そういう状況と、女性はどう向き合っていけばいいのでしょう。

危機回避が最も重要です。

その場では「すみません」と切り抜ける能力も時には必要です。ただ、そのときに思った悔しさや相手への「嫌い」という感情まで、消す必要はない。じっくりと戦う方法を考え、時が来たら、その人に対して仕掛ける罠の材料として、その発言や相手の弱点を使うのも有効です。

「嫌い」という感情は大きな力です。相手を傷つけたり陥れたりするために使うのももちろんその人の自由なのですが、せっかく強い思いが生まれたのなら、なにかを成し遂げるために使ったほうがより無駄がないかなとも思います。自分のために、価値的に使うのが、投資効率としては良いのではないでしょうか。」

「半沢直樹」に学ぶ、「嫌い」の伝え方

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「嫌い」の伝え方

——前回、「いい人」は協調性があるために搾取されてしまうことがあるというお話も伺いましたよね。やはり時には相手に「嫌い」だということを伝える必要があるのでしょうか?

そうですね。「嫌い」という感情を運用する上で、相手に直接伝えるということは重要です。なぜなら「嫌い」を上手に伝えられれば、「嫌い」という感情を大事にする突破口を見出すことができるから。

ただし、伝え方には気をつけましょう。上手に「ちょっと嫌です」と言うためのバリエーションをたくさんストックしておくことが大切です。

——「嫌い」を上手に相手に伝えるための、ポイントを教えていただけますか。

まず「人格を責めないこと」。そして「自分が認めているその人のよさをセットで伝えること」です。

例えば、大人気ドラマの「半沢直樹」では、香川照之さんが演じる大和田常務の台詞が印象的でした。敵対する半沢に対し「私はね、この世で一番おまえのことが嫌いなんだ」と言った後に、「だが、バンカーとしての実力だけは認めてやる」と続けます。

この後物語では、二人はタッグを組むことになるわけです。こうした言い方は、相手の上辺だけを褒めて媚びるよりも、ずっと信頼される振る舞いですよね。

——『「嫌いっ!」の運用』では他にもたくさんの「嫌い」の伝え方が書かれています。かなり実践的ですね。

そうですね。「嫌い」という感情を持ってもいいんだよ、と抽象的に書いても、言い慣れていない人は「やっぱりそう言われても…」となりますよね。そういう人たちに、こうすれば「嫌い」もうまく使えるんだなと実感してほしくて、なるべく使える例を盛り込んでいます。

何か嫌なことを言われた時に、「そういうことを言われると、私もちょっと不快です」と、それくらいは言ってもいいじゃないですか。自分のなかに「嫌い」という感情が生まれていることを、その場で相手に伝えていいんです。

次回は、「自分を攻撃してくる人への対処法」をテーマにお届け致します。

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この記事の執筆者
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WRITING :
阿部洋子