のっけから古い話で恐縮だが、1949年のイタリア映画「にがい米」を覚えている人はいるだろうか?シルヴァーナ・マンガノが主役を演じたこの映画のテーマは文字通り米。イタリア屈指の米どころヴェルチェッリには、収穫期になるとイタリアのあちこちから列車に揺られて季節労働の稲刈り女性労働者「Mondine(モンディーネ)」たちがやってくる。

イタリア生まれの黒い酒「サケ・ネーロ」

20世紀のイタリア映画の名作「にがい米」。シルヴァーナ・マンガノ(右から3人目)が演じたモンディーナの生涯は美しく、悲しかった。
20世紀のイタリア映画の名作「にがい米」。シルヴァーナ・マンガノ(右から3人目)が演じたモンディーナの生涯は美しく、悲しかった。

その生活は実に厳しくて過酷な3K労働の日々。ヒロインのシルヴァーナも短いモンディーネ人生を終えるのだが、ラストシーンで米は実に重要な役割を果たしているので、まだ見てない人は是非一度見てみることをお勧めしたい。

黒米から作られたイタリア初のSAKE

北イタリア・ヴェルチェッリ生まれの「サケ・ネーロ SAKE NERO」。そのインパクトあるビジュアルはイタリアのバーシーンで早くも話題となっている。
北イタリア・ヴェルチェッリ生まれの「サケ・ネーロ」。そのインパクトあるビジュアルはイタリアのバーシーンで早くも話題となっている。

「にがい米」の舞台となったヴェルチェッリは、昔も今も米どころとして栄えているが、現在は特にリゾット用の米の一大生産地をなっている。そのヴェルチェッリから今回誕生したのが「にがい米」ならぬ「黒い酒 サケ・ネーロ」これはペネローペ種という黒米から作られたイタリア初のSAKEだ。

とはいえ通常の日本酒のようにまず米を蒸してでんぷん質を糖化させ、麹の働きによって糖をアルコール発酵させてつくっているわけでない。その意味で日本酒、ではなくSAKEなのだ。原材料となる黒米はリゾット用プレミアム米の第一人者と知られるアイローニ社のもの。同社は日本でもすでにおなじみで、世界中の高級イタリア料理店で愛用されている米メーカーだ。

ロンドンドライジンにドライ・ベルモット、「サケ・ネーロ」を加えた「ブラック・マティーニ」。辛口の中にも米の旨味やカラメル香漂う逸品。
ロンドンドライジンにドライ・ベルモット、「サケ・ネーロ」を加えた「ブラック・マティーニ」。辛口の中にも米の旨味やカラメル香漂う逸品。

サンプルが届いたので早速この「サケ・ネーロ」を味わってみることにする。漆黒のケースから取り出して見ると、透明なガラス瓶の中にはバルサミコを思わせるような、茶色がかった黒い液体が。瓶を動かして見ると、ややとろみがかっているのがわかる。

開封して香りを嗅いで見ると、ナツメグやシナモンの香りは日本酒ではなくベルモットを思わせる。アルコール度数17%と日本酒よりもやや高めだが、口に含むとややスモーキーなフレーバーに加え、黒飴を思わせるような甘み。日本酒よりもイタリアの食後酒アマーロやノチーノに近く、チーズやチョコレートをおともににちびちびやるのもよさそうだ。ともに試飲したシークレットバー「ラスプーチン」のバーテンダー、ダニエレ・カンチェッラーラは「アルコール度数は低いけれどこれはカクテルによさそうだ」という。

「サケ・ネーロ」が提案するさまざまなオリジナル・カクテル。「ゲイシャ」「オイラン」というキーワードが登場するのもご愛嬌。
「サケ・ネーロ」が提案するさまざまなオリジナル・カクテル。「ゲイシャ」「オイラン」というキーワードが登場するのもご愛嬌。

実際に「サケ・ネーロ」が提案しているミクソロジー=カクテルの例を見てみると、まず「オイラン・ポイズン 」(毒花魁?)はサケ・ネーロ30ml、ヴェルモット・アマーロ30ml、蓮の芽のビター4滴、豆茶で煎じたジン30ml。

氷を満たしたショットグラスにジン以外の材料を注ぎ、最後にジンを静かにゆっくりと注ぐ。黒を基調としたグラデーションを見た目で楽しむプレゼンテーションで、甘いけれどぴりっと苦い、そしてなかなか強い一杯。花魁にこの黒い酒を出されたならば一瞬ぎょっとなるだろうが、ええい毒をくらわば皿までよ、とばかりに飲み干したくなるそんな酒だろうか。

「ゲイシャ・ブレックファースト」(芸者朝食)はサケ・ネーロ40ml、ココナッツミルク30ml、はちみつミッレフィオーリ15ml、ヘーゼルナッツ・リキュール10ml。

全ての材料を50gの氷とともにブレンダーに入れ高速で10秒間回す。出来上がったフローズンスタイルのカクテルを磁器の器に注ぎココナッツパウダーとエディブルフワラーを飾る。甘くてややエキゾチックなカクテルは、イタリア人にとっては芸者の朝食というイメージなのかも。                                                                          

「リゾ・ウーヴァ・エ・モルト」直訳するならば「米、ブドウ、モルト」サケ・ネーロ30ml、バローロ・キナート30ml、アンゴストゥーラ・ビター4滴、ダブル・モルト・ビール30ml。全ての材料を氷を入れた小さめのカクテルグラスに注ぎ、静かにステア。最後にビールを注ぎ再びステア。サケ・ネーロとバローロ・キナートは従兄弟同士のような相性の良さを見せてくれるはずで、そこにビールとビターで苦味をプラス。米、ブドウ=ワイン、ビール=モルトという異なる製造法の酒3種類のブレンド。

そのハードなボトルデザインは、一度見たら忘れられない。日本のバーシーンに登場するのも間も無くか。
そのハードなボトルデザインは、一度見たら忘れられない。日本のバーシーンに登場するのも間も無くか。

「ペイント・イット・ブラック」ローリングストーズの楽曲にちなんだこのカクテルはサケ・ネーロ30ml、ベルガモットのロゾーリオ15ml、梅酒15ml、炭で風味をつけたシロップ15ml、ライム15ml、ラバルバロ(カラダイオウという薬草)のビター3滴。

これは馴染みのない材料が多いので少々味が想像しにくいかもしれない。まず全ての材料を氷とともにシェイカーに入れ、10秒間強めにシェイクし、マグカップに注ぎ、ミントの葉を飾る。見た目は昔懐かしモスコミュール、苦さがほとばしる中にも甘さやベルガモット、梅の香りが心地よい、そんな大人の一杯のはず。何もかも忘れたい時、全部黒く塗りつぶしたくなる時にはとりあえずこいつを一杯。翌日ブラックアウトしないようにくれぐれも飲み過ぎには注意を。

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。