トレンドを象徴するモードのなかに見出すリアリティという普遍性|櫻井賢之

コート・ニット・Tシャツ(ボッテガ・ヴェネタ ジャパン)
コート・ニット・Tシャツ(ボッテガ・ヴェネタ ジャパン)

ジェントルマンの装いとして櫻井さんがまず選んだのは、ボッテガ・ヴェネタ『ワードローブ01』のコートルック。クリエイティブ・ディレクターのダニエル・リーが、ライフスタイルのエッセンシャルワードローブと位置づけるコレクションだ。「紳士の装いにトレンチコートは欠かせないものですが、僕がコートに求めるのは〝空気感〟。スーツが着る人の体にぴったりと合わせて美しさを発揮する服であるのに対して、コートは空気を纏うようなシルエットでエレガンスを発揮するものだと思います。このブラックトレンチも、ボリューム感のあるドレープによって表情が生まれ、男の奥行きを表現してくれます」

シャツ・中に着たシャツ(エルメスジャポン)
シャツ・中に着たシャツ(エルメスジャポン)

フランスの彫刻家兼デザイナー、ジャン=ルイ・ソヴァが描いた「ホース・ダンス」の図案をプリントしたエルメスのシャツ。今季はシャツをジャケットのように(シャツに)レイヤードしたり、ジャケットをシャツのようにパンツにタックインするなどアレンジも独創的。「エルメスのスタイリングは本当に自由で遊び心に溢れています。スタイリングにルールを設けていないのがらしさのひとつ。紳士には教養や礼儀だけでなく、ユーモアも不可欠。このプレイフルなルックからは、そんなウィットあるユーモアを感じますね。ときには型を破ってみる。そうして初めて見えてくる美しさもあると思います」

コート・ニット・パンツ・靴(プラダ クライアントサービス) ソックス/本人私物

カーディガンのように柔らかな一枚仕立てのチェスターコート、スエットのデザインを取り入れたセーターとニットパンツ。テーラードとカジュアルの大胆なミックスも目を引くが、特筆すべきはこれらすべてがカシミア100%であることだ。「カシミアは冬素材と思いがちですが、優れた吸放湿性により海外では春夏の服にも採用されます。極上のなめらかさ、軽やかさ、繊細さを肌で感じるには、やはりカシミアが最適。それを全身に用いたプラダのルックは、ラグジュアリーを体現している。上質にこだわったスタイルは、心の余裕をもたらしてくれます。それを肌で体感させてくれるはずです」


タイムレスで、タイムリーな装いを

櫻井賢之さんは、雑誌編集者からスタイリストへ転身した異色の経歴をもつ人物である。編集者時代は日本屈指の男性ファション誌に携わり、それこそトラッドなアイテムを星の数ほど見てきたが、現在彼のスタイルの根幹をなしているのはラグジュアリーブランドが提案するモードファッションだ。

「クラシックなものにも大きな魅力を感じますし、仕事でも長年多くのクラシック名品に触れていますが、一方で巨匠・気鋭とよばれるデザイナーによって本気でデザインされたモードの世界にも惹かれます。ファッションは着る人のキャラクターと一体になって初めて成立するもの。そう考えたときに、やはり自分にはモードがしっくりくるなと思ったのです。ルールや既成概念にとらわれない、アーティスティックなアプローチで具現化されたアイテムの数々には、ファッションの原点である新しいものを見たときの高揚感が凝縮されていると感じますね」

今回、ジェントルマンのためのスタイルという本誌のリクエストに対して櫻井さんが提案してくれた3コーディネートの共通テーマ。それはモードのリアリティというものだった。「モードは時代を体現するファッションですが、だからといってワンシーズンで価値がなくなってしまうものではありません。モードのなかにも、タイムレスなもの、エッセンシャルなものはたくさんありますし、毎シーズンのコレクションテーマは変われど、そのバックグラウンドにはブランドやデザイナーの普遍的な美学が宿っています。その哲学に共感しつつ、最新のコレクションで新しさの高揚感を楽しむ。これがモードとの付き合い方ではないでしょうか。今回は僕が大好きなブランドの春夏コレクションから、紳士にとってエッセンシャルな美学を体現したルックをピックアップしました。それを纏うことで、ラグジュアリーモードの奥にあるリアリティを感じていただけたらうれしいですね」

さらに櫻井さんは、モードとクラシックにおけるテーラリングの違いに言及したうえで、モードならではの魅力について次のように話す。「クラシックの基本的な考え方というのは、人の体にサイズを合わせることだと思います。ムダなシワやダブつきを排除し、体に過不足なく合った美しさを追求した一着。それがクラシックの文脈で考える格好よさです。対してモードの服は、まず洋服そのものの美しさを徹底的に追求する。今、僕が着ているコートのようなビッグシルエットも、服自体の造形美を突き詰めた結果。そこに身体が融合することによって、着る人のキャラクターと一体になった佇まいが生まれる。そんな存在感が、モードの格好よさではないでしょうか。だからこそ、クラシックには様式美、モードには時代性が色濃く反映されるのだと思います」

このように持論を披露したうえで、櫻井さんはモードのリアリティというテーマの真意について次のように締めくくった。「ブランドの本質的なフィロソフィーと、デザイナーの卓越した時代性を楽しめるのがモードの真骨頂。言い換えればタイムレスとタイムリーを同時に味わえるのが醍醐味なのです」

櫻井賢之さん
スタイリスト
1971年生まれ。1996年に婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社し、雑誌『MEN’S CLUB』編集部などを経てスタイリストとして独立。現在は広告・芸能・雑誌など幅広い分野でスタイリングやディレクションを手掛ける。
<出典>
MEN'S Precious春号「この服とスタイルで生きていく!」
【内容紹介】竹野内 豊/この服とスタイルで 生きていく!/「変える」シャツ「、変えない」シャツ/「グレージュ」カジュアル/21世紀の「真名品」/ラグジュアリー・カー&ウォッチ/紳士の名品肌
2021年3月4日発売 ¥1,230(税込)

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この記事の執筆者
TEXT :
MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2021年春号より
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PHOTO :
川田有二
STYLIST :
櫻井賢之
HAIR MAKE :
宇津木 剛(PARKS)
MODEL :
Daisuke