注目のクラフトジン・メーカー「ワインスティラリー」はキャンティ・クラッシコ地区の最奥部、ガイオレーレ・イン・キャンティにある。フィレンツェなら車を使ってもたっぷり1時間半はかかる自然豊かなエリア。この辺りは古くから有名ワイナリーが多い、銘醸ワインを育む恵まれた土地だ。

トスカーナ生まれのクラフトジン「ワインスティラリー」に注目

「わたしたちのジン作りは、まずウドウを育て収穫し、ワインとすることからはじまる」と語ってくれたのは兄である醸造家のニッコロ。
「わたしたちのジン作りは、まずウドウを育て収穫し、ワインとすることからはじまる」と語ってくれたのは兄である醸造家のニッコロ。

「ワインスティラリー」の母体となるのはワイナリー「キオッチョリ・アルタドンナ」で、自ら育てたブドウを使ってワインを作るだけでなく、そのワインを蒸留してジンはじめウォッカやリキュールまで作ってしまうという凝りようなのだ。

一方弟のエンリコは弁護士を目指しながらも蒸留家の夢が諦めきれず、父親を説得してディスティラリーを作ってしまった情熱家。
一方弟のエンリコは弁護士を目指しながらも蒸留家の夢が諦めきれず、父親を説得してディスティラリーを作ってしまった情熱家。

通常クラフトジン・メーカーは原材料となる大麦やジャガイモ、ライ麦、ジュニパーベリーなどの原料を購入し、それを自社で蒸留して作ることがほとんだ。しかし「ワインスティラリー」はその原材料までも、しかも一度ワインにしてから蒸留するスタイルはイタリア広しといえども他に類を見ない。

このプロジェクトを始めたのはニッコロとエンリコの兄弟。兄のニッコロは家業を継いでワイン作りに精を出し、醸造家=エノロゴとして活躍。一方弟のエンリコは、大学で法律を学び本来は弁護士をめざすはずだったのだがワイナリーに生まれたその血に抗えなかったのか、一転して蒸留酒作りを目指す。若い時にアメリカを旅してウイスキー作りを学び、その面白さにはまってしまったという実にユニークな経歴な持ち主なのだ。

これが敷地内のあちこちに自生しているジュニパーベリー=ねずの実。実際に口に含むとなんともいえない甘さと爽快な香り。
これが敷地内のあちこちに自生しているジュニパーベリー=ねずの実。実際に口に含むとなんともいえない甘さと爽快な香り。

現在ニッコロとエンリコ兄弟が作るのは「ロンドン・ドライ・ジン」「オールド・トム・ジン」「タスカン・レッド・ベルモット」「タスカン・プレミアム・ウォッカ」の4種類。特にジンにおいてはさまざまな薬草や植物などのボタニカルを加えて作るが、重要なのはなんといってもジンの語源となったジュニパーベリーだ。エンリコの車に同乗してワイナリー「キオッチョリ・アルタドンナ」の敷地を案内してもらう。

これがサンジョヴェーゼ、あれがメルローといろいろとブドウを見せてもらった後、エンリコが味見させてくれたのが野生のジュニパーベリーだ。ひとくち口に含むと野生であるというのに渋みや嫌な苦味は全くなく、優雅な甘さとなんともいえない芳しい香りが口中に広がる。多くのクラフトジン・メーカーがトスカーナ産の上質なジュニパーベリーを争うようにして購入しているというのに、ここでは敷地内にたわわに実っている。いやはや、文字通り恵まれた土地とはこう言う場所のことを言うのだろう。

カスタムメイドのポットスチルを前に蒸留のテクニックを解説してくれるエンリコ。蒸留は危険も伴うだけにその管理も厳しく、徹底している。
カスタムメイドのポットスチルを前に蒸留のテクニックを解説してくれるエンリコ。蒸留は危険も伴うだけにその管理も厳しく、徹底している。

蒸留所に戻り、今度はエンリコに蒸留方法を解説してもらう。ウイスキーと同じく独特の形状の蒸留器=ポットスチルは、同じトスカーナのモンテリッジョーニにある老舗フリッリ社が手がけたス・ミズーラ。代表的な2つの蒸留法であるベネット型(浸漬法)とカーターヘッド型(蒸気抽出法)のふたつを組み合わせ、シングルでもダブルでも自由な蒸留ができるすぐれものだ。この高品質のポットスチルが、高圧蒸気でジュニパーベリーの香りを一瞬にして抽出し、そのアロマを残すことなくジンへと伝えることを可能にしているのだ。

トスカーナというテロワールを反映したクラフトジン

「ロンドン・ドライ・ジン」を使ったジントニックをまずはいっぱい。甘み、香り、舌触り、全てが極上のトスカーナ産クラフトジン。
「ロンドン・ドライ・ジン」を使ったジントニックをまずはいっぱい。甘み、香り、舌触り、全てが極上のトスカーナ産クラフトジン。

「ロンドン・ドライ・ジン」は、トスカーナ産のジュニパーベリーの他にコリアンダーシード、アンジェリカ・ルート、イリス・ルート、オレンジピール、シナモンなど実に13種類のボタニカルを使用。本来ジンとは穀物やトウモロコシを原料としてニュートラルなアルコールを抽出するのだが、エンリコによればワインを蒸留するとやはりワインが本来持つ香りが感じられるという。

実際テイスティングしてみると、確かにスミレの花のような香りの奥に、清涼感が際立つジュニパーベリーや様々なハーブの香りが顔を出す。まるでトスカーナの森を散歩しながら路傍のボタニカルをひとつひとつ手にとって嗅いでいるような、そんな気分にさせてくれるのだ。

エンリコのもうひとつの自信作が「タスカン・ベルモット」。クラフトジン人気に比例してか、最近イタリアではクラフト・ベルモットの人気も高まっている。
エンリコのもうひとつの自信作が「タスカン・ベルモット」。クラフトジン人気に比例してか、最近イタリアではクラフト・ベルモットの人気も高まっている。

もうひとつの逸品が「タスカン・ベルモット」だ。ベルモットという名前自体はトリノ生まれだが、ワインベースのリキュールは昔からトスカーナでも作られており18世紀の古文書にすでにその記録や製法があらわれているほどだ。エンリコが目指す「タスカン・ベルモット」は、そんな古いトスカーナ産ベルモットに再び脚光を与えるべく作られたもの。

大量生産のベルモットにはカラメルや色素なども使われているが「ワインスティラリー」の「タスカン・ベルモット」は100%天然成分のみを使用。そのナチュラルな香りと甘さは実に舌触り良く、一度味わったら虜になってしまうこと請け合いだ。やはりサンジョヴェーゼの特徴である華やかなスミレの香りとローズマリーやニガヨモギなど中部イタリアらしいアロマティック・ボタニカルの香り。口に含めばフローラルかつ刺激的な味と香りが広がり、食前酒でも食後酒としても、もちろんカクテルでもその際立つキャラクターをしっかりと発揮してくれることと思う。

とっておきのジンが「コッパー・ストレングス」でアルコール度数は70度。抽出した蒸留液を水で割らず、香りや旨味をダイレクトに味わえる。
とっておきのジンが「コッパー・ストレングス」でアルコール度数は70度。抽出した蒸留液を水で割らず、香りや旨味をダイレクトに味わえる。

もうひとつ「これは特別」といってエンリコが試飲させてくれたのがミドルカットせずに作った蒸留液そのものである「コッパー・ストレングス」でアルコールはなんと70度!!なによりも強く深い香りの中に、なんとも芳しい香木のようなアロマが隠れている。口に含めば様々なハーブの他に茶葉の甘さや生姜のようなスパイシーさも感じる。最良の飲み方はジントニック、しかし度数には要注意だと笑いながらアドバイスしてくれた。

こちらはオリジナルケースに入った試飲用サンプルセット。あとは氷とトニックウォーター、レモンやライムを用意したらおうちでバータイムの始まりだ。

近年イタリア産クラフトジンの興隆とともに原材料にイタリア産を多用した「メイド・イン・イタリー」のカクテルが人気だが、ワインを原材料とした蒸留酒を作る「ワインスティレリー」は、そうしたカクテルバーからは大人気で引く手数多。なによりもその哲学とストーリーを聞くと、味わってみたくなるではないか。

なによりもトスカーナというテロワールを反映したジンはイタリア好きならば避けて通れない。また、一度味わったら普通のジンには戻れない、そんな極め付けのジンであることは間違いない。

WINESTILLERY

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。