瀬地山 角さん、教えてください!「妻のかたち」はどう変わりゆくか

話題のジェンダー論学者が「妻」の歴史と現状を解説します

女性の立場がドラスティックに変化を遂げている今、専門家はその変容をどうとらえているのでしょうか。さまざまな現象をジェンダー論の観点から問題提起する社会学者・瀬地山角さんに、日本における「妻のかたち」の歴史と現状を考察してもらいました。

瀬地山 角さん
社会学者
(せちやま・かく)東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。北海道大学文学部助手などを経て、2009年より東京大学大学院総合文化研究科教授。この間にソウル大に留学、ハーバード大、カリフォルニア大バークレー校で客員研究員。著書に『お笑いジェンダー論』(勁草書房)ほか。

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「妻」の歴史を振り返ってみると

昭和、平成、そして令和。激動の時代を生きてきた私たちですが、それを「家庭」や「妻」に特化して見つめ直したとき、どんな変遷が見られるのでしょうか。まず、その歴史をひもといていきます。

「その昔、明治末期までさかのぼると、多くの家庭のなかにおける妻は貴重な労働力という位置付けでした。炊事や子守りは年寄りや年長の子供が担い、彼女たちは野良仕事の戦力だったのです。それが今から100年ほど前、年号も大正に変わった1920年ごろから、東京や大阪など都市部の開発が進み、日本の家族はその姿を大きく変えていきます。都市部から郊外に向けて鉄道を敷き、宅地造成を進めたのは阪急電鉄の小林一三ですが、東京でもこのビジネスモデルにならって鉄道と宅地の開発が進み、中産階級向けの住宅地が量産されていったのです」

農村から都市部に人が流れ、裕福な層の一部は、その住宅地に核家族を形成します。さらにそれまでの日銭ではなく月給をもらう男性が増え、「サラリーマンの夫と専業主婦の妻」という組み合わせが生まれたのです。

「『主婦の友』『婦人倶楽部』が創刊されたのも1920年前後、さらに『主婦と生活』『婦人生活』が加わって【主婦四誌】と呼ばれるようになりました。いずれも1月号の付録に家計簿がつき、それがずいぶんと売れたようです。夫の月給のやりくりは妻の役割だったのです」

さらに高度経済成長期、大都市部で生まれた家族の形は全国に広がります。

「国勢調査を見ると、働く女性の割合が最も低いのが1975年。いわば主婦という妻の生き方がここで確立し、完結しました。それから約45年が過ぎ、状況は変わり続けています。数値では、今や共働き世帯は専業主婦世帯(*1)の2倍以上に。言い換えると、日本で家事育児を母親だけが担っていたのは、この100年ほどの歴史しかないといえるでしょう」

気になるキーワードをキャッチアップ! ※1: 専業主婦世帯
総務省の「労働力調査」によると、1980年、専業主婦世帯は共働き世帯の倍近くを占めたが、その差は少しずつ縮まって、1991年頃からほぼ同数となる。1997年にその数は逆転し、共働き世帯が上回ることに。そこから差は広がる一方で、2019年には共働き世帯が1245万、専業主婦世帯が575万と、共働き世帯が専業主婦世帯の2倍以上を占める結果になっている。

女性の就業率の増加に加えて、第一子出生後の継続就業率が上がっているのも、現代の大きな特徴なのだそう。

「子供を産んだら女性のキャリアは途絶しがちでした。それが2010年頃を境に、辞めずに働き続ける女性が2.5割から4割ほどにアップしたのです。育児休業給付金などの制度整備や、夫側の不安定な雇用状況も一因かもしれません。伴って購買の意識にも変化が表れているようです。買ってもらうことより、今は自分で買うことがステイタスになりつつあるのかもしれません。時代が変わって社会が変わり、妻の意識と行動はあらゆる側面で大きく変化しているのです」

メディアに見るジェンダー論と家族観

そんな激変する「妻のかたち」を、日本のメディアはどう描いてきたのでしょうか。価値観が揺れ続けるなか、支持されるものもあれば炎上するものも。それはまさに社会の映し鏡といえるでしょう。

「1975年に放映されたハウス食品の『シャンメン』のCMを覚えている人はいるでしょうか。若い女性が『私、つくる人』と自分を指差し、男性が『僕、食べる人』(*2)と言う。婦人活動家・市川房枝も参加する『国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会』が猛抗議し、1か月ほどで放送中止となりました。『家事育児を母親の仕事と決めつけている』と批判された味の素の企業CM『ワンオペ育児の推奨か』と炎上したユニ・チャーム『ムーニー』のCMほか、性役割分業を固定していると議論を呼び起こしたものは少なくありません」

気になるキーワードをキャッチアップ! ※2:「私つくる人」「僕食べる人」
女性と女の子が「つくってあげよう シャンメン for you」という歌に合わせて踊り、そのあとに上記のセリフを言うというCM。また味の素の企業CMは「日本のお母さん」篇として2012年に放映。父親不在が批判の的になった。ユニ・チャームの『ムーニー』は「はじめて子育てするママへ贈る歌」として2017年放映。瀬地山氏の著書(下部※A)に詳細が解説されている。

一方、主人公ふたりの【契約結婚】を機に、さまざまなジェンダー問題を織り交ぜたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』など、新たな手法で「妻」を描き、共感を呼んでいる作品も多数あります。

「これまでの定義を軽やかに揺るがしている点で、よくできていると感じるのが、ソフトバンク『白戸(ホワイト)家の人々』シリーズです。父親は犬で兄は人種が違う。そんな摩訶不思議な構成でありながら、妻の存在を中心に据え、家族割をPRする。ひねりの効いた家族観含め、時代の半歩先を行っているかもしれません」

台湾はジェンダー先進国だった!?

もはや「一般的な夫婦像」や「伝統的な家族観」が崩れつつある今、近隣の韓国、台湾に目を向けてみると、そこにはまた異なる「妻」が存在していました。

「いちばん大きく違うのが、女性の労働力率(*3)です。日本では結婚・出産期に一旦低下し、育児が落ち着いた時期に再び上昇するM字カーブを描きます。しかし台湾はM字を描くことなく、30代でピークを迎えるのが特徴。子育てよりも稼げるときに稼ぎ、早くリタイアを目指すのです。一方、韓国は、日本よりM字の凹みが激しい。母役割規範の内実が日韓で異なり、乳幼児のそばに母親がいるべきという科学的根拠のない『神話』を信じる人がいる日本に対し、韓国では子供を大学に入れるまでが母の役目と考える人の多いことが特徴なのです」

気になるキーワードをキャッチアップ! ※3: 女性の労働力率
15歳以上の人口に占める労働力人口(就業者+完全失業者)の割合を指す。世界の数値を見ると、30〜34歳の労働力率は、スウェーデンは86.7%、ドイツは78%と約8割を占め、M字カーブを描くことはない。一方、日本は68.6%(25〜29歳の77.6%から9%ダウン)、韓国はさらに低い54.6%(25〜29歳の69.8%から15.2%ダウン)まで数値が落ちている。

学歴が上がるほど働く割合が高い台湾と、高学歴女性ほど一度会社を辞めると戻らない韓国、その間に位置する日本。東アジア3国(*4)で、ここまで「妻のかたち」が違うことに驚かされます。

「ちなみに、夫婦別姓問題に関していえば、中国や朝鮮半島はすべて別姓です。婚姻によって姓が変わることはありません。日本は明治時代の民法制定時に西洋の制度を導入して夫婦同姓になっただけ。日本古来の伝統ではないのです。これからの私たちに必要なのは、これまでの性役割規範をお互いに強要しないことではないでしょうか。男女は平等であることに並行して、男女という性別からも自由になるのです。個人差は性差を必ず超えます。そんなジェンダー観を共有しながら、自分たちらしい新しい家族規範(*5)を、一人ひとりがつくり上げればいいのではないかと考えています」

気になるキーワードをキャッチアップ! ※4: 東アジア3国
日本、韓国、台湾共通の問題が「少子高齢化」。日本の出生率1.38と比べて、台湾は1.07、さらに韓国は0.84まで下がり、1を割っている状態。結婚を望んでいない、もしくはできないと考える若い世代も増えていて、韓国作家によるフェミニズムの本も話題を呼ぶ(下部※B)。この本は、ルームメイトでも恋人でもなく、人生のパートナーとして女性ふたりで家を共同名義で買って暮らす話を描いたもの。

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ニュージーランド首相・ジャシンダ・アーダーン氏、パートナーのクラーク・ゲイフォード氏 (C)getty images

気になるキーワードをキャッチアップ! ※5: 新しい家族規範
例えばニュージーランド首相・ジャシンダ・アーダーン氏は、2017年10月に37歳で首相となり、その3か月後に妊娠を発表。2018年に女児を出産し、国のトップとして世界初、6週間の産休を取得。パートナーのクラーク・ゲイフォード氏は専業主夫を務め、「ディファクト」と呼ばれる事実婚を選択していた。男女平等で、さらに性差から自由になることで、新しい家族規範を築いている。

※A『炎上CMでよみとくジェンダー論』
瀬地山 角 著
光文社新書 ¥902
※B 『女ふたり、暮らしています。』
キム・ハナ、ファン・ソヌ 著 / 清水知佐子 訳
CCCメディアハウス ¥1,650

※掲載した商品は、すべて税込み価格です。

PHOTO :
Getty Images
EDIT&WRITING :
本庄真穂、喜多容子(Precious)