ファッションは人々の顔を明るく照らす。その世界にも暗い影が落ちて、改めてそう確信した雑誌メンズプレシャス。好奇心を刺激する自由な表現やクリエイションは、我らの暮らしになくてはならない。まずは、2022年春夏パリ・メンズ・ファッションウィークを日本から唯一渡航して取材した増田海治郎さんが、6月のパリで感じたファッションの希望から紹介する。

2021年6月のパリでファッションの明るい未来を予感した

私はパリが好きだ。いや。溺愛しているかもしれない。中学2年生だった1987年に流行したBCBG(フレンチトラッド)に夢中になって以来、ずっとこの街に恋い焦がれ続けてきた。目先の物欲に負けて旅費が貯まらず、初めてパリの地を踏んだのは30歳のとき。そこから沼にハマり、この8年間はパリ・メンズ・ファッションウィークの取材で、年に1か月弱をパリで過ごす生活を続けてきた。それでも満ち足りず、帰国して1週間後にはグーグルマップでパリの街を“検索旅行”する始末。だからこの1年半にも及ぶ「パリロス」は本当につらかった。

6月14日、いつもより多くのことを聞かれてアタフタした入国審査を潜り抜け、ロワシーバスとウーバーを乗り継いで、いつものピガールの宿に着いた。シャワーを浴びてひと息つき、久しぶりのパリの空気を胸いっぱい吸い込んだ。それから2週間、私は夢のような日々を過ごした。厳しく長いロックダウンと多くの悲しみを乗り越えたパリは、キラキラ輝いていた。コロナ前に感じることが多かったストレスフルな空気は雲散霧消し、ポジティブでハッピーな空気に満ち溢れていた。路上パーキングはレストランのテラスとして開放され、そこでは皆が美食と家族や友人との会話と着飾ることを、この世の最上の快楽のように楽しんでいる。まるでパリがひとつの巨大なオープンテラスのレストランになったかのようで、その一部になれたことが本当にうれしかった。

前置きが長くなった。2022年春夏のパリ・メンズ・ファッションウィークに参加したのは全72ブランド。そのほとんどは映像での発表で、フィジカルでショーを行ったのは7ブランドのみだった。単純にトレンドの把握を目的とするなら、渡航する必要はなかったのかもしれない。それでも、パリに来て初めてのショー取材となった2日目の「ブルーマーブル」のスケールの大きいショーを見て、来てよかったという思いを強くした。映像では表現できないリアルなショーならではの空気感やにおいが感じられたからだ。

本降りの雨が降るなかで行われた「エルメス」のショーは、パリの現代のエレガンスの極みだった。会場はフランスの家具調度類の歴史を紡ぐモビリエ・ナショナル。上質なカジュアルスタイルはますます冴え渡り、底がスケートボードになったバッグ『ボリード』をはじめとするストリートの要素を上手にちりばめている。舞台演出家のシリル・テストによる生中継の演出を生で見られたのも、得難い体験だった。

「ディオール」はアメリカ・テキサスを主題にしたコレクション。何の脈略もないように思うかもしれないが、創設者のムッシュ ディオールは1947年にアメリカを訪れ、ウエスタン文化が色濃く残るテキサスに感化されたという。テキサス州出身のトラヴィス・スコットとのコラボレーションは、「ディオール」とアメリカを繫ぐ現代の象徴ということなのだろう。テキサスの大地を連想させるコレクションは優雅でありながらワイルドで、キム・ジョーンズの新境地だと膝を打った。

映像配信で印象に残ったのは、ヴァージル・アブローが手掛ける「ルイ・ヴィトン」。侍や剣道などの和のモチーフ、́70〜́80年代のヒップホップカルチャーなどが渾然一体となったコレクションは、まるでさまざまな文化が入り混じったパリの街のよう。「多様性とは自分の文化だけでなく他の文化にも目を向け共有すること」という彼のメッセージは、視野の狭い文化の盗用とは違うグローバルな視点だと感じた。「ジル サンダー」は́90年代のニューヨークのミックススタイルを現代的に表現。ヴァージル同様に“文化の共生”というメッセージ性が込められた秀逸なコレクションだった。

ショーではなくパーティでブランドの世界観を表現するブランドも目立った。

パリの若手で最も勢いのある「カサブランカ」は、オテル・リッツ・パリで少人数を招いたラグジュアリーなパーティを開催。シグネチャーのシルクシャツにふさわしい場を用意し、装うことの楽しさを空間を含めて表現した。今シーズンのトピックは、富士山、卓球、暴走族など日本をモチーフにしたアイテム。余談だが、パリ在住の先輩デザイナーたちとトゥクトゥクをチャーターして会場に乗り付けたのは、この取材旅行の愉快な思い出のひとつである。

「イザベル マラン」はブルスにある旧証券取引所でピクニック形式のパーティを開催。́80年代のパリとアウトドアの要素を融合させたコレクションは非常に今っぽく、再ブレイクを予感させるものだった。

ファッションは平時じゃないと成り立たない産業で、その出口が見えない今、しばらくは厳しい状況が続くのかもしれない。でもデザイナーは着る人の心を豊かにするような前向きなコレクションを発表しているし、ファッションが美食と同じように日々の生活を彩るものだということをパリの人々から改めて教わった気がする。ファッションは決して不要不急なものではなく、人々の心を豊かにする『花』のようなもの。ぜひ自分だけの『とっておきの花』を見つけてほしい。

増田海治郎さん
ファッションジャーナリスト
ますだかいじろう●1972年生まれ。雑誌編集者、繊維業界紙の記者を経て、フリーランスのファッションジャーナリストとして独立。自他ともに認めるデフィレ中毒で、コロナ禍前のファッションショーの取材本数は年間250本。著書に『渋カジが、わたしを作った。』(講談社)がある。
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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2021年秋冬号
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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WRITING :
髙村将司
EDIT :
安部 毅(MEN'S Precious)