イタリアのガストロノミー(美食術)は常にミラノから発信される。さかのぼれば1980年代にグアルティエロ・マルケージが新イタリア料理「ヌオーヴァ・クチーナ・イタリアーナ」を標榜し、史上初めてイタリアにミシュラン3つ星をもたらしたのもミラノだった。

現在は当時のマルケージで働いた弟子たちが次々に独立し、いずれもミラノで活躍している。カルロ・クラッコ、アンドレア・ベルトン、ダヴィデ・オルダーニなどなど、いわゆるマルケージ門下生であることから「マルケジーニ」と呼ばれる彼らはまぎれもなくイタリア料理界を牽引するスターシェフである。

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ブルサポルトの林の中にたたずむ「ダ・ヴィットリオ」は広大な敷地をそなえたホテル・レストラン

しかしそうしたスターシェフのレストランよりも評価の高い店が、実はミラノ近郊ベルガモにある。2010年以来9年連続でミシュラン3つ星を維持する老舗レストラン「ダ・ヴィットリオ」だ。

イタリア料理を家庭料の延長と定義するならば、イタリア料理店とは家族経営であるべきである。こうした古いイタリア料理の伝統を守っている店は多く、それが家族の絆を大切にするイタリアの文化のひとつでもある。

しかしそれとガストロノミーは別の話。「ダ・ヴィットリオ」はシェフをつとめる長男エンリコ・チェレアと、ドルチェを担当する次男のロベルト・チェレアを中心としたチームワークでメインのレストランはじめ、ホテル、ケータリングまで展開する家族経営の成功例として名高い。

今回その「ダ・ヴィットリオ」を初めて訪れた。

9年連続ミシュラン3つ星を獲得している老舗「ホテル・レストラン」

「ダ・ヴィットリオ」のロビーは古き良きグランメゾンの雰囲気がある。ミニマリズミ全盛期のイタリアのファイン・ダイニングからするっとかえって新鮮。

「ダ・ヴィットリオ」があるのはミラノの北東約60kmの位置にあるベルガモからやや離れたブルサポルトという小さな町だ。周囲にはイタリアを代表するスパークリング・ウォーターとして名高いサンペレグリノの発祥地、サンプレグリノ・テルメもある。

「ダ・ヴィットリオ」が創業したのはいまをさかのぼること半世紀前の1966年。エンリコとロベルトの両親であるヴィットリオとブルーナの夫妻が、当時の北イタリアでは珍しい魚介料理の店として始めたのだ。ランチの席に着く前、自ら出迎えてくれたシェフのエンリコ・チェレアはレストラン入り口にあるサロンに腰を下ろすとこう語ってくれた。

シェフのエンリコ・チェレアとメニューの「カルタ・ビアンカ」。今回は15品からなるデグスタツィオーネ(試飲・試食)だった。

「当時のミラノ近郊、ロンバルディア州内陸部では魚介料理を食べる習慣がほとんどありませんでした。魚といえば、カトリックで肉断ちの金曜日に食べるバッカラ(塩蔵鱈)ぐらい。でも父のヴィットリオはヴェネツィアの親戚の家で食べた新鮮な魚介のパスタが忘れられず、当時のレシピをもとに魚介料理のレストランを始めたのです。最初は『一体なにやってるんだ?』と思われたようですが、父は漁師たちと信頼関係を築いて新鮮な食材を仕入れることに成功。やがて1978年にはミシュラン1つ星を獲得。父は2005年に亡くなりましたが、2010年に獲得したミシュラン3つ星は父の功績だと思っています。」

3つ星シェフというと気難しい天才肌を想像することも多いがエンリコの場合は冗談も飛ばすいたって気さくなイタリア人。家族経営ならでは、楽しみながら仕事をしている様子が伝わって来るのだ。

プールが見えるダイニングルームに通され「カルタ・ビアンカ」というメニューを渡される。イタリア語で白紙委任状、つまりシェフに全部お任せという意味だ。

「Zuppa di foie gras,gelato mandorla/フォワグラのズッパとアーモンドのジェラート」。冷たく冷やしたフォワグラのスープにナッツ類の香ばしさがよくあう。

「ダ・ヴィットリオ」の料理は現在も魚介料理を中心に、テクニックや食材で時折アクセントを加えたメニュー構成となっている。

郷土料理を一度崩し、再構築して仕上げる手法は本歌取りの手法に似ていて、本歌の意味が分かっていればさらに楽しく充実した時間になる。

最初に驚いたのは「Zuppa di foie gras,gelato mandorla/フォワグラのズッパとアーモンドのジェラート」だ。

冷たいフォラグラのスープ仕立てに浮かぶのはアーモンドミルクのジェラート。塩味と甘味、ドルチェ・サラートのコントラストは最近のイタリアのトレンドだ。

キャビア缶に入って登場したのは「Papalina del tonno/マグロのベレー帽」で、キャビアに見立てたレンズの豆の下にはマグロのトロが隠れている。しかもマグロはこれは醤油に漬け込んだ漬け。オリーブオイル、マグロ、醤油の相性良さはイタリア人も好む味だ。

「Papalina del tonno/マグロのベレー帽」キャビアに見えるのは、実はイタリアでよく食べるレンズ豆。その下にはキリっと冷やしたマグロの漬けが隠れている。

中盤戦でパスタは2 連発。季節の白トリュフをふんだんに使った「Gnocco concuore di fonduta e tartufo bianco/白トリュフと溶かしチーズを詰めたニョッキ」もいいが、ハイライトは父親時代からのレシピというクラシックな「Pacchero alla Vittorio/ヴィットリオ風パッケロ」だ。

パッケロ(パッケリ)とはナポリ周辺でよく食べられる肉厚極太のパスタで、トマトや魚介のソースとの相性がすこぶるよい。

濃厚な裏ごしトマトはそうした南イタリアを感じさせる味わいで、3つ星とはいえ伝統的なパスタに関しては常にアンタッチャブル、というイタリア人がパスタに対する尊敬と畏怖の念をあらためて感じた。

今回最も感銘を受けたのは非常にシンプルなパスタ「Pacchero alla Vittorio/ヴィットリオ風パッケロ」だった。それは父親からの伝統の味を守るという使命感にも似た迫力ある料理だった。

ミラノから車で1時間なので車を飛ばしてミラノから来る客も多く、ルレ・エ・シャトーに加盟していることからホテル施設も完備、宿泊することもできる。

わかりやすい言葉で言えばオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)、となるのだろうがイタリアの場合は都市部よりも地方に名店があることが多く、イタリア人もまた遠方まで美味しいものを食べに行くことを全く苦にしない。ここはひとつイタリア人に見習ってミラノから車で足を伸ばし、1泊2日で「ダ・ヴィットリオ」の世界を堪能する旅をおすすめしたい。

締めのデザートは「Verde 緑」と題された緑色のデザート。ミント、ライム、レモン、抹茶、葉緑素など、あらゆる緑色の食材を一口サイズのドルチェにまとめた。 

■今回訪れた場所
ダ・ヴィットリオ/Da Vittorio
http://www.davittorio.com/en/ 

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には最新刊「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」刊行予定。