縄文を愛してやまない、美術史家・山下裕二さんと俳優・井浦 新さんが語り尽くす、“縄文”の魅力とは?

2021年7月、「北海道・北東北の縄文遺跡群」がユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されて大きな話題となりました。雑誌『Precious』1月号に、縄文をこよなく愛する美術史家・山下裕二さんと、俳優・井浦新さんが登場! 各地の遺跡を訪れて体感した「縄文」の魅力をたっぷりと語ります。

山下裕二さん
(やました ゆうじ)日本美術応援団団長。岡本太郎に導かれて縄文の虜に。著書『未来の国宝・MY国宝』(小学館)、『日本美術の底力「縄文×弥生」で解き明かす』(NHK出版新書)などでも縄文の魅力を熱く伝える。これまでも「これは国宝に!」と推した絵画作品がその後国宝指定されるということが数回あり、今回の土器も実現が期待される。
 
井浦 新さん
(いうら あらた)日本美術応援団団員3号。現在放送中のドラマ『最愛』(TBS系)の告知インタビューでも「最愛のものは?」と尋ねられて「縄文です」と答えていたほどの、芸能界きっての縄文好き。フィールドワークを信条とし、全国各地の縄文スポットを巡る。縄文時代をテーマにしたフリーペーパー『縄文ZINE』にもたびたび登場している。
 

〈スペシャル対談〉山下裕二さん×井浦新さん:圧倒的パワーと類い稀なる美に「縄文愛」が止まらない!大いなる魅力を解説

左から/山下裕二さん、井浦新さん。※写真中央の大きなレプリカが山形県舟形町の西ノ前遺跡から出土した「縄文の女神」
左から/山下裕二さん、井浦新さん。※写真中央の大きなレプリカが、山形県舟形町の西ノ前遺跡から出土した「縄文の女神」

山下 新くん、ここのところテレビ番組で各地の遺跡を巡ったりして、ずいぶん縄文づいてるみたいじゃない。
井浦 いやいや(笑)。縄文について話す俳優がいないだけですよ。僕はただ好きで、勝手に応援しているだけです。
山下 「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界遺産になったのをきっかけに、縄文に注目が集まっているようで、我々日本美術応援団(※1)としてはうれしい限り。やはり、縄文は土偶や土器の造形が魅力。青森の亀ヶ岡石器時代遺跡の、サングラスをかけたような「遮光器土偶(※2)」は有名だよね。あと、山形に国宝があったね。
井浦 はい、「縄文の女神(※3)」が。
山下 それから青森の八戸にも…。
井浦 「合掌土偶(※4)」が。
山下 すぐ出てくるね、相当詳しい(笑)。僕は個人的には長野や山梨のものが好き。なかでも「仮面の女神(※5)」!

※1 日本美術応援団…団長・山下裕二、団員1号・赤瀬川原平で1996年結成。2号・南伸坊、3号・井浦新、4号・山口晃、5号・壇蜜が加入。
※2 遮光器土偶…大きなサングラスをかけたような造形が特徴。青森県つがる市の亀ヶ岡石器時代遺跡出土のもの(通称・しゃこちゃん)が特に有名。
※3 縄文の女神…山形県の舟形町西ノ前遺跡から出土した土偶で、国宝に指定されている。高さ45cmで完成形の土偶としては日本最大。山形県立博物館所蔵(上の写真内の中央の大きなレプリカが該当)。

趣味_1,和文化_1
 

※4  国宝「合掌土偶」…風張1遺跡出土(青森県八戸市)体育座りのような姿勢で、祈るように胸の前で手を合わせた、珍しい姿の土偶。竪穴建物跡から発掘されたことでも貴重。(八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館)

 

※5 国宝「土偶(仮面の女神)」…中ッ原遺跡出土(長野県茅野市)逆三角形の仮面を付けたような、特異な造形の土偶。高さ34cm、重さ2.7kgと大型。両手を広げ胸を反らせた姿勢とどっしりした足が、頼もしい女性を思わせる。(茅野市尖石縄文考古館所蔵)

井浦 今日、僕の縄文コレクションを一部持ってきました(とレプリカを披露)。
山下 おお〜! 「仮面の女神」も「合掌土偶」も! 「縄文の女神」デカイ! これは実寸? 現地で買ったの?
井浦 各地の遺跡のある地に作家さんがいらっしゃるんです。そこの土でつくっているから、重量感や質感がリアルで。
山下 この土偶は?
井浦 「河童形土偶(※6)」です。所蔵は東京国立博物館なんですが、出土は新潟の糸魚川周辺で。僕のイチオシ土偶です。
山下 ここまで入れ込んでいるとは…。
井浦 実は…“あれ”にも手を出しちゃいました。
山下 “あれ”! 聞いたぞ。縄文と岡本太郎についての講演で、新潟の十日町市博物館に行ったら、新くんが「火焔型土器(※7)」の実寸レプリカを予約したと。
井浦 そうなんです。これまでも行くたびに欲しいなあって思っていたんですが、先日、テレビ番組の取材で行って、火焔型土器で煮炊きをさせてもらったんですよ。縄文人の食べ物を再現しようと。それで、実際に土器を使ってみたら、もう気持ちが抑えられなくなって…(笑)。

 

※6 「河童形土偶」…長者ヶ原遺跡出土(新潟県糸魚川市)頭頂部がへこんだ形から「河童形」と呼ばれるタイプの土偶は、北陸地方を中心に、縄文時代中期の前半(前3000〜前2000年)の遺跡から出土。東京国立博物館所蔵(Image:TNM Image Archives)

 

※7 火焔型土器…把手部分が立ち上る炎のような造形になっている土器の総称。新潟の笹山遺跡出土の国宝「火焔型土器 No.1(上記写真)」が有名。

俳優・井浦新さん
俳優・井浦新さん

山下 じゃあ、僕のとっておきも出そう(と、木箱を取り出しフタを開ける)。
井浦 これは、まさか…。
山下 本物の火焔型土器(上記写真)です。欠片(かけら)ね。
井浦 おお〜すごすぎじゃないですか!
山下 15年くらい前に古美術商で買いました。専門家に見てもらったら、火焔型土器の早い時期のものだと。国宝の欠片みたいなもんだね。はい、持ってみて。
井浦 おお…今、5000年前とつながっているんですね。縄文に触れている。
山下 穴が開いてるでしょう。
井浦 開いてますね(と穴からのぞく)。
山下 これが、縄文の造形の特徴のひとつ。穴は、“目に見える世界”と“目に見えない世界”、“現実”と“超現実”との境目なんです。この穴から、人の力の及ばぬもの、神の世界へ通じていく。それは、西洋でいうところの神とは違って、自然信仰アニミズム(※8)なんだよね。「自然こそが神である」という思想は、縄文以来脈々と日本の文化の底流にある。
井浦 確かに、実際に各地の遺跡を巡っていると、そのことを実感します。縄文人って、独特の景観論をもっている。集落跡を見ても「とりあえずつくった」感じがまったくないんですよ。必ず川があって、きれいな三角形の山が見えて。夏至や冬至の日には、その山から太陽が昇ってくるという。地形や天体を熟知したうえで、集落を築いているんですよね。自然を読み解く知恵がすごく高い。
山下 人間は自然の一部、という、非常に謙虚な考え方だね。こうした縄文的思想は、大陸から新しい文化が入ってくるようになると、いったん奥底に隠れてしまうんだけど、でも、時代時代に、間欠泉のように吹き出してくる。その代表格が江戸時代の伊藤若冲や曽我蕭白らの奇想ですよ。激しく、ある意味毒々しい、ものすごいエネルギーをもったもの。縄文を初めて「美」としてとらえた岡本太郎(※9)も、完全に縄文的な存在だよね。
井浦 「縄文土器論」ですね。
山下 1952年、美術雑誌『みずゑ』に寄せた論稿が、長らく考古学的な見方しかされてこなかった縄文土器を、美術史に位置づけるきっかけになった。東京国立博物館でなんの予備知識もなく縄文土器を見た太郎は、「血の中に力がふき起こるのを感じた」と書き残している。
井浦 僕のイチオシ「河童形土偶(※6)」も太郎さんは写真に残しています。
山下 僕は土偶の「仮面の女神(※5)」を太郎に見せたいなあ。まるで「太陽の塔」みたいじゃない。彼は1996年に亡くなってしまったから、2000年に出土した「仮面の女神」は見ていないんだよね。きっと「縄文人は俺の真似をしてる!」って言うと思うよ(笑)。

※8 アニミズム…生物、無機物を問わず、自然界に存在するものすべてに魂が宿っているとする考え方。日本では古代から自然信仰として定着している。 
※9 岡本太郎…
20世紀を代表する前衛芸術家。1951年に初めて縄文土器を見て以降、日本各地で土器、土偶をはじめ、縄文的なるものを発掘した。

「遺跡を訪れると、縄文人がどんなふうに暮らし、何を考えていたかがわかる気がするんです」井浦さん

美術史家・山下裕二さん
美術史家・山下裕二さん

山下 新くんは、早くから縄文に興味をもっていたよね。家に土器があったとか。
井浦 はい(笑)。父は小学校の教師で歴史好きだったんですけど、ある日、「美術の先生に焼いてもらった」って火焔型土器をうれしそうに持って帰ってきたことを覚えています。レプリカもたくさんリビングに飾られたので、子供のころから生活の中に縄文がありました。当時は、美というより、ただ「すごいな」って楽しんで見ていただけですけれど。
山下 それでいいの。パッと見ただけで誰もが「すごい!」って思うようなものが、本当に素晴らしい美術なんだから。
井浦 ですよね。僕の息子も伊藤若冲の『動植綵絵(※10)』を観たときは震えてました。
山下 知識は、体感することを阻害するんですよ。僕はそのことを、赤瀬川原平(※11)さんから学んだ。赤瀬川さんとはずっと一緒に日本美術を応援していたけれど、「まずは素手でいい、丸腰のまま」と。
井浦 知っているだけ、知った気になっているだけ、は怖いですよね。僕も美術が好きだから本を読んだりして勉強しますが、そこで終わってはいけないと思っていて。今はネットを開けばなんでも知ることができるし、なかなか行けない場所のものでも簡単に見ることができる。それも、危険なことだと思うんです。
山下 実際に行って、全身で感じないとね。世界遺産に指定された遺跡群のひとつ、青森の三内丸山遺跡なんてすごいもの。僕は発掘後わりとすぐに行ったんだけど、土器の欠片がゴロゴロ落ちていてね。縄文を感じたなぁ。
井浦 三内丸山は縄文遺跡の帝王。たまにふらっと行って、縄文パワーをチャージしています。山梨や長野なら東京から近いので、さっと行ってチャージですね。
山下 僕より頻繁に行ってる(笑)。山梨や長野のほうは土器もいいんだよね。

※10 動植綵絵…江戸時代の絵師、伊藤若冲の代表作で、30幅からなる彩色日本画。鳥や魚、虫など、生きとし生けるものが鮮やかに描かれる。国宝。
※11  赤瀬川原平…前衛芸術家。美術鑑賞に関する著書も多く、共著『日本美術応援団』には「焼きたてクッキーとの対話 縄文、恐るべし」の章が。

「世界最古の土器。これほど自由で優れた造形物は、世界広しといえど、どこにもありません」山下さん

井浦 いいですよね。山梨の釈迦堂遺跡の「水煙文土器(※12)」は素晴らしかったです。縄文土器といえば「火焔」が有名ですけど、「水煙」も衝撃的でした。どうやったらこんなに立体的に、精緻につくることができるんだろう、と。国宝級です。
山下 僕のネクスト国宝も山梨にある。殿林遺跡出土の「深鉢形土器(※13)」。こんなエレガントな縄文があるんだ! って。
井浦 大きいんですよね。ちょうど先日、山梨県立考古博物館で見てきました。
山下 でも、縄文人は国宝になろうとか金儲けしようとか、魂胆があって土器をつくったわけじゃない。煮炊きに使うものに、別にこんな装飾をしなくたっていいわけだから。それでも、せずにはいられない。そういう純粋な表現への欲求を、1万年以上も前から人間はもっていた。
井浦 縄文の表現の自由さには驚かされます。大胆なんだけど、ものすごく緻密。創造力をダイレクトに刺激してきます。
山下 僕は、日本の造形物でいちばん世界に誇れるものは、縄文土器・土偶だと思う。これだけ古くて、これだけオリジナリティがあって、世界にも類例がない。
井浦 遺跡巡りをしていると、そういう、縄文人の文化の豊かさを実感しますよね。
山下 縄文には、現代人が学ぶべきことがたくさんあるんです。僕、縄文人って、きっと幸せだったと思うんだよね。
井浦 便利さとか、経済的な豊かさが、果たして人間の幸せの象徴なのかといえば、まったくそうではないですからね。
山下 縄文、とひと口にくくれない多様性もおもしろい。縄文はいいよねえ。
井浦 縄文人になりたいですね〜(笑)。

 

※12 重要文化財「水煙文土器」…釈迦堂遺跡出土(山梨県笛吹市)水煙を連想させる把手のデザインから「水煙文」と呼ばれるタイプの土器。2対になった4つの水煙が渦のように回りながら変化する、計算された優美さが魅力。(釈迦堂遺跡博物館所蔵)

 

※13 重要文化財「深鉢形土器」…殿林遺跡出土(山梨県甲州市)高さ72cmの大型土器「火焔型」に代表される縄文の激情ほとばしるタイプとは真逆の、エレガントで洗練された造形が美しい。縄文土器2番目の国宝にぜひ!(山梨県立考古博物館所蔵)

 

PHOTO :
篠原宏明(人物)
HAIR MAKE :
NEMOTO
WRITING :
剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)
写真協力 :
JOMON ARCHIVES(三内丸山遺跡・是川石器時代遺跡・大湯環状列石=縄文遺跡群世界遺産保存活用協議会撮影、縄文ポシェット=青森県教育委員会撮影)
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