銀座の「メゾンエルメス フォーラム」にて、エルメス財団が10年に渡って行ってきた「アーティスト・レジデンシー」の10周年を記念する展覧会が開催されています。
エルメス財団による「アーティスト・レジデンシー」の意味と真髄を探る展覧会とは?
エルメス財団が2011年から10年に渡って展開してきた「アーティスト・レジデンシー」。アーティストをエルメスの工房に招聘し、職人と体験を共有し、協同制作を行うプログラムです。これまで参加してきたアーティストは実に34名。21か所の工房に滞在し、皮革、シルク、クリスタルなどさまざまな素材と職人技に触れ、多彩な作品を生み出してきました。
今回は10年を記念して、ソウル、東京、パリ郊外のパンタンで同時期に「転移のすがた」展を開催。東京では、「アーティスト・レジデンシー」に参加したアーティスト3名と彼らのメンター(推薦者)、計6名の作品を展示。「アーティスト・レジデンシー」のもつ意味だけでなく、アーティストとメンターの関係性まで浮き彫りにする、意義深い展覧会です。ここでは、「メゾンエルメス フォーラム」で制作をした小平篤乃生さんをはじめ、3名の作品を少しずつご紹介したいと思います。
サンルイ・クリスタルに滞在し、果実をテーマに制作したクロエ・ケナムさん
まず最初にご紹介するのは、2020年のプログラムに参加したパリを拠点に活動するクロエ・ケナムさんとそのメンター(推薦者)であるイザベル・コルナロさん。3組のアーティストとメンターの関係性はさまざま。
ケナムさんとコルナロさんの場合は、師弟関係はなく、ケナムさんの作品に興味をもっていたコルナロさんがグループ展に参加したことをきっかけに交流が始まったといいます。そこから、コルナロさんはケナムさんがクリスタルに興味を持っていることを知って、「アーティスト・レジデンシー」の話を持ちかけたそう。
「サンルイのクリスタル工房での時間は信じられない瞬間の連続。さまざまなノウハウを惜しみなく教えてもらいました」とケナムさん。そうして完成したのは、果実のような形態の作品たち。「果実はアイデンティティや形態の多様性を表すの。リンゴは必ずしもリンゴに見えなくてもいい」。工房以外から持ち込んだ色はない、と語る作品は、深く、鮮やかな色ばかり。
あなたにはこの作品が何の形に見えるでしょうか? 普段見ているもの、ことの認識を疑い、あるモチーフを別の文脈に置き換えて、意味の変換やその効果について可能性を問うケナムさんの、サンルイでの成果がここにあります。
馬巣織工房とテキスタイル工房に滞在し、“モノの楽譜”を作り出したエンツォ・ミアネスさん
ケナムさんと同じく、2020年のプログラムに参加し、パリを拠点に活動するエンツォ・ミアネスさんのメンターはミシェル・ブラジーさん。彼らの間にも師弟関係はなく、パリのとあるバーで出会ったのだとか。ミアネスさんがかけたレコードにブラジーさんが惹かれて話しかけ、二人は意気投合したのだといいます。フランスのアートシーンやアーティストたちのリアルな交流を垣間見るようなエピソードですよね。
馬巣織工房とホールディング・テキスタイル・エルメスに滞在した彼は、「工房の歴史に圧倒されつつ、どこか親しみを感じた。職人たちのチームは最高。協働ができて僕は幸運だよ」と語ります。ミアネスさんが作品に使った材料は「廃墟で見つけてきたものばかり。彼らが奏でる旋律を見つけ、命を吹き込むことにした。モノの記憶を語る旋律だ」。
「メゾン・フォーラム」には、彼が作り上げた「モノの楽譜」が広がります。また、床に散りばめられた造花と卵の殻はメンターとのコレボレーション。ぜひふたりの関係性を、作品という形でも味わってみてください。
サンルイ・クリスタルに滞在し、今回東京でも作品を制作した小平篤乃生さん
最後にご紹介するのは、今回参加した6人のアーティストのうち、唯一来日がかない、「メゾンエルメス フォーラム」で制作をした小平篤乃生さん。広島にうまれフランスで学び、現在もフランスを拠点に活動をされています。彼のメンターとの関係は、文字通りの師弟関係。小平さんはパリ国立高等美術学校時代にペノーネさんのアトリエで5年間学び、小平さんが卒業した後、ペノーネさんは「アーティスト・レジデンシー」への参加を提案したといいます。
小平さんがサンルイ・クリスタルでの「アーティスト・レジデンシー」に参加したのは2012年。その翌年、翌々年にかけて開催された「コンダンサシオン」展(パリ、東京で開催)でも、その際に制作した作品を披露しています。「今回も『コンダンサシオン』展で発表した『サン・ルイのための楽器』を展示しているほか、ここで制作した壁画『Carbon Variation』、これから完成する『Moonlight Drawing』(満月の日に制作する手形のドローイングで、2021年12月18日に完成)があります」。
「日本における10年前といえば、東日本大震災が起こった年。結婚して子供もうまれ、変わっていくこともありますが、僕の内面は3.11から一時停止しています。僕はフランスにいてメディアを通してしか東日本大震災に触れていませんが、これまででもっとも、自分の作品に影響した事件、事象と言っていいでしょう。以前はエネルギーを使ったメディアアートを精力的に制作していましたが、あれ以降、莫大なエネルギーを作品に使う意味はあるのか? という思いがあります。大きく自分の作品がシフトチェンジしたのが『サン・ルイのための楽器』です」と小平さん。
師匠(ペノーネ)との関係は師弟のようでもあり、親子のようでもある一方、アーティストとしては雲の上のような存在。師匠は作品にパワーがあるので、僕はその分、物量で勝負します」と笑う小平さん。「物量で勝負」は冗談だとしても、『サン・ルイのための楽器』から今月「「メゾンエルメス フォーラム」」で完成したばかりの作品まで、10年を巡る作品たちの展示は圧巻かつ貴重。「アーティスト・レジデンシー」の10周年記念展に真にふさわしい作品群といえるでしょう。
記念展のタイトル「転移のすがた」について、ディレクターのガエル・シャルボーはこう語ります。「『転移』という言葉について、アートの世界と職人技の世界が、レジデンシーの時間のなかで一体化していく過程の象徴として用いました」。アートとクラフツマンシップが接近し、融合し、作品へと結実する……その成果とともに、アーティストとメンターの「転移」の姿も映し出す今回の展覧会。6人もの錚々たるアーティストの作品が一堂に会するこの貴重な機会、ぜひお見逃しなく。2022年4月まで開催ですので、何度か足を運んで自分の内なる「転移」を見つめてみるのもおもしろいかもしれません。
「転移のすがた」アーティスト・レジデンシー10周年記念展
会場/銀座メゾンエルメス フォーラム
会期/2021年12月17日(金)〜2022年4月3日(日)
開館時間/11:00〜20:00(月曜〜土曜/入場は19:30まで)、11:00〜19:00(日曜/入場は18:30まで)
定休日/エルメス銀座店の営業時間に準ずる
※開館時間は公式サイトにてご確認ください。
入場料/無料
住所/東京都中央区銀座5-4-1 8・9F
問い合わせ先
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- EDIT :
- 石原あや乃
- EDIT&WRITING :
- 門前直子