おとぎの国のような小さな港町を訪ねて
2017年のノーベル文学賞受賞者、カズオ・イシグロの代表作『日の名残り』は、主人公が車で旅に出たイギリス南西部のふたつの州、デヴォン州とコーンウォール州で、戦前の日々を回想する物語。
【前編:アガサ・クリスティが住み、シャーロック・ホームズも活躍したデヴォン州を旅する】
前編でご紹介したデヴォン州と、この後編で紹介するコーンウォール州は、イギリス人にとって憧れの観光スポット。特に英国最西端にあるコーンウォール州は、おとぎの国のように美しい小さな港町や、荒々しい奇岩の海岸線が続き、夏のリゾートや保養地として人気の地方なのです。
まずは小さな小さな港町、ポルペッロ(Polperro)へ。白い漆喰づくりの家々はメルヘンの世界そのもの。近くの奇岩を楽しめる観光船のショートトリップもあって、いろいろ楽しめます。
美しい夕暮れのパワースポット、イギリス版”モン・サン・ミッシェル”
続いてはイギリス版のモン・サン・ミッシェル、「セント・マイケルズ・マウント(St. Michael’s Mount)」へ。モン・サン・ミッシェルをそのまま英語にした地名で、日本語にするなら「聖ミカエル山」とでもいったところでしょうか。
世界遺産に登録されているフランスのモン・サン・ミッシェルにくらべると、日本での知名度はありませんが、干潮時にのみ島への道が出現するところも、大きな岩山の上に建つ教会の風景もそっくり。しかも、このふたつの聖地は経度でわずか4度しか違わないところにあるのです。つまりフランスのモン・サン・ミッシェルをずっと経度に従って地球上を北へ行くとほぼ、イギリスのセント・マイケルズ・マウントに到達するというわけです。
一説には、このモン・サン・ミッシェルとセント・マイケルズ・マウントを結ぶ線上は、気の流れがいいのだとか。つまりパワースポット!? その真偽は別にして、このセント・マイケルズ・マウントに沈む夕日の美しさは、筆舌に尽くしがたいものがあります。どんな時にも心を静かに落ち着かせてくれる、世界一平和な夕暮れなのです。
世界中から観光客がフィッシュ&チップスを食べに来る街
コーンウォール州はまた、食べ物がおいしいことでも知られています。イギリス人に「コーンウォールに行く」と話せば、ほとんどの英国人が「じゃあ、クリームティは絶対食べなきゃいけないよ」と答えることでしょう。クリームティとは、濃厚なクロテッドクリームとスコーンを紅茶でいただく、セットメニューのこと。デヴォン州、コーンウォール州の多くのカフェやティールームでいただけます。"コーンウォールのソウルフード"ともいうべき、コーニッシュパイもMust Eat!
そして何よりも海辺の観光地が多いだけに、フィッシュ&チップスは是非とも、コーンウォール州でいただきたいもの。
コーンウォール州にはイギリス中、いや世界中からフィッシュ&チップス目当てに観光客が訪れる、大人気のレストランがあります。コーンウォール州北部の港町パドストウ(Padstow)にある、スタインズフィッシュ&チップス(STEIN’S FISH AND CHIPS)がそれ。イギリスのテレビの料理番組などで活躍しているスターシェフ、リック・スタイン(Rich Stein)がオーナーの店。いつ行っても行列ってな感じですが、確かにうまい! レストランと書きましたが、海辺のおしゃれな食堂って感じの雰囲気もサイコーです。
パドストウの街もまた、ケルト海からの深い入江に面した小さな漁港。お土産物屋さんをのぞきながら、そぞろ歩きするのに最適の観光地です。
日本人陶芸家とゆかりの深い、芸術家村
コーンウォールにはもうひとつ、日本人として忘れてはならない街があります。それがセント・アイヴス(St. Ives)。ここには日本の民藝運動の主導者、柳宗悦とも親交の厚かったイギリス人陶芸家、バーナード・リーチ(Bernard Leach)の工房がありました。そのため、柳はもちろんのこと、大正昭和に活躍した陶芸家で、人間国宝の濱田庄司もこの地を度々訪れ、濱田はこの地に自らの窯もつくりました。
リーチの工房は、いまは記念館「リーチポタリー(The Leach Pottery)」として公開されているので、是非とも立ち寄りたいものです。
セント・アイヴスは、光の美しい海辺の街です。高低差のある街には小さな道が縦横に走り、昔ながらの伝統的な白漆喰の漁師の家が美しく並び、独特の風情を感じます。この気候と風光、やわらかな光に惹かれて、多くの芸術家が住みついた街でもありました。
バーバラ・ヘップワース(Barbara Hepworth)などのイギリス人芸術家が集まり、さながら芸術村の様相を呈していたともいいます。今も、街をそぞろ歩けば、小さなギャラリーが無数にあって、散策に花を咲かせてくれます。また、テートによる英国内4つの美術館のひとつ、テート・セント・アイヴズ(Tate St. Ives)もあり、現代アートの秀作を多数見ることもできます。
このセント・アイヴスもまた、夕日がこの上なく美しい港町です。
英国最西端の街から眺める、神なる大海原
さて最後に、コーンウォールに行ったなら、必ず行ってほしいところがあります。それがランズ・エンド。なんと地名が「地の果て」! この言葉を聞くだけで、どうしても行きたくなります。ここは大英帝国のいちばん西の端っこ。この先にはもう、大西洋しかありません。
七つの海を制した大英帝国は、英国本土=グレートブリテン島を文明で耕しました。産業革命もこの地から起こり、いまは金融の中心として世界経済を牛耳っています。
しかし、このランズ・エンドから大西洋に輝く太陽を観ていると、この大地の先の大海原だけは、神にしかクリエイトできない、聖なる場所だと思えてくるのです。
ランズ・エンドの岸壁の端っこに小さなカフェがあります。「LAST AND FIRST REFRESHMENT HOUSE IN ENGLAND」。英国を去る人にとってはこの岸壁から先はもう英国ではない。英国に来る人にとってはここからが英国…。
この地を境に、英国と神なる大海…ふたつが出合う地点。ランズ・エンドは何かが始まる場所でもあるのだ、と思えるはずです。
以上、ノーベル賞作家=カズオ・イシグロの『日の名残り』をきっかけに、後半はほとんど関係ないところばかりでしたが、英国南西部2州、デヴォン州とコーンウォール州の極私的ガイドでした。
ではまた・・・See You Later, Alligator!
- TEXT :
- アンドリュー橋本 Precious非公式キャラクター